第7話 再読
街の一角で奇抜な化粧に身を包んだ
初めからずっと見ていたのだろう、最前列の男の子が手を挙げた。
「魔王城は石なんでしょ?どうして世界樹が石のお城になってるの?」
男の子の言う通り、魔王城の外観は古びた石細工のようであった。埃を被り、泥土に塗れた外側の見た目からは、大木であったかつての姿を窺う事は出来ない。
「それじゃあ坊や、これが何か分かるかい?」
言うと、道化師は橙色の石を手に掲げた。陽に透かして石の中から裏側まで見える。石のようには見えない宝石、琥珀だ。
樹液が長い年月をかけて化石となるように、世界樹と呼ばれた大木もまた、同等以上の年月をかけて石と化した。その過程で大木はひび割れ、歪み、魔王の城と呼ばれるに足る異形へと変わった。
それ程の汚れを被るのに何年の月日が経っていた事だろう。今を生きる子どもでは知らない常識、賢しらな大人でも理解してない事実、今まさに召されようとしている老人でさえ飲み込めてはいない遠い過去の話だ。
今一度、皆が賛美する勇者の偉業を考えなければならない。
“魔王討伐”
言ってしまえばただ一つの悪性を打倒しただけで、いや、そもそもを語るのなら、そのただ一つの悪性の下に数多の魔物が集い、その脅威に人々が団結する事などあり得ない。ポッと現れただけの瞬間的な出来事に揺るがされる程、人の紡いだ歴史というものは薄くない。そこに纏わる悪感情もまた、簡単に拭えるものではない。
『共通の敵が現れたから、過去のことは忘れて手を取り合おう』などと、簡単に事は運べない。
それを為し得てしまったという事実、不可能が起こってしまったという現実。それが意味するのは、過去を拭わずとも、過去を乗り越えずとも、手を取らねばならないところまで追い込まれる程に、“魔王”という存在が凶悪かつ強大であり、人の歴史と同じくらい永く人と接してきたある種の隣人のような存在であるということだ。
気づけば、道化師の姿は老人へと変わっていた。詩人のような語り部のような軽々とした口調は、学者然とした地味な見た目からは違和感しかない陽気さだが、観客の誰もが、いつから道化師が老人に変わっていたのか気付かなかった様だ。
道化師、もとい老人が放り投げた琥珀は、宙で陽の光を弾けさせながら鮮やかに輝いた。空に上がった琥珀が、再び掌へ落ちる頃には、老人は道化師に戻っていた。
「含みにしては随分と分かりやすい」
「衆目を楽しませるのが道化の役目ですから」
皮肉にも笑顔で応える道化師は、流石はプロフェッショナルと言ったところだろうか。
道化師が自らの所属する一座の劇を宣伝したその日の晩、一座の披露する見せ物の最中、聖剣の輝きが天を貫いた。
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