全ての始まりc.3
ヴァラハル王国の近衛兵アーネストは、ある日1人の男と出会った。
身を包むボロ布のようなマントは、長い旅をしてきたのだろう貫禄があり、今にも擦り切れそうなブーツと腰蓑が薄く揺れている。
一見すると浮浪人のような風体で、背負った長剣だけが立派な輝きを放つ。
彼は一言「王に会いにきた」と伝えてきた。
城下町と直通する正門ではなく、客人用の出入り口として使われる裏門は、人気の少ない裏路地から傭兵組合の事務所と王国兵たちの兵舎を通り抜けなければ辿り着けない。
その裏門にいるということは、王に会う資格を持っている者であるということになる。
何かしらのしがらみで公的に出会うことを制限される人たち、他国の重鎮、貴族、王族、領地・集団を代表する者としての話し合いの場ではなく、王の個人的な友人として話をするための道。
それがこの裏門であり、それを見極めるための2つの番兵である。
「お通りくださいデュノ様」
「ありがとうございますアーネストさん」
事、彼に至って確認の必要はなかった。
デュノ家の嫡男、正教会よりセルゲイの祝名を与えられた子。
3年前に魔王軍の襲撃を受け街は壊滅。名高いアンドルフ騎士隊もその殆どが戦死、生存者は確認されていない。
絶望の暗闇の中、火の手の残る惨状の中、彼の遺体の未発見は唯一希望と呼べた。
「生きておられたのですね」
「はい。幸運にも川に流され奴らに見つからずに済みました」
取り留めのない話で、数年来の溝を埋める。
不幸を励ますべきだろうか、幸運を讃えるべきだろうか、アーネストに二択の迷いは無かった。
彼の身に起きた事は、友人であろうとあくまで他人の自分に決められる事ではない。彼の心情は、道を決めたセルゲイにとってありがたい気遣いである。
王の御前へと続く長い廊下を、これから先の目眩がしそうな程長い更なる旅を想像しても、臆さずにいられた。
もし自分の身に起きた不幸を励まされたとしたら、幸運を讃えられでもしたら、少しでも頭に「もう十分じゃないのか」と諦めの理由を他人から過らせられれば、覚悟した筈の言葉が王の前で出せなかったかもしれない。
この日、セルゲイ・デュノはヴァラハル王の名の下に勇者としての名乗りを挙げる。
彼の偉大にして雄大な旅の始まりであり、苦難と後悔に彩られた人生の分岐点であった。
“聖剣に選ばれし者”、勇者セルゲイ・ディ・デュノはこの日に生まれた。
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