第8話 戦い

うるさい。

私を起こす者がいる。


私の内部へと侵入する者がいる。

警告。


覚める。

目覚める。

覚醒する。


最下層への暗い階段を降りていく途中に、

高い超音波と轟音が鳴り響いた。

そして、揺れ。


「早く!駆け降りるよ!」


号令をかけたのはココかロベルタか。

それすら、わからない混乱の中で、

俺は、階段を踏み外し、

仲間を巻き込んで地下へ突っ込んだ。


「痛い」という暇もなく、次の超音波が襲ってくる。

「—!」


異国語の呪文が唱えられ、地下全体がパッと照らし出された。

ココの呪文だろう。


「だあれ?」


照らし出された部屋はベッドルームのようだった。

寝台の中央に寝そべる優雅な貴婦人。

それこそが残酷、残忍だと言われるハレーネ。


およそ、男を食べるようには思えない。


破裂音がして、ハレーネの胸に穴があいた。

ロベルタが胸から出した拳銃でハレーネを撃ったのだ。


「痛いじゃない」


ハレーネは胸にあいた穴からあふれる血を指ですくいとると

蛇を思わせる舌で舐めとった。


傷はみるみる内に塞がっていく。


「汚れたじゃない」


ハレーネは自らのわずかな血液がついたシーツの上を探った。

銃弾を見つけると、宙に浮かせ

「お返し」

と、ロベルタの胸にはじき返した。


「ロベルタ!」

崩れ落ちるロベルタを俺は支えた。

「大丈夫だよ、馬鹿。私も強い」


ロベルタの受けた傷もみるみる内に治っていく。

この世界の住人はどうかしている!


俺はハレーネが横たわるベッドに歩み寄った。

ココが後ろで「危険だよ!」と忠告する。


知っている。わかっているつもりだ。

俺は傷を受けてもみるみるうちに治ったりしないだろう。



「おい、ババア。アリサを返せ」


ピクッとハレーネのこめかみが痙攣した。


「何のこと?」


「アリサを返せ」

俺がなおも言うと、ハレーネは白く長い首をふった。

「そうじゃない、その前よ」



「このババア!」

そう繰り返したのは、ロベルタだ。


「なんですって……」


ハレーネの綺麗な白い顔が段々と醜く膨れていく。

それは、生きた年の数だけの醜さを再現していくような光景だった。

皺は寄り、口は裂け、首は長く、胴体はどんどん肥大する。

背中から左右に三本ずつ羽根が生えた醜悪な化け物になっていた。

発する声はもう超音波しか吐けない。


「化け物!」

ロベルタがそう罵倒する。


化け物ですって?違う、私は永遠に美しいハレーネよ。

眠れる女神よ。よくも、よくも私を起こしたわね。

許さない。


激しい戦いが始まった。

ココは魔法で、ロベルタは剣と銃で応戦していた。


俺はその間を逃げることしかできなかった。


「大丈夫。ハレーネは死ぬわ」

俺が、部屋の隅に逃げたとき、壁からそっと声がきこえた。

間違いない。アリサ、いや今はナターシャの声だ。


「こっちへ来て」

俺は声のする方へ、向かった。

戦闘する二人が気になったが、ナターシャは言った。

「二人は勝つわ」


そこは丁度、ハレーネのベッドから反対方向に位置する場所だった。

重く垂れこめた幕の向こうに小部屋があった。


向かい合ったソファの一つに、彼女が座っていた。

化粧やどぎつい衣装は身につけず、

白いワンピース姿で。


「アリサ……」

「……ここではナターシャよ」


静かにそう告げる彼女は「座って」と俺に

向かいのソファを示した。


「これから、全てを話すわ」

ナターシャは落ち着いていた。


「ちゃんと聞いてね……コウくん?」


そう、ナターシャは言った。

俺の知る幼なじみそっくりの声音で。

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