第7話 戦いのさなかへ

雨。

雨が降る気配がする。

こんな日は特別に眠い。


ハレーネは眠りの狭間で思い出す。

さっき、ナターシャが来た。

「今度の獲物は気味が悪いわ」

そう言って、捕まえられなかったことを報告すると、

いつもはうるさい口を閉じてどこかへ消えた。


私の妹。

私には妹なんていただろうか?

いや、いる。いないなんて思ってはいけない。

いらないとも思ってはいけない。

前にもこんなことを考えた気がする。


だが、今は思考しようにも眠すぎる。

思い出さなくてはならない何か。

今はそれを忘れてただただ、眠りたい。


雨が降る。

何かがここへ着く。

流れついてしまう。


それはきっと「気味が悪い男」なのだろう。

そういう予感がする。


「気味が悪い」男を食べれば、

この命は終わるだろうか。

いや、逆に命は長らえるだろう。

私は永遠の命を手に入れるため、こうして

男を喰ってきたのだから。

そう、最初から。


しかし、どうしてこう退屈なのだろう。


最初は、私が積極的に男を狩りにいった。


女から愛しい男を奪うのはこの上なく愉しかった。

だけど、次第に男がいなくなって(私に喰いつくされて)

しまうと、とたんに虚無の時間になった。

退屈で、眠るしかない。私は眠りの虜になった。

それ以外は、妹の捕ってくる獲物を喰うだけ。


私は、何がしたかったのだろう。

……いい、考えない。

考えなければならないことを後回しにしているのだとしても、

私は眠りたい。

ハレーネはまた、深い眠りの底へと落ちていった。



「出発がこんな天気じゃ、幸先が悪いわねぇ」

見送りのサーシャが首を傾けて、遠くの空を見ている。


目指す姉妹の住処のあたりの雲が黒い。

目指す場所では現在、雨が降っているようだ。


こちらの空は曇天。

「大丈夫だって」

そう答えるロベルタの胸元には金の馬蹄が光っている。

誰かにネックレスに加工してもらったのだろう。


ココは、さっきから熱心に地面に絵を描いている。

本当にこのパーティで大丈夫なのだろうか。

俺は今さらながら、不安になった。


「出来た!」

ココが立ち上がる。

「落書きしてないで、出発するぞ」

俺が言うとココはむ~っと膨れた。怒っている。

「これは、姉妹のアジトに行くための魔法陣なの!」


「ええっ」

異世界ながら、魔法要素を初めて見た俺は驚いた。

「これ、あれか……、その、住処にワープ出来るのか?」

「もちろん!」

ココは満面の笑み。

ロベルタは口笛を吹いた。

「ワープはココの十八番さ、行くよ!」


ロベルタが光り始めた魔法陣に飛び込む。

ピンク色の光がきらめくようにその姿を包んで、

見えなくなった。


まじか。

ココも「よいしょっと」というかけ声でその中へ飛び込んでいく。


サーシャはその様子を見て、俺の背中を応援するようにそっと押した。

「いってらっしゃい。冒険者に幸あれ」


「はい」と俺は答えて、円陣へダイブした。



恐る恐る、目を開けた。

そこに見えたのは、とてつもなく大きな城だった。

雨が降り、城壁を濡らしている。

その暗いツヤは、城をいっそう、禍々しく感じさせる。


「さ、早くこっちへ」

ココが呼びながら駆け出す。

ロベルタと俺はココの後を追う。


あたりに生命の反応はない。

姉妹は何の守りもいらないのか……。

驚いたことに、ココの指し示す、城の窓は割れていた。


警備どころか、こんな荒れた城に住むなんて……。

ココが思考を読んだのか、俺に教えてくれた。

「姉妹の居る場所は、この城の地下室なの。

 城はただのオブジェ。地下までは怖がるものはないよ」


ロベルタも頷く。

昨晩の酒宴で知ったが、二人とも特別に強い力を与えられているので、

ここら辺のフィールドリサーチは完璧らしい。


「最下層には、姉のハレーネが居る。

 男を喰う化け物さ。

 もうそろそろナターシャが出てきてもいいんだが」


ロベルタは下層に続く階段を下りながら、鞘から剣を抜く。

警戒しているのだろう。


「おかしいね。ナターシャはどこかに行っているみたいだよ」


ココは迷う様子を見せた後、俺を振り返った。

「ハレーネに会う?私たちが負けちゃったら、

 きっとあなたは食べられるけど」


その予想は恐ろしいが、俺は「会う」と言った。

「ハレーネはもう何百年も最地下に閉じこもったまんまだよ。

 私も会うのが初めて」


ココもロベルタも張り詰めた空気の中、緊張しているようだ。

もちろん、俺も。


一体、本当のアリサにはいつ会えるのだろう。

会える前に死にはしないだろうか。

俺はそう思いながら、地下への階段を一歩ずつ降りていった。



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