第4話 異世界へようこそ

眩しい。まぶたを透けて日差しが入ってくる。

目を覚ますと、ひらけた広場のようなところで横たわっていた。


背中に芝生がチクチクと刺さるのが痛い。

あの、穴の底に打ちつけられた時の衝撃に比べれば可愛らしい痛さだ。


俺は、ゆっくり起き上がった。


「ああっ、まだ動いちゃだめだよーう」


そんな声が背後から聞こえた。

振り返ると、ふんわりとした金髪のショートカットに四角い帽子を被った少女が、水をたたえた器を持って立っている。


「お水、汲んできたよ。ゆっくり飲んでね」


うだるような暑さの中で水を断る気にはなれず、「ありがとう」と言って飲んだ。

訳が分からない。なんでこんなに暑いんだ?

デートに出かけた日は春も始まったばかりの頃だった。


「ふふ、疑いもなく飲むんだね。そんなだったらすぐ奴らに食べられちゃうよ」


女の子は可愛らしい顔に似合わず、恐ろしいことを言う。

民族風の衣装に、ふくらんだズボン。刺繍の入ったカバンを提げている。


カバン……そうだ、ウサギのリュック!


「君、俺のリュック知らない?」

「ああ、あれねぇ。ごめん、ロベルタに預けてあるんだ」

「ロベルタ?君は誰なんだ」


女の子は、刺繡入りのカバンの中から何かを差し出した。

藁を紙にしたような、ざらざらの紙片に文字が書かれている。

異国語なのか全く、読めない。


「へへ、これ私が作った名刺なの!」

「ごめん、なんて書いてあるか読めないんだけど」

「やっぱり、あなたって違う世界から来たんだね!

 私はココっていうの!」


元気よくココは片手を差し出してくる。

有効の印に握手だろうか?

俺もぎこちなく片手を差し出し、握手する。

柔らかく、あたたかい少女の手。


その時、馬が大地をけって駆けてくる音がした。

こんな音は時代劇以外、聞いたことがない。


「あ、ロベルタだよー」

女の子がのん気に振り返ると、馬上に逞しい女性の姿があった。

胸元が大胆にカッティングされて豊満な胸がおしみなく表れている。

そこは女性らしいが、ノースリーブの服から、しなやかに伸びる腕は、

俺より遥かに筋肉が付いている。


ロベルタは二人の前で馬を止めると、俺の顔を見て不機嫌そうに舌打ちをした。

なんだ、こいつ。

美人だけど体に合わせて、気が強そうだ。


「お前が転生者か。こんなカスならさっさと姉妹にくれてやれば良かったな」


詳細な意味はわからないが、非常に侮辱されているように感じる。


「そんなこと言っちゃダメだよ、ロベルタ。彼こそ、この世界を

救ってくれるために召喚された勇者さまかもしれないんだから」


ロベルタはその言葉を聞くと、不快そうにツバを吐いた。


「はっ!勇者さまはココの本に出てくる所詮おとぎ話だよ。

 ここには怪物と化け物しかいねぇ」


俺には怪物と化け物の違いがよくわからない。

混乱の極みでぼうっとしてしまったが、ウサギのリュックを思い出した。

「お、俺のウサギのリュックを返してくれないか?」


ロベルタは、片眉を吊り上げ、わざと怒ったような顔をしてから、笑った。

カッコいい美人の顔が表情に現れる。


「あのぬいぐるみかい。ほらよ」


馬の鞍から、ウサギのリュックが投げてよこされる。


「外から持ち込まれたものは、変な匂いがして強い奴が持たないと

 すぐ化け物が寄ってくるからねぇ。私が持っている方が安全だけど」

「いや、俺が持つよ。というか、ここはどこだい?」


そう言うとココとロベルタは顔を見合わせて、吹き出した。


「みんな、そう聞くんだよね」

「男は皆、食べられちゃうのに」


口々に言い合っては、笑っている。

俺は顔が蒼白になっていくのを感じた。


やばい世界に転生したことは確かだ。


「……君たちが食べるの?」


恐る恐る俺は聞いた。


「安心して。ココは出来るだけあなたをお守りするよ。

 ロベルタも、すっごく強いから。守れたことはないんだけどね!」


そう自信満々に言われた俺はもう絶望して笑うしかなかった。

アリサとの日常が懐かしい。


「ほーら、あんたの匂いを嗅ぎつけておいでなさったよ!」


ロベルタが、細身の剣を抜く。

空がにわかに暗くなる。

強い風が吹き上げた後に、現れたのは一人の影。


「ナターシャ!こりないねぇ」


ナターシャと呼ばれた人物は顔を上げた。

俺は息を飲んだ。


驚くしかない。

派手な衣装や化粧をしているものの、その顔はアリサだった。

あのアリサに違いなかったのだ。




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