第3話 姉妹たち
「姉さあーん!」
真っ暗闇の中で、大音響で叫ぶ声がする。
自分を呼ぶ声にハレーネは目覚めた。
闇の中、ぽっと白い灯りがともった。
照らされたのは、豪華な寝台。
羽根のつめ込まれた布団に横たわる女性が
のんびり大きく伸びをした。
大きな胸をふちどる白いレース。
それが幾重にも重なったドレスを着ている。
およそ眠るときの服装とは思えない。
「うるさいわ、ナターシャ」
寝台で眠っていた人物が優雅に目をこする。
姉のハレーネである。
「でも、でも獲物がくるのよ!」
寝台にたどりついた、もう一人の騒がしい娘を灯りが照らす。
ナターシャ。
こちらは沢山のステッチが入った、牧歌的なワンピースを着ている。
しかし、細部を見れば、どぎつい縞のピンクの靴下と、
オレンジ色の爪は鋭く磨かれているし、まつ毛は挑戦的な赤。
その細部どれもが、どこか攻撃性を感じさせる。
「そんなに騒がなくても良いことよ。
思し召しは決められているのだから」
「姉さんったら、そんな落ち着き払って、嫌!
この世界に新たな獲物がくるってのに!」
眠そうに落ち着いている姉とうるさい妹。対照的な二人。だが、二人だけに通じるものがあってか目元は笑っている。
「女はいらないわよね?」
妹が意地の悪い声でささやく。
姉は「今、起きた」とばかりにパチリとまばたきする。
「もちろん」
そう姉が答えると妹は、満足そうにうなずいた。
「女は、私と姉さんだけでもありあまっているもの」
寝台の縁に腰掛け、ピンクの縞のニーハイソックスを引き上げる妹は、思い出したように付け足した。
「でも、男が醜い場合はどうして?」
姉は、また眠そうな顔になりながら、ふうっとあくびをもらした。
「殺す」
さも退屈そうに姉は告げて、また布団に潜りこんだ。
「あっ。姉さんったら怠けんぼう!
今回の獲物は私の手柄なのに」
「ナターシャ、召喚は済んでいるのでしょうが、
捕縛はまだでしょう。あっち側に渡ったら私たちの命も危ないのよ」
「では、なぜ、ずっと姉さんは眠っているの?」
何故、眠っているのだろう。それは退屈で仕方ないから。千年のいのちを与えられてもすることがないから。
ハレーネ。
優雅な物腰の、それでいてこの世界に飽きてしまっている眠りの女神。
彼女を起こす者は、今や妹のナターシャだけとなっている。
「ナターシャ、お願いしずかにして」
私は眠りたい。こんな騒がしい妹なんていらない。
いらない?
その思考にぶつかってハレーネは頭を振る。
いけない、そんなふうに言っちゃ。
この世でただ一人の妹なのだから。
「ふん、姉さんなんか知らない。
獲物を捕まえてくるわ」
ナターシャはそう言って消えた。
ハレーネは、再び寝台の灯りを落とす。
闇の中で、めずらしく眠れない。うるさいナターシャを追い払ったというのに。
獲物はどんな人間だろう。この世界では外からくる人間は貴重だ。
いろんなことを知っている。いろんな道具を使ってみせたりする。
そうやって獲物となって現れた人間は全てハレーネの腹の中だ。
くつくつくつ、とハレーネは笑いを堪えられなくなった。
ナターシャの言う通り、そろそろ起きるべきかもしれない。
白いシーツの皺を身体に感じる。私は、今こそ眠りから覚めるべきなのだ。
さっきまで全身を膜のように覆っていた倦怠から、一種の歓喜が湧いた。
なぜだろう。目覚めの予感がする。
この目覚めは必要だ。
妹と仲良くするために。
美味しい食事をするために。
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