第9話 楽しいデート



 幸彦は鏡面世界の中、保奈美とデートという名の任務活動をしていた。

 

 灼熱の太陽がさんさんと降りしきり大地の砂が極端に熱される。踏み締めるたびに熱せられた砂は歩行者の足を沈め、どんどん体力を削りとっていくのであった。

 

 そんな過酷な状況にも関わらず、幸彦がこの区画を選んだ理由は一つ。

 それは、手を後ろに組みながら、幸彦の周りをぐるぐると嬉しそうに回る彼女が居るからであった。


「うんうん! 幸彦君。その格好、と〜っても似合ってるわぁ。サイズもぴったり。うふふふふ。クラスメイトの大多数は、ほぉんと見る目がないわねぇ。こんっ……なに! キュートでチャーミングなのに! あぁ、私の旦那様可愛すぎいぃぃーーーー!!」


 保奈美は、両手で体を抱くと長い黒髪を揺らしながら、体を大きく左右にくねらせる。

 彼女は、終始黄色い声を上げながら、幸彦をこれでもかと褒めちぎるのであった。

 

 しかし、そんな声援をされても彼は眉を潜めざるを得ないだろう。なぜならこの格好を気に入っていなかったからだ。


「思わないね。控えめに言って、お前の趣味がちょっと独特なんだと思うよ。否定するつもりはないんだけどな」


 どちらかと言うと奇妙であるのは、彼女の方であると言うしかなかった。学生でコレを理解できる母性があるのは極めて少数だろう。


 幸彦は言外に需要が保奈美以外にないことを告げる。それに対し、彼女は不満があるように口をすぼませ腕を組む。


「あ〜ら? その特殊スーツの何が不満なんでしょう? 回復速度上昇、耐熱機能、耐久力、軽さ、それにetc……何を取っても我が社の一級商品なのよぉ? 売上はなぜか少ないけどぉ……」


 自信満々だった声も最後は聞こえるか聞こえないかのように、声量が小さくする。

 

 確かに品質の良さ、着心地、耐久性は折り紙付きなんであろう。さすが、鉛筆から術具まで幅広く取り扱う企業の名は伊達ではないと感じさせる。


 ただそれらの点を補えないほど、この製品はデザインに大きな問題を抱えていた。


「だとしてもよぉ〜……よりにもよって赤ちゃんコスはハードル高すぎねぇか? お前俺に何を見出してこんな格好させてんだよ。悍しい高校生が一人爆誕しただけじゃねぇか」


 幸彦は己の格好にため息を漏らす。


 そう……それは赤ちゃんコスだった。


 頭から、腰まですっぽりと包まれたベビー服。涎掛けに加え、おしゃぶりを加えながら学校のワープ装置で鏡面世界にケガレを討伐しに行っていたのである。


 保奈美は男性がこの格好をするのに、大した抵抗は持っていないのかもしれない。それもどうかと思うが……


 その幸彦の皮肉に対し、彼女はキョトンとした顔で顎に手を当てる。そして瞬きを三度した。


「うーん……この格好は、そんなに変かしらぁ? 誰でも生まれてきた時に一度は着るでしょう? それなら二度や、三度、着てもおかしいことは何もない。そう、私は思うのだけれど……」


 彼女は首を左右に曲げながら、不思議そうに唸る。残念ながら納得していないらしい。人妖の趣味は色々ある。


 彼女の意見を否定するつもりは別にない。ただ、とりあえず一男性として、幸彦はこの格好に率直な感想を述べるのであった。



「一回で充分だ。二回目着ることがどれだけ人妖にメンタル与えるか。保奈美には、もうちょっと心に寄り添ってもらいたいね」


 しかし、彼女はそれにイマイチ納得しない。説得の方法が悪かっただろうか? 


 他の伝え方を模索する幸彦であったが、彼女の返答は予想外のものだった。そんなの想像できる訳がない。

 

「そうかしら? 私は見慣れてるわよ。お父様はプレイの時以外にも色々コスプレしてるし」


 幸彦は頭から地面に突っ伏す。高熱で熱せられるのにも関わらず彼は鋭いノリッコミをするのだった。


「お前の家族の欲望イカれてんな!! 何お前、そんなおぞましい家族の一員に俺を加えようとしてたの⁉︎ 鈴木財閥って変態の集まりなの⁉︎」


(毎日、顔を突き合わせるのに、お互い赤ちゃんだったらおかしいだろ。大人はどこに行ったんだよ。保育所じゃねぇんだから……)


 軽々しく保奈美と約束は出来ない。内容としては大したことがなくても精神的に殺される可能性が非常に高かった。これ以上のオーバーキルはごめんである。幸彦は、そんな厳し目の考えのつもりであった。


 だが、彼は身内に大概甘かった。分け与えられるものは可能な限り与えたいと思うほどに。なので既に体の関係にあり、身内扱いの保奈美に対し、ダダ甘になるのは自明の理であった。


 



「あっ、ちょっと止まれ。保奈美」

 

「うん? 何か感知したの?」


 歩き続けてそこそこ立っただろうか。彼女は、辺りを見渡すが目に見える距離にそれらしきケガレは見えなかった。


「ふぅ。お手上げね。それでケガレはどこにいるのかしら? 私感知はそれほど得意じゃなくて……」


 彼女は肩をすくめて両手の手のひらを上に向ける。


「あぁ、ここから4時の方向に異質な生命反応がある。10キロぐらい離れてるのか? 結構群れてるなって……おい聞いてんのか? おーい、保奈美さん? 聞いてないなら足カックンしちゃうぞぉ〜?」


 保奈美は膝立ちでその方向に目をらし地平線を注視する。足カックンしてやろうかと、幸彦が膝をセットしたその時。


「あっ! 見つけたわ!」


 保奈美は、何かを発見したかのように顔を輝かせ、勢いよく立ち上がると頭で幸彦の顎をかち上げるのだった。


「あぁ、そこにいたのね。ひぃ、ふー、みー

うんうん、ちょっと多いわね〜。ねぇ幸彦君意外と多いって……なんで転んでるの?」


「いちちちち……いや不幸な事故があってな」


 彼女は倒れている幸彦に手を差し伸べる。それをしっかり握った彼は、顎をさすりながら立ち上がるのだった。


(ふぅ、近距離タイプは身体能力が凄いと聞いてたが、ここまで見えるとは……幸彦はその圧倒的身体能力に、身震いするのだった)


 幸彦は口笛を吹きながら、彼女に質問する。


「なら種類と数は分かるか? 俺にはそこまで詳しく分かんないから……」


「オッケ〜。うーんとねぇ……えーと……」


 彼女は、ゆっくりとした口調で、ケガレの種類と数を詳細に答えていく。


「種類はぁ……昆虫型のケガレね。アリみたい。確かぁ、物理耐性がそこそこあって力も強いからちょっと面倒ね。反面術耐性は弱いけど……目視で百三十匹はいるかしら? うーん……これは私達二人では手に余りそうね……応援を呼ぶ?」


 確かに普通の術士では、奇襲を仕掛けようにも見つかるし、コソコソ打とうとしてもケガレに霊気や妖気を探られてすぐにバレるだろう。


 妖気不足の幸彦にも、いつものように一人なら、特急術を使うのは少々避けたかった。


 しかし彼女がいるなら問題ないだろう。いざと言う時はおぶってもらえばいいのだから。


「いや、ここから仕留めよう。そこで重要なことなんだが、巣の半径一キロに妖怪や人はいるか? いるようだったら照明球上げてくれないか? 俺、雷の術と相性悪くてな……お前発動してくれる?」


 幸彦にとってはこの距離こそが最も適切な距離だった。


「それはいいけど……幸彦君、いくら遠距離タイプでも一気にケガレ殲滅せんめつ出来るの? 百匹もいたら幾らか撃ち漏らしがあるんじゃない?」


「いやそれは心配しなくていい。ちゃんと対処するから……それでどうだ? 一キロの中に術師いるか?」 


「いないわ……それでどうやって巣の上のケガレを全滅させるの? いくら術耐性が弱いからと言って反動の余波だけじゃ、あいつらさすがに死なないわよ?」


 結界で敵を閉じ込めた後、氷塊でまとめて潰せばいいだろう。そのあと巣の範囲一キロを纏めて凍らせればいい。そうすれば地面のケガレを一気に死滅させることが出来る。


 そのことを保奈美に説明すると、幸彦は彼女に呆れられた。一度も自分はそんな討伐方法を聞いたことがないと。


「普通は、巣を一時的に塞いで地面の上のケガレを殲滅。そして巣を完璧に封印して終了よ。幸彦君今まで律儀に巣壊滅させてたの? だからケガレ討伐数、高校生二位なんてふざけた数字になってたのね。納得したわ……」


「いや、普通落とすだろ。敵の拠点潰さねーと現実にケガレ湧くだろ?」


「沸かないわよ。封印してるんだから……」


「それ……本当か?」


「私、都合の悪い嘘は極力つかないわよ?」


 どうやら事実だったらしい。


 幸彦はとりあえず倒せばいいの精神で全滅していたのだが、そういうわけではなかったらしい。彼は、がくりと膝をつく。


「なら、俺のこの無駄にでかい妖気は何に対して役に立つんだ?」


「あぁ。でも、ケガレを全部滅ぼした後に浄化すれば、その地域にはケガレは発生しないからやっぱり全滅出来るならした方がいいかも……」


 言い訳のようななぐさめをされる幸彦。それならそれではっきり言われた方が辛かった。


「いいかも……レベルか。俺が一人でコツコツ全滅させてた意味って……」



 幸彦は乾いた大地の上で、体育座りをしてそっぽを向くのだった。保奈美がごめんなさいと土下座するまで。


(少しは俺の普段の気持ちが分かってもらえただろうか? 彼女も反省してるようだし、もうそろそろ。んっ? ――!)


 何かを感じた幸彦は急に立ち上がる。そして顔に焦燥を募らせるのだった。


「おいおいおいおい――それってありかよ!」


「何かあったの? 幸彦君」


 鬼気迫った幸彦の声に保奈美は即座に反応する。そして彼女は、幸彦の目をじっと見つめた。


「何の冗談だって感じだよ……あそこに二人取り残されてる術師がいるぞ……」


 幸彦は唾を飲みながら、衝撃的な事実を告げるのであった。






 




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