第8話 医療行為
「はぁ……二人は上手くいってるんでしょうか」
白百合梓は、無人の教室の中で悶々としていた。それは昨日の夜、保奈美から幸彦と交際することを聞かされたことが原因である。
最初は喜んだものだ。梓もようやく肩の荷が降りたと……
そこで、嬉しさのあまりどんなプロポーズをしたのか聞いたのがいけなかった。
『それは、いろんな偶然が重なってその場の流れかしら? とにかく交際オッケーになったわよ!』
『いろんな偶然? それはどうゆう……?』
梓は嫌な予感がした。そのことについて問いただすと、保奈美は焦りながら電話を切る。
『とりあえず、明日話すわ。これで登下校一緒でも文句ないわよね?』
『それは恋人なので多分問題はありませんが……あっ、ちょっとまだ話が終わってませんよ⁉︎』
追求しようとすると、電話が切られる。再度電話をかけても彼女は電源を切ってしまったのか電話に出ることはなかった。
何やら順調な予感があまりしない。一晩眠ってもその悩みは尽きなかった。
(保奈美はちゃんと幸彦君と健全なお付き合いをしているんでしょうか? それとも……)
まさかとは思うが、昨日の今日で、またトラブルを起こしていないだろうか?
彼女は不安な気持ちを押し殺して、二人の登校を心待ちにするのだった。
一方その頃、裏路地では喧嘩が終わろうとしていた。
「そら、もう一発!」
「あっ待って! 笑いすぎて、ぐふぅ!」
幸彦は続けざまに、保奈美の顎を拳で撃ち抜く。いくら妖怪と言っても脳をこうも揺さぶられては、立ってはいられなかった。
「どうだ? 降参するか?」
幸彦は、満身創痍のまま彼女に問いかけるが、彼女は足をふらふらさせながら立ち上がる。
「くっ⁉︎ 私は妖気を――」
彼女は状況を一変させるために詠唱を唱えようとするが、幸彦はまた指を鳴らすのだった。
すると彼女は腹を抱えて笑い出す。
「げんしゅつ、あひゃゃゃゃゃ⁉︎ げほっ、げほっ! いつ⁉︎ いつ暗示仕込んだの⁉︎ はぁー、はぁー、はぁー……」
そう、保奈美は先程から指を鳴らすたびに笑いが止まらなかった。その問いに幸彦は彼女の顎を指さす。
「殴った時にとっさに仕込んだんだよ。普通は入らないんだけどな。こんな暗示。まぁ、お前冷静な状況じゃなかったし」
そう、覚りの幸彦は威力が弱い暗示を彼女に仕込んでいた。それは効能が低く、普通は入らないのだが、気分が高揚し、精神的距離が近い彼女にはすんなり暗示が通るのだった。
「それなら……! 笑わなければいい話でしょう、ってやっぱりだめだわ! ぷっはははははは!!」
保奈美は腹を抱えて笑う。それはスキだらけの姿であり、幸彦は彼女の頭を掴んだ。そして、レタスが幸彦にしたように一気に思念をたたき込んだ。
「うぅぅぅ⁉︎」
「はぁ……疲れた……」
幸彦は地面にへたり込む。
そうして、彼は保奈美を気絶させて勝利をもぎ取るのだった。
「いちち……術の威力がバカ高くなかったらこんな縛りプレイしなくても、もうちょい楽に勝てただろうな」
少しでも妖気が回復するよう、壁にもたれかけて休憩していた頃だろうか。裏路地から保奈美の専属猫耳メイド、夏美さんが水色のバッグを持ってきてやってきた。
夏美さんは、保奈美に目をやるとペコリとこちらに謝る。
「どうやら、お嬢様がまた迷惑をかけたようで……これはほんのお気持ちですが……」
そうして、彼女は水色のカバンをさし出した。
「それは……また、あなたのポケットマネーとかではないですよね?」
一度目はポケットマネーという、とんでもないものを渡された幸彦。そうした経緯から断ろうとしていたが彼女は首を横に振る。
「いいえ違います。中身は、貴方達のサイフとスマホ、着替え、妖気回復ドリンクです。お二人で仲良く分け合ってください。それでは私はこれで……」
そうして音もなく、消え去る夏美さん。彼女が出て行ったしばらくした後で、中身を開いた幸彦は目を丸くする。
「仲良く分け合ってくださいって……コレ全部雷の妖気ドリンクじゃん」
幸彦は雷の妖気を無属性の妖気に上手く変換出来ない。
そうした背景もあって、幸彦はせっかく倒した恋人をまた揺すり起こすのだった。
「ふーん……私が寝てる間にそんなことがあったのね。あの子も中々気がきくじゃない」
起きた彼女はおもむろに立ち上がると爪先立ちで立つ。
そして、観客に見せつけるように彼女はくるくるとバレリーナのようにターンをし、優雅に
それは妖気が見えない物からしたらさぞかし、
しかし、実際の鈴木の体からは、タールのようにどす黒く粘ついた妖気が発せられていた。
「いつ見ても不気味な妖気の色だな。どうしたらそんな色になるんだ? あだだだ」
彼女はピタリと動きを止めるとこちらに駆け出すし、幸彦を再度壁にもたれかけさせた。
「無理しちゃダメよ。私かなり殴ったから。それにしてもそんなに驚くような色かしら? 幸彦君は嫌い? この色」
「ふぅ。いや、嫌いではないけどさぁ……苦手かなぁ……なんかこう骨の
ホラーとかによく出てきそうな、なんでも溶かすスライムにそれは
幸彦は、鈴木の妖気を見ると、今は所在も
「ふーん……でもこの妖気を見て気に入ってくれた妖怪も過去にはいたわよ? 素敵な色って言ってくれたわ」
「それ、目いかれてんじゃねぇの?」
このどす黒い色を見てそんなセリフが言えたならそいつは末期の厨二病患者か、よく同じ色を出している社会不適合者だけだろう。
アイツらは、妖気とは全く別のオーラ出すからたまにビビる。なんであんな闇が深いんだよ。
そんな思案にふける幸彦を放って置いて、彼女は話を続ける。
「まぁ、妖気の色なんて関係なく適当に褒められたんだと思うけどね。声をかけて仲良くしたかったのでしょう。ほら、私の変化は超絶美人だから。痛いけな少年をときめかせてしまったのでしょう。あぁなんて罪な容姿してるのかしら。私って!!」
保奈美はちらちらと、こちらを見て来る。そんなあからさまな反応を見せられてはこちらも褒めるのにやぶさかではないが……一つ木になる点がある。
「変化は美人って分かるけど俺、お前の素の姿見たことないし……」
どうとも言えず幸彦は口を濁す。彼女もそれを見て一理あったらしい。付け加えるように説明をする。
「結婚した後に見せてあげましょう。それまではお預けね。襲われるといけないから」
「誰に?」
「もぅ、意地悪ねぇ。そんなの幸彦君以外いるわけないじゃない。未来の旦那様は貴方しかいないわ。私のマイダーリン」
鈴木はコンクリートに膝を付けてしゃがむ。そうして上目遣いでこちらを覗いて来た彼女は、相変わらず高校生にしては色気と妖艶さが増し増しだった。
「それは遠慮しときたいけど……ぐっ!」
バタンと幸彦は急に倒れる。妖気の回復力が遂に尽きた。そして妖気が尽きた幸彦は一歩も動けなくなる。
「どうしたの!! 幸彦君怪我がそんなに痛いの!」
「いや、大丈夫、大丈夫。ただの妖気切れ。もう一歩も動けん。ちくしょう……鈴木、妖気補充薬持ってないか? 出来れば分けて欲しいんだが……」
「抵抗あるかもしれないけどいいかしら?」
「あー……うん。それでもういいよ。助けてくれたらなんでもするから、妖気分けてくれ。頼む」
「分かったわ」
彼女は妖気ドリンクを一気にガバ飲みする。何十本のそれを全部飲み終わった彼女は、幸彦の脇に手を入れて、立ち上がらせた。
「ありがとよ、ってなんで目つぶってるの? なんで顔近づけてくんの? えぇ、もう訳わかんないんだけど……セクハラなら後で……今はちょっとノーセンキュー……ウギギギギ」
首を動かして何とかキスされるのを逸らす幸彦。しかし、鈴木は怒り出す。
「もう、避けないでよ。妖気渡せないじゃないの、いいから受け取りなさいな」
「はっ? これが? んむ、むぅぅぅぅ⁉︎」
保奈美は幸彦と情熱的なキスをするのだった。するとみるみる内に幸彦の妖気が回復していく。
「ほら、嘘は言ってないのだから。まだまだ動かない。動かれると……ぷは。それだけ回復するのが遅くなるじゃない。ぢゅっ……幸彦君、はぁっ……ちゅっ、指一本動かせないとも言ったでしょ? んん……怪我をする機会がないから幸彦君は知らないのかもしれないけど妖気は、他人にも分け与えられる。それは知ってる? はぁ……はぁ……」
昨日の捻じ込まれるような荒々しいキスとは違い優しく触れ合うような甘いキスだった。これなら幸彦も幾分か余裕はあった。何とか彼女の唇の動きに自分の唇の動きを合わせていく。
「そのくらい知ってるよ。ちゅっ……
「
唇を合わせた後、チロチロと合わせた唇を舌で舐められる。なんともむず
「本当はもっと色々した方が、妖気の回復早いんだけどね……ちゅっ……歯折れてるみたいだし……んっ……今はこれで我慢してね。むず痒いだろうけど、ちゅっ……」
鈴木のふにふにした唇が押し当てられる。幸彦は彼女の下唇を自分の上唇で挟んでいく。
(これ、しばらくやってたら、回復するのは分かるが、いつまでかかんの?)
「ちゅっ……あむ……あむ」
「……んむ……ぷは……ぢゅっ」
路チューはやはり目立つのか、人通りの少ない裏路地でも
しかし、これは医療行為なので仕方ない。専門行為は素人には訳の分からないものに見えるものだ。
結局彼は唇が軽く、ふやけるまで人口呼吸をし続けるのであった。
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