第10話 尻拭い


 

 梓と祐樹のペアは、うっかり襲ってきたケガレを殺してしまった。そのせいで、押しよせて来る人間サイズのアリの猛攻を一時間も凌ぐ羽目になったのである。


 彼女たちは先が見えない闘いにも関わらず、健闘をする。しかし、多勢に無勢。祐樹の霊気は長期間の戦闘でとっくの昔に枯れ果てており、彼女にかけられた身体強化も既になくなっている。


 それにいち早く気づいた梓は、なけなしの妖気に、生命力も継ぎ足して詠唱を始めるのであった。


「これで最後です! 祐樹さん。はぁ、はぁ、私の妖気を持って、貴方を祝福しましょう


 ――その体は、岩のように硬く、鳥のように身軽である。

 ――その強さを持って立ち向かって来る敵を打ち倒せ。

 ――無属性中級術 岩鳥がんちょう妖衣ようい


 彼女は己に残った妖気を絞り出してなんとか術をかけなおす。


「ありがとう! あずっち! これでこいつらを一掃出来るよ。うぉりゃ!!」


 祐樹の体に白く淡い光が舞い戻った。彼女はそれを確認すると勢いよくしゃがみ、跳ね上げるように逆立ちをする。

 両足を開いた彼女はコマのように高速で回転していく。そして武術を発動させるのだった。


「中級武術 剛刃ごうじん旋風脚せんぷうきゃく!!」


 祐樹たちの周囲に群がっていたアリが一気に細切れになる。


 しかし、体感は五〇体ほど倒しているのに全然数が減らない。少しのスペースが出来た瞬間、アリは一気に殺到した。


「あー! もぉーーーー!! こいつら何体いるのぉーーーー⁉︎ 無理、絶対、絶対無理ぃぃぃぃぃ!!」


 これではキリがない。


 アリのケガレたちは非常に統率の取れた時間差で攻撃を仕掛けてくるのだ。

 一匹、一匹の強さは硬いのと攻撃力があるだけで動きが遅く、支援術をかけてもらえば大したことはない。


 そんな状態も、群れると強さが段違いに変わる。潰しても潰しても湧いて来るケガレ。そんなペースで来られては徐々に囲まれるし、体力も霊気も切れる。


 持久力がウリの祐樹でさえ、短時間で体力と霊気に、限界が見えるほどに疲弊しているのだ。体力がそれほどでもない梓は、回復術と連と支援術の乱発で一歩も動けなくなっていた。


 祐樹は後ろからやってくるアリの頭を後ろ回し蹴りで吹き飛ばす。

 正面には、三体のひとかたまりのケガレ。彼女は前蹴りで先頭の一体を押し出すと、隣にいる梓を抱え、一気に足に力を入れる。


 彼女は月面宙返りをして囲いを抜けると、アリに背を向けて全力で駆け出すのだった。


「あずっち、ちょっと逃げるよ! この数は流石に無理!! 身体強化の方が先に解ける!」


 今は攻撃力がアリの硬さを上回っているから、なんとか撃退できているのだろう。しかし、殲滅速度が下がれば必ず数に飲み込まれる。


「ぁぁぁぁぁ……恋愛もしないうちに死ぬんですね……ふふふ、はかない人生でした」


「諦めないでぇぇぇぇぇぇぇ! 私、昨日彼氏できたばっかなんだからぁぁぁぁぁぁ!!」


 砂漠には、二人の少女が見事に追い回されているのだった……





「あの子達……不用意に手を出したのね。ふぅぅぅぅ……チッ!」


 保奈美は感覚強化を無意識に発動させる。

すると追われている二人の姿がバッチリ目に入るのであった。襲われて、反射的に手を出してしまったのだろうか。

 

 アレは一体で行動することはほぼない。しかも死骸や体液には集合フェロモンがあるのだ。一気に囲まれたというところだろう。

 何ということだ。折角の二人っきりの状態を邪魔するなんて本当に腹立たしい。


「なんだ⁉︎ もしかして知り合いなのか⁉︎」


「ええ、一人は梓……白百合梓さんね。私の親友の。ちっこくてお人形さんみたいな女の子よ。それと、もう一人は相田祐樹さん。スタイルがよくて天真爛漫。健康的な小麦色の肌で男を惑わす部活少女ね」


「お前、なんか説明に明確な悪意がないか?」


「別にぃ? ただ、あの二人がこのタイミングで、巻き込まれたのかを考えると妙に腹だたしくてね」


 保奈美は親指の爪を熱心に噛む。彼女は凄まじく不機嫌であり、苛立っていた。妖気にうっすら殺気が漂っているのが、なんとも言えない。


「因みに彼女は先日告白して彼氏ができたらしいから、あまり期待しないことね。そうそう、現在フリーな梓も幸彦君はちょっと……お友達が一番ですわって言ってたわ」


 保奈美は、全力で彼女らのネガティブキャンペーンを始める。とりあえず幸彦は万人に好かれているわけではないことが分かった。


「そいつは、大変だ。なら、なおのこと助けに行こうぜ。未成年で死ぬなんて色々不憫だろう」


 幸彦が積極的に助けようとするのを見て、彼女はさらに瞳を濁らせる。


「梓と祐樹さんとの浮気はやめてね? 私は血の雨なんて降らせたくないんだから」


 彼女はそっと幸彦の親指の第一関節を握って来る。相変わらず斬新な握り方だ。折られそうで大変怖い。


 こういう時の対処法は簡単である。彼女らに近づくそぶりすら見せなければ安心だ。


「分かった。ならお前だけ、救助に向かってくれ。俺はここで対象地点を爆撃するから。それなら安心だろう?」


「それなら、まぁ異論はないけど……」


 保奈美は握っていた手を話すと、歯切れの悪い返事をする。


「あぁ、無駄話はここまでにしとこう。それで状況はどんな感じだ?」


「かなり切羽詰まっているわね。後15分が限度ってとこかしら?」


 梓は祐樹の背中におぶさっている。もう動けないのだろう。祐樹も走るフォームが覚束ない。このままでは捕まって、四肢をバラバラにされるのが落ちだろう。


「なら俺が術を貯め切るまでに十五分持たせられるか?」


 彼は保奈美に問いかけるが彼女はその時間に指を立て左右に揺らす。


「十分待つなんて楽勝よ。楽勝。この天才の私にかかればね。なんなら一人で全滅させちゃおうかしら?」


「それはそれは……頼もしいな」


 なんとも心強い返事であった。男よりも男らしい。その男らしい言動に思わずときめく幸彦なのであった」


「さて、行きますか……私の妖気によって命じます。顕現せよ、力の波動。


 ――その体は、鋼鉄であり、目に止まらないほどの雷。

 槍に刺されても、剣で切られてもすぐさま回復するであろう。

 ――その圧倒的な強さを持って敵を一人残らず殲滅せよ。


 無属性上級術 一騎当千」


 そうして彼女は、一気に二人の元へ向かおうとする。


「あぁ、ちょっと待て。保奈美、こっちに来い。そして目を瞑れ」


「あまりいちゃついてる時間はないと思うのだけれど……行って来ますのチューでもくれるのかしら?」


「御託はいいから、さっさと頭よこせ」


 その素っ気ない態度に保奈美は眉を潜ませるが、指示通り頭をくっつけるのだった。すると彼女の頭は痛烈に痛むのだった。


「ぐぅぅぅ⁉︎」


 それは神経を削って中に無理やり入ってくるような感覚である。彼女は咄嗟に離れようとするが、幸彦は保奈美のおでこを捉えて離さないのであった。


「我慢しろ、俺の方がもっと痛いんだ! ぐっ! がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 彼女は文句を言いたげな顔をする。

 しかし、この激しい痛みがあることを事前に知っていれば彼女は絶対嫌がっていただろう。


 そうして冷静に判断した結果彼女は、十秒間懸命に耐えるのであった。


「はぁ、はぁ、なら今度こそ行ってくるわね。戦闘中は視界が揺れるから注意してね……」


 彼女はふらふらとしながら、走っていく。彼女の視界と同調した幸彦は走り去っていく景色に不謹慎ながら心躍るのだった。


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