第3話 青い果実



「あぁぁぁぁ、全身痛い。もう痛い。ていうかかゆい。痒くてたまらん」


 幸彦は押し寄せるむず痒さのままに足の皮膚を掻きむしる。するとでろんとケロイド状の皮膚が垂れ下がるのであった。


 何とか術を受けきった幸彦は二人が待機する廃ビルらしき建物の屋上に向かっていた。彼は階段の手すりに体を預ける。


(めんどくせぇ、これ治療にどのくらいかかるんだ? 幸い痛覚と触覚は微妙にまだ残ってるから最悪の事態にはなってないと思うが……)


 一段一段昇るたびに内側から焼けるような痛みが彼を襲ってくる。妖気が尽きかかってるのかめちゃくちゃ痛かった。彼はその痛みにじっと耐えると、また階段を昇って行くのだった。




 


「相討ちにしてくれたかぁ。こりゃ保奈美にしばらく頭あがんねーな。でもさ……こりゃ、やりすぎでしょ」


 彼を待ち受けていたのはむせ返るような血と肉が焼け焦げる匂いだった。

 屋上のひしゃげて壊れたフェンス。辺り一面に広がっている砕け散った床の破片。それらの痕跡が荒々しさを物語っていた。

 ただでさえ、ボロボロだった廃墟は、倒壊する一歩手前のようにも見えた。


(あ〜あ〜、鏡面世界だからって、ボロボロにしちまって……他所様の世界なんだからもう少し慎ましくしようぜ。まぁ、妖怪も人間もとっくに滅んでるらしいけど……)


 幸彦は周りを見渡す。すると目に入ったのは血塗れの満身創痍そういでぶっ倒れている二人の姿だった。


 着ている服は、焼けたり千切れたりして衣服というより体の恥部を隠すだけのボロ切れとなっている。


 どうやら彼女らは殺し抜きのルールなのに、落とし所というのを何処かに忘れ去ってしまったようだ。


(右の頬を叩かれたら、左の頬を殴り飛ばす。そんな感じの光景が目に浮かんでしょうがねぇ)


 文化人として嘆かわしい。これだから術士は人妖問わず、化け物みたいに思われるのかも知れん。


 冷静に分析する幸彦であったが、そもそも文化人は、血塗れの女子二人をこうも冷静に見れない。その点で言えば、彼女らと同様にずれている幸彦だった。


「うぅん……いったぁ〜……」


 真白は瓦礫をどかそうとするが、動けない。なぜなら両手が肘の先からなくなっていたからだ。幸彦は彼女の瓦礫を運びながら声をかける。


「よぅ。お前なんで変化解けてんの? 妖気大分余ってるだろ?」


 真白の下半身は、人間の足から太くしなやかな鱗の付いているものに変わっていた。


「天田先輩生きてたんですか!! 心配したんですよ。ぅぅぅぅぅ」


 元凶はお前だ、彼はそう言いたかったが、それよりも大事なことがある。


「その前に胸隠せ。胸。妖怪ならそこは強く恥じらう所だよ。お前は痴女二代目か」


 妖怪は本能的に己をだます性質にある。それを駆使すれば、胸を注視しながら真顔で叱るなど造作もなかった。


「えぇぇ、根本から引きちぎられてるのに隠すのなんて無理ですよ〜。ん〜……あっ! そうだ! それなら先輩で隠させて下さ〜い」


 真白は倒れている姿勢から腕も使わずに器用に立ち上がる。そしてにょろにょろと這いずり、幸彦に向かってぐったりと倒れ込むのだった。彼は右腕で彼女の腰の辺りを抑え、何とか転ばないようにする。


「まて、ストップ、ステイ! 尻尾で引っ張ろうとするな。今踏ん張れないんだから」


 たどり着いた真白は、幸彦の体に尻尾を巻き付かせ、幸彦に思いっきりしなだれかかってくる。


 けんけんで体勢を保つのは難しい。押し倒される、押し倒すのが嫌な彼は、大人しくその場に座り込む事にした。


「ごめんなさぃぃぃぃ。術の選択間違えて……」


「いや、勘違いしてたのは俺だから……そんな謝らなくても。ていうかどさくさに紛れて抱きつくな。俺には保奈美という彼女がいるんでな……」


 浮気をしても殺されることはないだろうがどうなるか分からない。保奈美に自殺でもされたら幸彦は悔やんでも悔やみ切れなかった。


「いいじゃないですか。私も先輩の彼女なんですから……」


 真白は座った幸彦に対し、そうする。


「お前の場合な? それと、とりあえず術の発動おめっとさん。威力、範囲と共に文句なしの出来だったよ。次は範囲、ちゃんと絞ろうな」


 真白は人懐っこい笑顔で幸彦に体を擦り付ける。


「ありがとうございますぅ。先輩すきすき。大好きです!」


 危うく、興奮が漏れ出しそうであった。彼は太腿をつねり、高まった血流を散らす。


「あぁ。それと、顔が血塗れでひどいから、洗ってやるよ」


 幸彦はウエストポーチから新しいタオルを出し妖気で水を生み出す。


「ありがとうございます。先輩! それとですね。おばさんの蜘蛛女を、殺せませんでした。すみません。真白一生の不覚です。うぶ、先輩そんな口周り、私汚れてないと思うんですけど」


「汚れてるんだよ。それとな? 殺すのはやめとけ。お前の場合はタガが戻ってこない。また呑まれるぞ」


 湿らしたタオルで真白の顔まわりの乾いた血と肉片をタオルで拭き取っていく幸彦。彼は新しいタオルを取り出してそれも濡らす。


「ほら次は体だ。ちょっと離れろ」


 幸彦は無心になりながら真白の肘や、胴体、尻尾などに付いている血を拭き取っていくのだった。

 

「はーい。変な所触らないでくださいよぉ。先輩、うへへへへ……真白腕吹き飛ばされて良かったかも知れないです。入院以来ですね。先輩とこんなに密着するの。あっ……尻尾も抉れてたんですね。見てください先輩、ほらほら〜〜」


「少しは落ち着け。洗いにくい」


「はーい」


 真白は体勢を低くして、短くなった腕や先端がなくなった尻尾をこれ見よがしにぶんぶんと上下に振る。それぞれ断面の部分が、上から押しつぶされたかのようにぐちゃぐちゃと潰れていた。


(保奈美のあれ貰ったら腕の一本や二本簡単に千切れるだろうな。俺もトラウマが蘇る……)


 傷口を見てみると腕や尻尾の断面は黒く炭化してボロボロになっていた。焼いて断面を塞いだのだろうか。出血は止まっており、ショック死するということはなさそうであった。


「これ思わず焼いちゃましたけど、ちゃんと治ります?」


「治るよ。凍傷だって完璧に治ったんだから。まあ再生速度にも差があるが……回復早い奴は一瞬、どれだけ遅くても二、三日、回復に専念してれば回復するだろうよ」


 ちなみに幸彦の場合は丸三日回復に専念してやっと回復するのであった。ちくしょう。


「ぇぇぇ、しばらく腕なしで過ごすんですか?」


「この傷、一般人だったら出血多量で即死レベルなんだから。まぁ我慢しろ」


 そう言ってガシガシと、残った右腕で銀髪を撫で回す幸彦。しかし、彼女は「ぎゃーっ、髪が髪が乱れますぅ! やめてくださーい!」と叫びながらも、嬉しそうに笑って撫でられ続けるのであった。


 乾いた血と埃やら汗などの汚れを洗ってやった真白はこざっぱりしていた。これで幸彦もようやく本題に入れるのであった。


「それはさておき真白。妖気余ってるか? 余ってるならちょっと俺に貸してくれ」


 全身をおおっっている妖気が足りなくなりそうだった。多分なくなったら、気絶する。そんな嫌な予感が頭をよぎる。


 真白達の前で気絶する。そんなのは絶対に嫌だ。貞操が激しくむさぼられる危険性が大きすぎる。


 廃墟の屋上で朝チュンはまっぴらごめんであった。


「えっ妖気ですか。良いですよ、まだまだあるんで」


「じゃあ貰うぞ。腕貸せって……無いんだった。しゃあない、もっと、こっちこい真白」


「いいんですか!」


「なんのためにわざわざ洗ってやったと思ってるんだ、早く座れ」


「おぉ、ドキドキします。まさか真白こんなチャンスが訪れるとは思いませんでした」


「はぁ?」


 何を勘違いしたのか彼女はストンと幸彦の足の間に座り込む。しばらく顔を真っ赤にしてもじもじした後、真上に唇を突き出すのであった。その彼女に対して幸彦はデコピンをプレゼントする。


「いったぁーい、何するんですかぁ!! 唇を丹念に洗ってたのは粘膜から妖気補充するためでしょう!! 素直になって私とキスしましょうよ! 私を全身凍傷にしたみたいにすっごい深いやつ!」


 死の口づけを二度も所望するとは。サキュバスも裸足で逃げるような性欲であった。


「ちげーよ!! 汚い姿が見てられなかったから拭いただけだ。それと人を見た目で判断するな。キスぐらいしたことある!」


 因みに幸彦は火傷がしみるため、ろくに体を洗うことが出来ない。不愉快で早く治したい幸彦であった。


「はぁぁぁ!! 乙女の期待を裏切るんですか!! 病室で私に毎日チュッチュして抱きしめてくれた優しい先輩はどこに行ったんですかぁーー!! 不潔だぁー! 何回もしたんだから、今更一回や二回くらいいいでしょーが! 恋人なんだから」


「自称だろ、それ! それに俺の怪我に対する医療行為だから!! 別にしたくてしてたわけじゃねーんだよ。お前の妖気貰わんと俺の怪我が治らねーからしたかねーだろ!!


「じゃあ何で昔も今も、そこ反応させてたんですか!! おかしいでしょーが!!」


 真白はテントを貼った幸彦の一部を指差す。


「お前、それはしょうがねーじゃねーか⁉︎ 俺不能じゃないんだから!!」


 医療行為と言い聞かせても真白が無理やり舌を捻じ込んでくるので仕方ない。すっかりディープの味をしめたイケナイ後輩であった。


「先輩、私のこと嫌いなんですか?」


「なんでそうなる。先輩と後輩の適切な距離感保ってるだけだ」


「真白がラブと言ってるならもっとガツガツしてもいいのでは? ほらほら心読めんでしょ? 真白がどれだけ深い愛と依存しているのかが分かるはずです」


 読んでみると、ぼんやりと感情表現の色合いと向けられている方向が分かるぐらいだった。二ヶ月前はもっと正確に判ったが今はそこまでの精度はない。    


 因みに緑は安定性を、赤は興奮を表していた。そして現在の彼女の色は赤緑。もう少し落ち着いて欲しい幸彦だった。


「先輩のいけず。童貞。オタク。草食系男子」


「はい、はい」


 分かったから上下にもぞもぞしないで頂きたいのだが。


 撫でたら彼女も落ち着くだろうか。残った右腕で彼女のお腹をさすってみる。


「んっ……もぅ、変な所触ったらダメって言ったじゃないですかぁ。先輩のエ・ッ・チ……」


 真っ赤になった。生半可な知識は試すもんじゃない。


(……こっからどうやって落ち着かせよう)


 お腹だけだとリラックスしなかったので尻尾はどうだとさすってみたが逆効果だった。加速度的に赤くなってくる。やべ、やぶ蛇だった。


 そんな一悶着を終え、ようやく真白の体から幸彦の体に妖気が流れ込んで来る。それは慣れ親しんだ、懐かしい自分のものもいくらか混じっていた。いくらか余分に妖気を貰いつつ幸彦は氷で傷口を覆っていく。

 

 そして失った右腕と左足の代わりに妖気で氷の義手と義足を形成するのだった。

 精密な作業や握力などは再現できないが、しょうがない。回復力が少ない幸彦はこうするしかない。


「あー!! そんなの生やしてずるいですよ。ずるい!! 真白まだそんなの習ってないのに」


「お前が妖気変換で……氷出せるって言うなら教えてやってもいいが。お前が出せるのまだ炎だけだろ。そんなんで手足形成したら触れるもの全部燃やしちまうぞ」


「うっ……確かに……そうですね」


「だろ? だったらお前は大人しく回復術式さっさと覚えろ。ていうか術師から逃げてるときお前脱皮してなかったか?」


「そんなこと言われてもあの時ぼっーとしててよく覚えてません。はっきり覚えてるのは先輩が私を見つけてくれた時と、妖気をねっとりじっくり注入された時だけです。体がぽわっ〜として天にも昇る気持ちでした」


 あの時の気持ちが忘れられないかのように、むにむにと指で唇を触る真白であった。


「それはさっさと忘れてくれ。よっと…… 保奈美の方も起こしてくるから、ここで待ってろ」


 そうして仮の両手両足を揃えた幸彦は、真白を持ち上げ、いったん地面に置こうとする。その度に尻尾で手を胸の方に不自然に誘導されるのだった。


 大きすぎず、かつ小さすぎないそれに指が沈み込む度に彼女の頬が紅潮して色っぽさが増してくる。


(ええぃ!! サービスタイム終了。離れて、ていうか離れないとちょっとまずい)

 

 何かムクムクしそうになっていたからだ。お腹や尻尾、胸の感触などはヤバイ。なんとなく股座のストレッチマンがノビール、ノビールしそうになっていた。

 

 このままでは股座のエレクチオンが、マックスになってしまう。

 逃げ出そうとした幸彦を彼女は体重をかけて、尻で押さえ込む。そして幸彦のイチモツを太腿で挟みこむのだった。


(上下にキュッと挟み込んでレバガチャをするのはやめて欲しいなぁ……なかなか、結構なお手前で……)


「待ってください。もう少しお渡ししたいので、さぁさぁ、まだ立ち上がらないで。ねっとりしっぽり楽しみましょう。なんなら……出してもいいですよ」


 感情が昂っているのか、彼女の周りをチカチカと火花が舞っていた。彼女はねちっこく味わうように太腿を、もじもじと上下に擦り合わせるのだった。


 何故だろう。先程から押し付けられている尻の感触が生暖かく柔らかすぎる。なぜ布切れの擦れる感じがしないのだろうか。


 感情を読み取るともう赤というか桃色をしている。幸彦が招いた失態であった。言い訳の仕様も弁解の余地も残っていない。


(やりすぎた。だってパンツ履いてないとか予想つかないじゃん。はわわわ……くわばらくわばら。なんて欲情した目でこっち見つめてやがる。動きを早くするのもやめてくれ。奴に殺される)


 幸いにも保奈美は、熟睡しているのか呼吸音が微かに響いている。彼女が寝ているのは幸いだった。


「オイタはそこまでだ。真白。先輩を誘惑する恐ろしさを、お前にしっかり刻み込んでやる」


「ふふふ。別のものが欲しいですね。真白は……先輩との赤ちゃんとか……」


 もう少し妖気ぶんどった方が良かっただろうか。お互い不調とはいえこの状態でどこまで抵抗出来るか。


 実際に戦ってみないと判別が付かない幸彦であった。

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