第4話 魂の慟哭




「――うぇへへへ、マシロとアマダセンパイは今日結ばれるのです。なんて、なんてしゅばらしい日なんでしょうか。うぇへ、うぇへへへへへ」


「はぁ〜〜。思い込みが激しい悪癖あくへきはいつまで経っても治んねーな。そんなんだから、保奈美の何十倍の妖気でも、相打ちにしかできないんだよ。もうちょっと頭使え。頭を」


 幸彦は自分の頭をコツコツと叩く。理解力の高い彼女はすぐに分かったのか、手のひらに拳をポンと乗せ、ふにゃりと笑う。


「オバァカなセンパイに言われたくないですぅ。マシロはもっとかしこいんです! えっへん!」


 前言撤回ぜんげんてっかい。全然分かっていなかった。幸彦はその落差に頭からズッコケそうになる。


「オレはそう言うことを言いたいんじゃなくて……それとお前オレのことめてんの⁉︎ 先輩せんぱい馬鹿ばかってストレート過ぎだろ!! もう少しオブラートに包め!」


 真白の態度に怒った幸彦は彼女を叱るのだったが真白の手応えが全くない。彼女はひらり、ひらりとちょうのように幸彦の怒気を受け流すのであった。


「うぇへへへへへへへへへ、にゃふふふふふ。何言ってるんですかぁ? マシロはこれからアマダセンパイを舐めるんですよぉ〜。アシからアタマのてっぺんまで舐め回してしゃぶり尽くすんですよぉ……じゅるり……」


 彼女は幸彦の下腹部をいやらしく見つめると体を上下に揺らす。そして、チロチロと赤く細長い舌を覗かせるのであった。


「あ〜あ〜……すっかり下品になっちゃってまぁ……」


 幸彦はオーバーリアクションでなげく。大体理解していたが、彼女も変態の素養そようがあったようだ。実に嘆かわしい。


 それに対して、真白は目をひんいたかと思うと唇でちゅぱちゅぱと卑猥ひわいな音をらすのであった。


「……マシロに女の喜びを教えたのはアマダセンパイじゃないですかぁ。責任とってマシロに赤ちゃん下さいよぉ〜。あかちゃん、あかちゃん〜。センパイとマシロのあかちゃん〜」


「やれやれ……覆水盆ふくすいぼんに帰らずか」


 人命救助とは言え、大人のキスの味を覚えさせるんじゃなかった。すっかり色気を醸しかも出しちゃって。


 当初の真白、淑女しゅくじょ計画はこの時点で破綻はたんしていた。どこに性行為を無理にしようとする女がいるというのか。そう冷静に考えて幸彦は頭を抱える。


(あー……うん、めっちゃ近くに居たよ。自分の彼女がそうだった)


 誰も居ない保健室に誘導ゆうどうして、肉体の自由を奪い、無理やり行為こういせまる。肉食系女子とは恋愛に積極的せっきょくてきなだけで物理的に迫ってくる女子ではなかった気がするのだが。


 彼女らは肉食系、いや……そう硫酸系りゅうさんけい女子とでも仮称かしょうしようか。理由は皮膚ひふも、肉も、骨も、心までドロドロに溶かされそうなほど、愛が強力だったからだ。


「それじゃあそろそろ始めましょうか。下半身がウズウズして来たので……んっ」


 真白は絶対領域から愛液をたらりと流すのだった。彼女の準備はバッチリらしい。幸彦も覚悟を決める。


「こーら、そういうのは、いちいち言わないの。じらいあってこそのエロスなんだから」


 どちらかと言うと、真白は攻めるよりも攻められるのに向いているのではないか。彼女を上から、抑え付けて性を、いたいけな少女の奥深くにあふれるほど放ったらどれほど気持ちいいのだろうか。想像するだけで表情筋がピクピクとぎこちなく動く。


 保奈美がいなかったら、真白とただれた生活を送っていたことは間違いない。

 しかし、彼女はそんな幸彦の思いに気づかず、唇を突き出して不満を表す。

 

「保奈美先輩には喜んで襲われるのに……センパイのいけず」


「アイツはあれが性に合ってるからいいんだよ。お前はおしとやかにしとけ。その方がまだ手出される確率は高いぞ?」


 それは本心からの言葉だったのだが、真白には茶化されたように聞こえたのだろう。


 彼女は屋上で魂のリビドーをぶちける。


「あーーーー! 聞こえないーー、聞こえないーーーー! 私だって、私だってエロいのが好きなんだぁぁーーーー! センパイとSEXしたいんだぁぁーーーー! SEX! SEX! セーーーックス!!」


「なんだそりゃ、はははは」


 理由が理由なだけに幸彦は苦笑いする。それは幸彦も甘くとろける初体験をする前に散々感じた性欲だったからだ。


「そういうのはちょめちょめって口を濁すんだよ。その方が俺は好きなの。分かる?」


「分かりません!! しのごの言わずにヤらせろ!!」


 そう言いながらも照れる姿はなかなかそそるのだった。保奈美がいなかったら今すぐ彼女を組みいていたかも知れない。それほどまでに彼女は色欲を体にまとっていた。

 

「やれやれ、先輩の意見は素直に聞いとけよ。役に立つから」

 

 こうして、師匠は貞操を守るため、弟子は貞操を奪われるために、雌雄を決するのだった。





「先手はどーぞ。レディファーストだ。可愛いお嬢さん」


 彼女は恍惚こうこつの表情を浮かべ、幸彦を見すえる。そして脱力したかと思うと、痙攣けいれんしたかのように身震みぶるいするのだった。


「はぁいいいいい! マシロいきまひゅ!!――螺旋らせん発条はつじょう!!」


 真白は尻尾と体を双方向からバネのように縮める。それは10秒は溜めていただろうか。彼女の小柄な体は小さく小さくこれでもかというぐらい凝縮ぎょうしゅくされるのだった。


「真白。お前もうちょっとまともな技考えろよ。そんなに呼び動作が分かってたら、目を閉じてたって避けるのなんて簡単――」


「それぇ……! は! どーで、ひょーか!!」


 真白はぷるぷると震えながら表情を固くする。どうやら"螺旋発条"という技は、全身の|筋肉を使うらしく、会話をする余裕よゆうもなかったようだ。


「はぁ、まぁ見せてみろよ。どんな技か……」


 技の性質からして突進なのだろう。それさえ分かれば横によければいい話だった。


「ひゃい!! ――猪突猛進ちょとつもうしん!」


 その瞬間、幸彦は嫌な予感を感じ、直感的に妖気感知へと切り替える。それは正しかった。


 彼女の体は幸彦の視界しかいからかき消えたのだから。呼び動作もなく魔法のように……


「はぁ……?」


 彼は咄嗟に真白の膨大ぼうだいな妖気を目の前に感知する。それはすさまじいスピードで幸彦に向かって一直線に進んでいるのだった。片足では明らかにけきれないスピードで。


「う、うがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 。残った左足は完璧に使用不可能になるのだった。そこまでしてもなお、真白の跳躍ちょうやくは避けきれなかったのである。彼女の攻撃範囲にあった義手ぎしゅが見事に消し飛んだ。


「はぁはぁ! おまっ! そのスピードは反則はんそくだろ!! 目に映らないってなんだよ! こんなの避けようがないだろ!!」


 事前に察知していたとは言え、砲弾のようなスピードで突っ込んで来た真白は、氷の義手を容赦なく消しとばすのだった。

 それに余波で引き起こった剛風ごうふうによってコンクリートの破片はへんがビシバシと幸彦の体に突き刺さる。それは怪我で消耗していた幸彦の体力を容赦なく奪っていった。

 

(やっば! やっば! やっば! 見えない! あいつの突撃速すぎて見えない! それに速すぎて詠唱が唱えられない!!)


 視界にとらええられないケガレは数多くいたが、視界に映らないのは初めてである。先読みできなければ、幸彦は指一本動かせなかっただろう。そうなれば一撃いちげきKOされていてもおかしくなかった。


「あひゃひゃひゃひゃひゃ! これ避けるなんてますますしゅごいです!! 保奈美先輩だってまともに食らったのに。やっぱり、天田先輩はスゴイ! スゴイ、スゴイ、スゴイ! 大好きです! センパァイ!!」


「くっそ! ――我の妖気を持って命ず! 氷雪よその姿を現せ!」


 幸彦は妖気を練り出す。もはや彼女が溜める前に術を放つしかなかった。


「――鉄をも貫く、鋭さで敵を穿て!」


「氷雪初級術 氷針!!」


 幸彦は指に魔力を溜めて、氷柱つららを何本も何本も彼女に放つ。一撃一撃に込められた妖気は相応のものであり、並の相手ならこれで決着がついていた。並の相手なら……


「くひひひ、無駄むだですよ。そんなんじゃマシロの炎の壁は貫けません。弱い、弱いですよぉ〜。センパァイ」


 真白は平然とした様子で棒立ちする。彼女に向かって打ち出された氷柱は彼女に刺さらず、炎の壁によって全て燃やされるのだった。


「さぁ……これで終わりにしましょう。 ――螺旋発条!!」


 彼女は悠々ゆうゆうとした様子で再度体をちぢめる。それに対して幸彦は指を加えて見つめるしかなかった。


「くっそう……なら、これならどうだぁ!!」


 幸彦は一度に表出できる妖気のの限界量げんかいりょうを絞り出す。そして、彼は氷柱、いや特大の氷塊ひょうかいを真白に向かって撃ち放つのだった。


「ひひひ、無駄です。無駄です。マシロはそんな攻撃痛くも痒くもありません」


 氷塊は真白のに炎の壁に溶かされて、大分小さくなってしまう。残念なことに氷柱のサイズまで小さくなったそれは彼女の足元を少しくずすにとどまった。


(どん詰まりじゃねえか。なにか、なにか、一発逆転のチャンスは……!)


 今は少しでも時間が欲しい。そのためにあえて真白を挑発した。


「勝った気になるのはちょっと早いんじゃないか? お前はまだ一度も俺にダメージを与えてないぜ」


 幸彦は強がりを吐く。真白もそれは分かっていたようで歯牙しがにもかけなかった。


時間稼じかんかせぎはさせませんよぉ〜。減らず口は真白のチューで黙らせちゃいましょう。さぁ、楽しい、楽しい子作りが待ってますよ、センパイ!」


「くっ!」


 幸彦は亀のようなノロノロとした速度で彼女から逃れようとする。

 しかし、彼女の目は幸彦をしっかり視界に捉えていた。


「はっはっはっはっ!! センパイの貞操頂きぃぃぃぃぃぃ!! ――猪突猛進!!」


 彼女は一直線に向かってくる。もはや幸彦にこれを回避する機動性きどうせいは残っていなかった。

 

 万事休すか。幸彦がそう思った時、奇妙なことが起きる。


「あり? 外れてしまいました? なんででしょうか?」


 真白が検討違けんとうちがいの方向へ射出されたのだ。幸彦を狙っているとは思えないほどに。


「んんんん? ずれた? いやずれたにしては外しすぎだろ……どうなってんだ」


 そう思い幸彦は真白が飛び立った足元をよく見る。注意深ちゅういぶかく見つめる。その時、点と点が線で繋がった。


(あぁ、なるほど、なるほど。猪突猛進ねぇ……うん。そのまんまじゃねえか)


 幸彦は得心したかのように小さく何度もうなづいた後、不適な笑みを浮かべるのだった。


 それを見た真白はひど不機嫌ふきげんになる。


「ふんっ! たまたまが続いてるだけですから安心して下さい。次は決め――」


「――無理だよ。お前は最後のチャンスを失った」


「ふぇっ⁉︎ ふっ……ふーんだ! 嘘はダメなんですよ。マシロのこれをセンパイは避けれないんですから!!」


 それを聞いた幸彦は心底面白そうに顔を歪ませる。立場は完璧に逆転していた。さらに彼の発言は真白の心を動揺どうよう尽くさせる。


「くっくっくっく、一撃で仕留めなかったのが真白の敗因だな。どんなアホでも三回も見せられたら、打開策の一つぐらいは思いつくさ」


 その言葉に彼女の顔は青ざめる。どうやら彼女はコレしかないらしい。そうなれば幸彦の勝利は必然だった。


「さぁ、この茶番をさっさと終わらせようか。お前の負けで」


 そうして幸彦は、足を引きずりながら、彼女に向かっていくのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る