第2話 ぼくの顔に見惚れてるん?

「おおきに~」

 博崇はめいっぱい柔らかい声を作って、店に出て行った。

 自分の顔も声もいいのを、知っている。知っているから、十代の自意識過剰さに囚われずに、どんな媚でも売れると思っていた。子どもの頃からモテまくったし、大人には「かわいらしいねえ」「きれいな子やねえ」と褒められまくった。ぼくは、恥ずかしがってる奴らとは違う、という自負があった。

 「おこしやす」と優しい声で付け加えることも、当然忘れない。

 (兄貴には、転んでもできひん芸当やろ)

 そう思うと、より笑顔に力が入る。博崇が兄の健一に勝てるのは容姿と愛想のよさだけだったのである。

「えっと……」

 博崇が笑顔を向けた先には、戸惑った女性の顔があった。博崇の顔を穴が開くほど見つめている。その凝視は、博崇の見慣れたものだった。

(ああ~、このお客はん、ぼくの顔に見惚れてはんねんなあ。まあよくあることやけど)

 余裕の笑顔を崩さないままに、博崇は女性を観察した。ストレートの黒髪に、肉の薄い輪郭、陶器のような肌、黒目がちなのに切れ長の目。ほっそりとした体つき、背が高い(165㎝以上あるな)、大きめのシャツに細身のボトムス、全身黒のコーディネート。要はかなりの美人だった。

 (はあ……まあ、悪ないけど。年上かあ。20代……後半?まあ、近所のおばちゃんらにも、ぼくは人気やしなあ……)

「今日は何をお求めですやろか」

 こういうキツそうな美人にはどういう風に口を聞いたら、ええように思ってくれはるんかなあ、などと考えながら、余裕があるように振る舞う。高校生にしては精いっぱいの背伸びだった。

 「は?」

 美人の声は思ったよりハスキーで、言い方にはかなりの険があった。「何言ってんの?寝ぼけてんの?」とでも言わんばかりに、博崇には聞こえた。

 「え?」

 博崇はさきほどまでの余裕は吹っ飛び、目の前の女性の眉間の皺に視線がくぎ付けになった。「え、あの、あの」とうろたえて、口の中でもごもごと言うばかりだった。

 「あの」

 女性はお構いなしに博崇にずんずん近づいてくる。博崇は、手元にあったお盆を盾のようにかざしたい欲求をかろうじて抑えた。ふだん相手にしている女子高生や女子大生とは、まったく違う迫力だったのだ。先ほどの凝視も、博崇の顔に見惚れていたのではない。疑惑の凝視だったのだ、と気づいて、うろたえた。百戦錬磨のつもりでも、ただの高校三年生である。

 「いつもお店に出ておられる男性の方は、どこにおられますか」

 女性は、博崇とガラスケース越しに対面して、ハッキリとした口調で言った。ニコリともしない。眉間に皺が寄ったままである。関西の匂いのない言葉だった。博崇はふだん耳にしない話し方、低い声で明確に発音する声、表情にも声にもどこにも媚びが無い。なぜか自分への拒絶を感じて、博崇は「怖い」と思った。

 「―――健一さんは?」

 目の前の女性は、返事をしない博崇に少し苛立った様子で続けた。苛立った、ということは伝わってくる。じゃあ、やっぱり、拒絶されてるんだ、というような納得感を持ちながら、博崇は答えた。

「……へっ?健一?」

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る