第11話 空と星

「ツキーー!! 星野ーー!」


「課長、お静かに! 病院ですよ?」


「そ、それはすまん。おい、星の再生は!?」


「まだ、ちょっとだけ。.......でも、きっと大丈夫」


「そ、それは.......! すごい、すごいじゃないか! 星の再生なんて机上の空論が、ここで証明されたんだ!」


「残念ですが課長。恐らくあのままではダメだったでしょうねぇ」


「.......どう言うことだ」


 ツキが長い人差し指を伸ばして、胡散臭く笑う。


「ズルしちゃいました」


 がっと課長がツキの肩を掴む。


「お前っ!! まさかっ!!」


「ええ。少し混ぜてしまいました」


「どうするつもりだ!」


「大丈夫、すぐ消えます。元々、人の身体には合いませんから。星ができるまでのツナギですよ」


「っ!! 勝手なことをするな!! .......お前は!?」


「僕ですか? はは。もしかして心配してくださってます?」


 長い指でゆっくり課長の額を押して、ツキは課長を見つめる。


「大丈夫ですよ、まだまだ満月ですから」


「っ!」


 課長が乱暴にツキを払い除けて、どかっとベンチに腰を下ろす。


「.......その星は?」


「もうすぐ見れますよ」


 病室のドアが開いて、医者達が出てくる。

 課長がすっと立ち上がって、ポケットから手帳を見せる。


「警察です。患者に会わせて頂けますか」


「.......今、やっと安定したんですが」


「ご協力を」


「.......どうぞ」


 課長に続いて、星野とツキも病室に入る。


「おい、そこの男!」


「おやおや、先生! どうしました?」


「処置の邪魔をして! 訴えるぞ!」


「おお、これはお怒りのようで!」


 そっと病室のドアをしめて、医者と2人で向かい合う。


「でも、あの子は良くなったでしょう?」


「良くなった!? バカ言うな! バイタルは不安定、心臓も止まりかけた!」


「ふむふむ。.......言い方を変えましょう。よほど、人間らしくなったでしょう?」


「っ!」


「ずっと静かに変わらない心拍数、細い呼吸.......ピクリとも動かず、反射すら薄い。他の患者さん達だって、静かに呼吸が止まって静かに心臓が止まる。あの子のように生を感じる動きはない」


「お前.......!」


「どんなに薬を打っても、思った半分も効果がない。あなたは思ったはずですよ、「ああ、この患者達はもう.......」とね!」


「黙れ!」


 ツキがすっと指を医者の額に押し当てる。


「救っていただきどうもありがとうございます。

 そして、捜査へのご協力感謝します」


 がくりと膝を折った医者を受け止めて、ツキは胡散臭く笑った。


「うんうん、これは奇跡だ!」


 星は再生しない。

 星はその人の本質、エネルギーの塊、強い意志の集合。

 ゼロから再生することなど、有り得ない。


 その奇跡を、多少のルール違反をしてでも成し遂げた男の子の名前は。


「空くん」


 星野が優しく呟いても、閉じた瞼は上がらない。

 ただ、しっかりと上下する胸を見て、星野はにっこりと笑った。


「課長、この子どうします?」


「混ぜた物が完全に消えるまでは保護だろう.......。お前が混ぜるから」


「いやぁ、あのままだと終わっちゃいそうでしてねぇ!」


「明日転院の手続きをする。しばらくはお前達が面倒を見ろ」


「おや? 課長、僕をここで使うんですか?」


「.......。正直、捜査は手詰まりだ」


「ああ、コンビネーションってやつですね! 餌の!」


「.......ツキ、どういうこと?」


「僕という最大の餌と、星野ちゃんというイレギュラー。さらに、混ざり物の再生した星。とんでもないご馳走ってわけさ!」


「.......警備はする。ツキ、頼んだぞ」


「悪魔との契約続行ですか! 課長も思い切りがいい!」


 そして、次の日。


 転院した病室で、ツキと星野があやとりをしている横で。

 瞼が、上がる。


「.......う、」


「ツキ、ツキ! 」


「良かったねえ、星野ちゃん! 名前呼んであげなよ」


「空くん!」


「.......?」


 久しぶりに開いた瞼から、焦点が定まらない瞳が覗く。


「空くん!」


「.......な、に?」


 星野が飛び上がるほどよろこんで、空の手を握る。


「良かった!」


「僕はお医者さん呼んでくるからねー」


 それから1週間。無事に回復した空と共に、2人は星追い課の部屋に戻った。


「空くん、これからしばらくよろしくね」


「ツキ。星野は?」


「まさか呼び捨てとは! 大物ですねぇ! 星野ちゃんはすぐ来ますよ」


「そうか」


 空は星野と仲がいい。

 空はずっと星野とツキと遊んでいる。

 空は、1度も家族に会いたいとは言わなかった。


「ツキ、俺ここにいていいの?」


「もちろん! むしろお願いしてここにいてもらってるんですよ」


「.......ふーん」


「後でシュークリームを買いましょうか。星野ちゃんも好きなんですよ、幸せになれます」


「うん」


 空はぎゅっとツキのシャツを掴んだ。

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