第10話 再生星

 コツコツと、廊下に革靴の音が響く。

 長い静かな廊下に、2つの足音が響いていた。


「星野ちゃん、今日は休んでたら?」


「.......行く」


「じゃあ行こう! 初めは305号室だ」


 がらりと引き戸を開けて、白い部屋に入る。

 これまた白いベッドに横たわるのは、様々な管で命を繋ぐ女性。


「木本 由香さん。27歳、先月の18日に自宅付近で倒れている所を発見され、今まで昏睡状態。3日前に自発呼吸が停止。うーん、これはこれは.......」


 星野はツキのシャツを掴んで離さない。


「まあ、星を抜かれて1ヶ月。よく持った方でしょうねぇ」


「.......」


「この方が最初の被害者ですか.......。綺麗に抜かれちゃってますねぇ」


「.......ツキ」


「星野ちゃん、抜かれちゃったら終わりだよ。もう終わり」


「.......ツキぃ.......」


 ぎゅっとツキのシャツを握りしめ、星野の目に涙が溜まる。


「星野ちゃん、やっぱり今日は帰ろうか。タクシー呼びましょう」


「.......いる」


「でも星野ちゃん、これからまだ沢山いるんだよ? もっと小さい子だっているよ」


「.......いる」


「星野ちゃん、頑張るねぇ」


 ツキはひょいと星野を抱えあげて、ベッドの女性に近づいていく。


「.......ふーん」


 星野の頭を長い指で撫でながら、管に繋がれた女性を確認していく。


 星は、誰もが持っている。

 輝くそれは、その人の本質、エネルギーの塊、強い意志の集合。


 それを、無理やり抜かれたら、人はどうなるのか。


 星を抜くことは、難しい。

 星とその人の生きた身体は、強く結びつく。

 それを無理やり離すことが出来るのは、より強いエネルギーの塊。 色つきなどの、特殊な星をもつ人のみ。


 そして、生きたまま星を抜かれた場合。

 普通は死ぬ。そのまま身体は停止する。

 しかし。

 時折、身体が生き続けることがある。

 身体が星を失ったことに気づかないのか、強いのか。

 意志もエネルギーも失って、本質すらないただの抜け殻。

 沢山の管や、沢山の薬を使って、現代の医学を持ってしても。星を失くした身体は、もう輝くことは無い。

 この女性の様に、二度と目覚めることはない。

 そして、静かに消えていくのだ。


「星野ちゃん、次行くよ」


 スタスタと病室を出て、次の被害者を確認しに行く。


 1ヶ月の間に発見された昏睡者は14人。

 変死体は17体。


 ツキが横浜の船上で男と対峙してからは、ピタリと事件は止んでいた。


「.......ツキ」


 次の病室にいたのは痩せた男。

 手早く確認を済ませて次へと向かう。


「.......ツキ」


 次も次もその次も。

 星を取られた人達を見ていく。


「.......ツキぃ」


「星野ちゃん、帰りに生クリーム買おう。ホットケーキも買って、甘々にして食べようね。幸せになるよ」


 ツキに抱かれて、ツキのシャツに涙を吸わせている星野を撫でて、また病室に入る。


 そこにいたのは、小学生の男の子。

 星野の頭をぐっと自分の胸に押し付けて、ツキがスタスタと近づいていく。


「.......ふーん。星野ちゃん、今日は終わりです。帰りましょうねぇ」


 くるりと踵をかえした時。


「.......う」


「「っ!!」」


 2人がばっと振り返る。星野がツキから飛び降りて、ベッドにしがみつく。


「ツキ!! 喋った!!」


「一大事ですよぉ! ナースコール!!」


 星野が男の子の手を握って、ツキがナースコールを連打する。


「お急ぎください! 緊急事態です!」


 すぐに看護師と医者が来て、赤く変わったバイタルを立て直す。


「頑張って! 頑張って!」


「星野ちゃん、僕は課長に電話してきますから」


「頑張って!」


 病室から出たツキは、長い指で電話をかける。


「課長! 緊急事態です!」


「おお、ツキか? お前が慌ててるなんて.......」


「来ました!! 星の再生ですよ!」


「なに!?」


「まだ完全では無いですが! 星を抜かれた身体が動きましたよ!」


「すぐ行く!!」


 もう1度病室に入れば、先程よりも慌ただしい。


「頑張って!!」


 星野が声を張り上げて、ベッドからでた小さな手を握る。

 医者達は忙しなく動き、ぴーぴーという不快な音が鳴り響く。


 ツキは。


「星野ちゃん、ちょっと失礼!」


 星野の上から男の子の顔を見て。

 口に繋がれた管の隙間から、長い指を入れる。


「君!? 何してるんだ!!」


 医者も看護師も、ぎょっとしてツキを見る。


「皆さんどうか作業を続けてください! 身体が死んだら終わりですよ!」


「何言って.......っ!!」


 びーーっ! と不快な音が上がって、医者は急いで作業に戻る。


「星野ちゃん、ちょっとズルするけど、いいね?」


「ツキ、助けて!!」


「ふーーっ。.......ん」


 ごりっと、ツキの指が男の子の喉を押していく。


「君っ!! どきたまえ!!」


 医者に怒鳴られても、看護師に引き剥がされそうになっても、ツキは男の子の口に指を入れる。


「さ、今日は満月ですよ」


「はあ!?」


 ビクンっと男の子の身体が跳ねる。


「先生!!」


「内藤先生呼べっ!!」


 バタバタと病室が慌ただしい中。


「ちょっと混じりますが、星が再生したら消えますから」


 ごりっと、ツキの指が何かを押した。

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