第9話 黒い星

「おいっ! ツキ、生きてるか!?」


「げほっ.......。青木くん、結構容赦なく撃ったね」


「生きてる! 赤田、救急車!」


「了解しましたっ!」


 船のデッキの上は、多くの警官が行き交い、物々しい雰囲気になっていた。


「おい、ツキ。大丈夫か?」


「心配してくれてるのかい? ありがとう、弁当屋の菜々子ちゃんには彼氏がいるらしいけど、僕から言っておくよ!」


「お前を殺すーーー!!」


 起き上がったツキに、星野が飛びつく。


「ツキっ!!」


「いやぁ、星野ちゃん。助かったよ、ありがとう!」


「.......」


 黙って涙を流す星野は、ツキに抱きついて離れない。


「.......他所でやれよ」


「いやぁ、青木くん。悪いね、見せつけてしまって!」


「.......お前、やっぱり嫌いだ」


「うーん。僕は背の低い男性に偏見はないよ?」


「殺すーー! 射撃の的にしてやるからなぁっ!」


「青木先輩っ!! 救急車手配完了しましたっ! 一応救急箱も持ってきましたっ!」


「よくやった。今日は最高の出来だったな」


「ありがとうございますっ!!」


 ビシッと頭を下げた赤田の耳が赤いのは、夕陽のせいではないだろう。


「ツキ、不本意だが応急処置ぐらいはしてやる。手出せ」


「なんて素晴らしい友情! さすが熱血敏腕警察官!」


「黙れっ! .......お前、今日囮にされるって分かってただろ」


 無理やりツキの左手を持ち上げた青木は、救急箱を開けて固まる。


「ちょうど僕も釣りがしたい気分だったからね! ところで青木くん、どうしたんだい?」


 ツキが救急箱をのぞき込むと、そこには風邪薬が大量に詰まっており、ただ1箱だけ絆創膏が入っていた。


「.......もしかして僕ってば、風邪ひいてる?」


「.......赤田、この救急箱どこから持ってきた?」


「私物ですっ! 風邪薬は普段使わないのでどんどん溜まってしまいましたっ!」


「「.......」」


 珍しくツキまで黙り込む。


「.......ツキ、痛い?」


 やっと話した星野は、青木からツキの左手を奪う。

 ベロンと皮がめくれて、所々黒く変色した手を見て、また星野が涙を流す。


「予防接種のほうが痛いさ! ほら星野ちゃん、あんまり泣くと干からびちゃうよ?」


「.......悲しい」


「それは大変だ。帰りにキャラメルを買おう。幸せになるよ」


「.......うん」


 右手で星野を抱いて、ツキが立ち上がる。


「じゃあ、お先に失礼! 課長にはよろしくね」


 スタスタと歩いてにこやかに救急車に乗って消えたツキを、青木は黙って見ていた。


 次の日。


「星野ツキ組、いるか?」


「課長、ビックニュースです」


 ツキが真剣な顔で立ち上がる。

 包帯を巻いた左手で、ゆっくりとテレビを撫でる。


「先日のビデオの続編を一課の管理庫から発見しまして。これを見ると3日以内に亡くなるという」


「なんてもの持ってきてるんだーー!!」


「課長、お静かに! ちなみに先程テレビに入れてみたら、テレビがつかなくなりまして」


「.......ビデオ、出ない」


 星野がぽちぽちとボタンを押しても、テレビはうんともすんとも言わない。


「なああああ!」


 課長がテレビに手刀を落とし、手早くビデオを取り出して部屋を出る。

 次に課長が息を切らせて部屋に入ると、何故か部屋でシャボン玉をしているツキがいた。


「俺は課長っ! お前達は警察官! 今は仕事中!」


「課長、お静かに! 星野ちゃん、綺麗?」


「綺麗、楽しい」


「それは良かった!」


 胡散臭い笑顔のまま一際大きなシャボン玉を吹いたツキは、目だけで課長の顔を見る。


「それで、課長はどうなさったんですか?」


「.......」


 目元を押さえていた課長は、すっと表情を消した。


「昨日の件、お前を囮にした。私の指示だ」


「それはそれは! 素晴らしい作戦で!」


「.......取り逃したのは、私の責任だ」


「おや? 課長にあるまじき被害妄想ですねぇ。黒星持ちに敵う人なんていませんよ!」


「.......私は、勝てる」


「これはこれは! 大変失礼、星野ちゃん!」


「.......次は逃がさない」


 星野はぎゅっと拳を握って、ツキの横に立つ。


「課長、取り逃しはしましたが、欲しかった物は手に入りましたか?」


「.......」


「月を飲んだ男、相手はきちんと認識してくれたようですねぇ!」


「.......すまない」


「課長」


 ツキが大袈裟な動きで恭しいお辞儀をする。


「星を守るためならば、月は喜んで沈みましょう」


「沈んじゃ、ダメ」


「星野ちゃん、なんて優しいんだ! 後で一課の管理庫からおもちゃを持ってこよう」


「ん」


「証拠品に触るなー! .......ツキ、頼む」


「はは。この僕を頼るなんて、課長も大変ですねぇ!」


「.......悪魔と契約した気分だ」


「ほお、魂を頂けるのですか! これは、頑張ってしまいますねぇ」



 ツキが胡散臭く笑った時。

 新聞の1面に、謎の変死体と大量昏睡事件の見出しが乗り続けて、1ヶ月が経っていた。

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