第8話 海の星

「ツキ、いるか?」


 星追い課の部屋で、珍しくパソコンをいじっていたツキに、課長が声をかける。


「はいはい。ここにいますよ!」


「お前に頼むのは非常に良心が痛むのだが、頼みがある」


「そんな遠慮なさらず! 僕は課長のためならこの間の始末書なんてすぐに放り捨てましょう!」


「だから頼みたくなかったんだー!」


「課長、お静かに! ささ、どうぞご要件を!」


「.......昨日横浜に入港した船の中に、星が混じっていたらしくてな」


「密輸ですか?」


「まさか。海の上で落っこちたのが引っかかったらしい」


「それで、僕が回収に行けばいいんですね?」


「そうだ。星野を連れて行け」


「星野ちゃん、今日は非番ですよ」


「.......呼べ」


「大袈裟ですねぇ。また誰かさんが襲ってきますかねぇ」


「.......」


「では、課長。僕は横浜に行ってきますよ、星野ちゃんと横浜デートです」


「仕事! 星は回収してこいよ!」


「素晴らしきかな中華街!」


 ツキが胡散臭い動作で書類をばらまく。


「ツキ! これ始末書か!?」


「それと報告書ですよ、では! お先に失礼しまーす!」


「提出方法ーー!!」


 ツキがスタスタと部屋を出て行った後。

 静かに書類を拾った課長は、机の上の受話器を取った。



「星野ちゃん、中華街って素敵だね!」


「ツキ、甘栗」


「もちろん、抱えきれないほど買おう」


 その後私服の星野と歩いている所を職質されるなどしたが、ほぼ問題なく船の前までたどり着いた。


「大きな船ですねぇ」


「ツキ、星は?」


「船の中ですかねぇ.......ちょっと入ってみましょうか」


「ん」


 船員に言って中に入った2人は、迷子の星を探していく。


「海で落ちるなんて、ロマンチックな星ですねぇ」


「.......落ちちゃった」


「星野ちゃん、迷子を探すのもお巡りさんの仕事ですよ」


「.......うん」


 デッキの上に出て、潮風を感じながら星を探す。

 積まれた木箱の横の陰に、小さな光があった。


「星野ちゃん、あったよ。ほら、瓶を」


「ツキっ!」


 ばちんっという音と共に右手に火花が散る。

 一気に膝を折ってその場に屈む。

 目の前に迫った靴底を腕で受け止めて、デッキを転がる。

 そして。


「こんにちは。日本のお巡りさん」


 短い金髪をさらに整髪料で押さえつけて、青い片目で笑う男。黒い眼帯が左目を隠してなお、彫刻の様に美しい。


「こんにちは。もしかして、中国の犯人さんですか?」


「ほお、なかなか目がいい。殺さなくて良かった」


 男は潮風よりも爽やかに微笑みながら、艶のある革靴で星を踏み砕いた。かしゃーーん、という悲しい音をならして、光が散っていく。


「ああっ!!」


 悲鳴をあげた星野をゆっくりと見た男は、ぐりぐりと靴で星の破片を踏み潰す。りーーんっと小さな音がなって、静かになる。


「君が、3色持ちトリプルカラーか。やはり、素晴らしい色だな。頂いていこう」


「あ、ああっ!」


 星野の目から涙が零れる寸前。


「星野ちゃん、逃げるよ!」


 片腕で星野を攫ったツキが走り出す。


「ツキ! ほ、星が! 星が!」


「星野ちゃん、今回は少しまずいかもだ! 全力で逃げるよ!」


「逃げる.......か。少し勘違いをしているようだ」


 いつの間にか目の前に立っていた男が腕を上げる。

 ツキは星野を放り投げて、走った勢いのまま男に突っ込む。


「見込み違いだったか」


 男の腕から黒い何かが出る。

 ツキはそれを左手で握りつぶして男を押し倒す。


「確保ーー!」


 男の顎先を殴りつけたツキが叫ぶと、船のなかから一斉に警官が走り出てくる。


「.......まさか」


 ツキに押さえつけられている男が震え出す。

 頬が赤く染まり、瞳は歓喜に潤み唇は震え出す。


「まさか、まさかまさか!」


 尋常ではない力でツキを押し返し、上半身を起こした男を捕えようと、警官達が向かってくる。



「見つけたっ!!!」



 ばぢんっと言う音と共に男から黒い何かが吹き出す。


「やっと!! やっと見つけた!!」


 立ち上がった男はツキの首を両手で掴んで持ち上げる。


「ぐっ.......!」


「見つけたっ! 見つけた見つけた!星じゃないっ!!月、月をもつ人間!! 」


 ギリギリと首を締め上げられる。


「これで.......!」


「.......きゃ、ら.......かわって、ます、よ」


 首を締められながらツキが胡散臭く笑った直後。


 男からでる黒い何かは吹き飛んで、光の嵐が巻き起こる。


「.......3色持ちトリプルカラーあああっ!!!」


 男が睨む先には、涙を流しながら指を指す星野がいる。

 星野は、星を愛する人。星に、愛された人。

 誰よりも星を想い、ゆえに、星は誰よりも星野の願いに応える。


「.......『掴め』」


 星野がぐっと手を握れば、光が男に向かっていく。

 男の手が緩んだ一瞬で、ツキが叫ぶ。


「突撃ーーー!!」


 立ち止まっていた警官達が、盾を持って走り出す。

 青木が銃を構え、赤田が射線を確保する。


「『光れ!』」


 星野の叫びと同時に、ツキが目をつぶる。

 白いと錯覚するような光が男の目を焼いていく。

 長い足で男を蹴飛ばして、ツキが地面に転がった瞬間。


 ぱんっ、ぱんっ。


 片目を瞑った青木の銃が、男の足を確実に撃ち抜く。

 光が収まった所で、警官達が一斉に男にのしかかる。


 しかし。


「ちっ、いないっ!!」


 その場に残ったのは黒い眼帯のみ。

 その場にいる警官達が、辺りを隈無く探し始め、青木がツキに走りよる。


 これが、事件の始まり。

 星と月の、事件の始まり。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る