第2話 星の月

「星野ちゃん、この間の報告書、書いといたからね!」


「.......ん、ありがと」


「お安いご用だよ。ところで、この間からそのルービックキューブをずっと持ってるけど、気に入ったの?」


「.......可愛い」


「可愛い? 可愛いかな.......?」


「星野ーー!!」


 バタンっと部屋の扉が開かれる。


「星野、勝手に管理庫に入るな!」


「.......呼んでた」


「許可をとれーー!!」


「課長、お静かに! ここ仮眠室の近くなんですから」


「げっ、ツキ! お前まだいたのか」


「酷いですねぇ。僕だってここの課なんですから、居たって不思議ではないでしょう?」


「お前は警察官と言うより詐欺師じゃないか!」


 男は胡散臭い仕草で笑う。


「はは。酷いですねぇ! 僕ほど真面目な警官はいませんよ! ねえ、星野ちゃん」


 女はルービックキューブをかしゃりと動かしながら言った。


「.......ツキ、コーヒー」


「ああ。はいはい、ブラックですか?」


「.......ブラック。くまちゃんのコップで」


「はいはい、了解ですよ!」


「.......お前達、課長がいること忘れてないか?」


「そういえば、課長。どうなさったんですか?」


「.......」


 課長と呼ばれた小太りの男は、目元を押さえながらこの部屋で1番立派な席についた。


「.......星降りだ」


「ああ! それで最近事件が多かったんですね」


「.......回収?」


「明日から回収作業に入る。お前達以外の組にはもう伝えた」


「ほお? 意外に大きな星降りですね?」


「新月だからな」


「.......運が悪い」


「ツキだけに? ツキがないって、はは。星野ちゃん、君コメディアンヌになれるよ!」


「.......ごほん。いいか、お前達星野ツキ組にも、場所を割り当てる。河川敷で回収してこい」


「「了解」」


「道具はロッカーだ」


「.......また網?」


「しょうがないよ星野ちゃん。うちの課予算少ないから」


「.......それもあるがっ! そもそもあの網より傷つけずに回収する道具がないのだ!」


「課長、僕お先に失礼しまーす!」


「.......ツキ、私も帰る」


「俺は課長! お前達は俺の部下! 俺は課長っ!」


「課長、お静かに! では、失礼しまーす!」


 バタンとドアを閉めて2人は帰っていった。

 小太りの男は目元を押さえて静かにパソコンを開いた。



 警察庁星追い課。

 全国の警察にひっそりと存在するこの課は、その名の通り星を追うことが仕事だ。

 そして、星追い課が取り締まるのは星に関する3つの犯罪。



 その1、許可なく星を飼育、または捕獲すること。


 その2、資格のないものが星を傷つけること。


 その3、他者との星の譲渡、奪取、または売買をすること。



 これらを犯した者には、その者の星に対して相応の罰を与える。


「星野ちゃん、星降りだって。久しぶりだね」


「.......降らない方が、いい」


「そうだね。でも、綺麗だよねぇ」


「.......ツキ」


「ああ、ごめんごめん! 明日は頑張ろうね」


「ん」


 星。星、とは。


「.......星は、空にあるのがいい」


「そうだね。月のない夜でも輝くのは星だからね」


 星とは。

 人の中にある。生きた人間の中にある、その人の本質となるもの。エネルギーの塊、強い意志の集合。


「.......空から落っこちちゃった」


「そうだね。だから僕達が追っかけよう」


「.......うん」


 空に浮かんだ星々に長い指を伸ばし、ぐっと握る。


「流れた星でもきちんと空に帰れるって、僕達は知ってるだろ?」


「.......うん」


 人が死ぬと、星が出る。体から飛び出して、空に上がる。

 上がった星は、そのまま空で輝き続ける。

 しかし、星が弱ったり、何かに引っ張られれば、空から落ちてしまう。

 剥き出しの星は、強くて脆い。

 人に影響を与えるほどエネルギーが強いのに、少しの事で傷がつく。

 星追い課は、落ちた星を追いかける。

 そして、また空にかえすのだ。


「じゃあ、星野ちゃん。明日の夜ね」


「.......ツキ」


「どうしたんだい?」


「ツキの星は.......」


「星野ちゃん」


 女、星野は、ぐっと顔を上げて男、ツキを見た。


「僕はツキだよ。星じゃない」


「.......ごめん」


「はは。謝ることはないよ! 星も月も、美しくあればそれでいいだろう?」


「.......」


「星野ちゃん、明日ね!」


 ツキは長い足でスタスタと駅に消えていった。


「.......」


 星野はルービックキューブをカバンにしまい、タクシーをとめた。



 次の日。


「星野ーー!! ツキーーー!!」


「課長、お静かに! 今トランプタワーが完成しそうなんですから!」


「仕事に行けーー!!!」


 日が落ちかけた頃、ツキが押収物のトランプでタワーを作っているのを、じっと見つめていた星野がギロりと課長を睨んだ。


「.......崩れる」


「仕事だーー!! 網持って行けーー!」


「あああ。崩れた.......。星野ちゃん、行こうか」


「.......」


 可愛らしい顔をめいいっぱい歪めて、星野は課長を睨む。


「仕事! 勤務時間だ!! 星追っかけてこいっ!」


「星野ちゃん、行こう」


「.......ん」


 ツキがロッカーから大きめの虫取り網を取り出す。


「さぁ、お仕事だよ! 星を追いかけよう」


「.......うん」


 警察庁星追い課。

 星野とツキは、今日も星を追いかける。

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