こちら警察庁星追い課。

第1話 現行犯

　昼食のカップ麺にお湯を入れて1分半。

　大学3年の男1人暮しで、面白くもないテレビをつけながらただ家にいるだけ。

　友達と遊ぶこともなければ、バイト先の居酒屋は先日潰れた。

　面白くもないのは俺の方かもしれなかった。

　3分待てずにカップ麺の蓋を開けたところで、インターホンがなった。

　どうせ面白くもない勧誘だろうと思って、無視して麺をすする。

　ぴんぽーん。

　マヌケな音がまた響く。

　ぴんぽーん。 ぴんぽーん。.......ぴんぽーん。

　一気に麺をすすって、ドアに向かう。

　ドアの穴からしつこい勧誘を確認してみれば、スーツを着た若い男と、何故かルービックキューブをいじっている小柄なスーツの女。

　本当におかしな宗教かもしれない。

「すいませーーん！ 長岡さーん、いらっしゃいますよねー！？」

　スーツの男がドア越しに大声を上げる。

　俺の名前を大声で呼ばれた事に腹が立って、勢いよくドアを開けた。

「おい！ 大声出してんじゃねぇぞ！」

「ああ。よかった、やっぱりいらっしゃいましたね」

　男がにこりと笑った。胡散臭い笑顔だった。

「勧誘ならお断りだ！ 二度と来るな！」

「いえいえ！ 勧誘だなんてとんでもない！」

　これまた胡散臭い動きで否定する男と、一向にこちらを見ない女。

「セールスもお断りだ！」

「いえ。本日お伺いしたのはそういった要件ではありませんよ」

「.......なんだ、早くしろ」

「えー。ごほん」

　胡散臭い咳払いをして、男が胸ポケットから取り出したのは。

「わたくし、警察のものです。長岡 司さん、お宅拝見させてもらいますね？」

「.......は？」

　男が長い指でつまんでいるのは、よくドラマで見る警察手帳だった。

「はい、上がらせてもらいますねー！」

　男がいきなりドアに足を挟んで、無理やりこじ開けてきた。

「お、おい！ ちょっと待て！」

「すいません、待てないんですよー」

　男が信じられない力でドアをこじ開けて、そのまま中に入ってきた。するっと女まで入ってきていた。

「おい！ こんなことしていいと思ってんのか！？」

「それがいいんですよー」

　男が靴を脱いで部屋にあがる。

「待てっ！ おいっ、おい！」

　訳が分からなかった。

　警察にお世話になるようなことは決してしていない。

　それに、こんなに横暴な警察がいるなんて許せなかった。

「いったい、なんで俺ん家に.......！」

　ガサガサと男が冷蔵庫をあさり、敷きっぱなしの布団をひっくり返す。

「あれ？ ないな.......。星野ちゃん、ホントにここだよね？」

「.......知らない」

　やっと声を出した女は、ずっとルービックキューブをいじっている。

　よく見れば、ルービックキューブを解いているのではなく、くるくる回しているだけだった。

「うーん。ここのはずなんだけどなぁ.......。長岡司さんですよね？」

「.......そうだ」

「あれー？」

　下手なことはしないで、さっさと帰って欲しかった。

　俺はそっと携帯をもって玄関へと移動した。

「ツキ、そこ」

「ん？ あー！ ありましたありました！」

　男が台所の下の棚から、ラップを張ったマグカップを取り出した。

「いやぁ、やっぱりありましたよ！ では、長岡司さん！」

　男が胡散臭く笑いながら近づいてきて、俺の肩に手を置いた。

「現行犯逮捕です！」

「.......は？」

　男がガチャリと俺の手首に手錠をかけた。

「.......は？」

「いやぁ、マグカップとは！ 大胆な犯行ですね」

「.......おい。何言ってやがる！ 俺が何したって言うんだ！」

「おや？ 逆ギレってやつですか？」

「俺は何もやってねぇ！ 犯罪なんてやってねえって言ってんだよ！」

「はは、おかしな人ですねぇ！ 現行犯って言ってるじゃないですか！」

「.......は？」

「許可のない星の飼育、または捕獲は犯罪ですよ？」

「.......はぁ？」

　訳が分からなすぎて泣きそうだった。

「マグカップで育てるとは、思いつきませんでしたよ！ 葉っぱが入っていましたけど、もしかして餌のおつもりで？」

「まさか.......、アレのこと言ってんのか？ あれはホタルだろ！？ 虫飼ってるだけで逮捕なんてありえねぇっ！」

「ホタル？ はは、ホタルですか！！ これは面白い！

　あなた、コメディアンの才能がおありですね！」

「ツキ、時間」

「ああ、失礼。では、あちらの星はこちらで回収させていただきますね！ そして、長岡司さん！」

　ビシッと男の長い指が鼻先に突きつけられる。

「無許可での星の飼育で現行犯逮捕です！ まあ、今回は初犯ですし、おそらく星のこともよく分かっていませんね？」

「星.......？」

　情けないことに俺は泣きそうだった。

「はい。では、この場で刑を決めちゃいましょう！」

「は、ちょっと待てっ！ この日本で、裁判もなしに実刑なんて.......！」

「ご自身の星、1本線入りまーす！ 星野ちゃん、よろしく！」

「.......1本」

　女がこちらを見た瞬間、俺は床に倒れていた。

「.......！？」

　声が出ない上、だんだん視界が狭まっていく。

「星野ちゃん、この星どうしようか？ マグカップのままもってく？」

「.......持つ」

「ああ、ありがとう！ さて、散らかしたのはなおさないと.......」

　ガサガサと音がする。

　俺は全身の力を振り絞って、声を出した。

「お前.......な、んなん、だ？」

「おや？ 元気な人.......もとい星ですね」

「ツキ、先行く」

「はいはい、車乗っててくださいね」

　トコトコと女の足音がした後、額にこつっと何かが置かれる。

「お答えしましょうか。私達は.......」

　ぐりっと額に何かが押し当てられる。

「警察庁 星追（ほしお）い課です。それでは、良い夜を」

　そのまま、俺は意識を失った。

　ぴんぽーん、というマヌケな音で目が覚めた。

「司ー？ お母さんだけど！」

「はあ？」

　ドアを開けると、間違いなく母が立っていた。

「あんた、ちゃんとやってる？」

「急にどうしたんだよ、ちゃんとやってるし」

「なんだか急に顔が見たくなってね。大学はどう？」

「普通だよ」

「何か困ったこともないね？」

「ないよ。.......？」

　困ったことなどないのに、何かが引っかかった。

「まあ、とりあえず入れてちょうだい。まあ、汚ったない部屋、掃除しなさいよ」

「うるせぇな.......」

　いつも通りの敷きっぱなしの布団に、洗い物が溜まった台所。なんの変わりもない、俺の部屋だった。

「あら、あんたこんなマグカップ持ってたの？」

　母が持ち上げたのは、ピンクのウサギのマグカップ。

「あ？ そんなもん買ったか.......？」

　ぴきっと音がした気がした。

「.......買ったな。俺が買った」

「あんたもこんなの好きだったのね.......」

　そして、次の日からも俺は面白くもない生活を続けていった。

「あ、星野ちゃん！ 変わりに置いてきたマグカップ、ウサギにしたの？」

「かわいいから」

「男の部屋にウサギって.......まあいっか！ 確かに可愛いからね！」

　車のハンドルをきりながら、男は胡散臭く笑った。