第21話 地球への帰還は?

 ペガサスは亜光速から、地球へ到達する為の減速に入った。

 拓也と遥が地球に戻る為、ペガサスは一度地球の周回軌道に乗る予定だ。地球の軌道上でファルコンヘビーの司令船で二人はペガサスを離れ、その後、マイクロブラックホールを載せたペガサスを太陽系外の軌道へ再発進させる計画だった。


 光速の15%まで減速し、地球まであと八千万キロとなった所で、地球からの通信が入った。艦橋の360度スクリーンの一角に通信画像が現れる。そこに一人の初老の男性が映っていた。

「私は、スティーブ・グラハム。地球の指令センターのペガサスプロジェクトのダイレクターだ」

 拓也と遥は目を見合わせた。この声は、三人でこのシークレットワールドのミッションの説明を受けた時と同じ声だった。

「大変、ご苦労だった。流石、第二の脳を持つ君達の力は凄いな」

「いえ、まだミッションは終了していません。ペガサスを太陽系外への軌道に投入して無事地球に帰還してみせます」

 拓也がそう応える。

「そのミッションだが、少し計画の修正が必要となった。地球政府の判断でブラックホールを搭載したペガサスの地球軌道への投入が禁止される事になった。ペガサスはこれから再加速をして、このまま太陽系外にブラックホールを運ぶ。残念ながら君達は地球に戻れない」

「えっ? どういう事ですか?」

 遥が驚いた様に画面の向こうの男性に問い掛ける。

「地球軌道上でブラックホールの磁気拘束に障害が出る事を地球政府が恐れているのだ。その可能性は限りなく0に近いが、完璧で無い限り、地球軌道への投入は許可されない」

「俺達はどうなるんです?」

 画面の向こうで男性が大きく首を振る。

「君達はペガサスと運命を共にして貰う事になる。既にペガサスのコントロールはこちらで掌握している。こちらのコントロールでペガサスは今から再加速に入る……」

「えっ?」拓也が声を上げた。

「申し訳無いが、君達はこの為に造られたのだから……。君達を地球に戻す事で、地球がリスクを抱える訳には行かないと言う判断だ……」

「そんな……」遥もそう呟いた。

「地球を救ってくれて本当に感謝している……ありがとう。そしてさようなら。君達の事は地球の歴史に残るだろう。地球を救った人造人間が居たと……」

 そう言うと通信は切られた。


 次の瞬間、ペガサスが拓也のコントロールを離れ太陽系外の軌道に向けて再加速を始めた。

 そして地球への帰還コースから大きく外れて行く……。

「酷い……。拓也、どうすれば……?」

 遥の問いに拓也は右手を口に当てて何かを考えている。

 その間もペガサスの加速は続いている。再び速度が光速の20パーセントを超える。

「拓也……?」

 拓也が遥を向き直って言った。

「これもゲームの中のチャレンジだと思うんだ。何とか地球に帰還しないとゲームクリアにならない……。この状況から地球帰還の方法を考えるんだ……」

 遥も理解して頷く。彼らの中のTwoとThreeと一緒に地球帰還のオプションを二人は考えていた。


「亜光速から地球帰還軌道に乗るには縮退炉のエネルギーが必要よね。ペガサスにある縮退炉は三つ。ペガサスのメイン推進用と、デルタ2と3の縮退炉。でもデルタ2と3の縮退炉はブラックホール封じ込めに使っているから、ペガサスの縮退炉を使うのが唯一のオプション……。そうするとペガサスの制御を奪い返すしかないのかしら……」

 遥が頭の中で整理した考えを拓也に説明する。うーんと拓也が唸る。

「そんな簡単なオプションは成立しない様にゲームが作られていると思うんだ。つまりペガサスの制御は取り戻せない……。じゃあどうするのか……? デルタを使うオプションを考えてみないか?」

「えっ、でもブラックホールの封じ込めは……?」

「縮退炉一機の出力で拘束できないか試してみたいんだ……」

「そうか、それはチャレンジしてみる価値があるわね。一機で封じ込め出来れば、もう一機で地球に戻れる……」

 二人は頷いて、マイクロブラックホールが拘束されている中央格納庫に向かった。


 中央格納庫に到着すると二人は壁際にある格納庫の制御パネルに向った。

 デルタの固縛装置や格納庫ハッチがペガサス側で制御出来るかを確認したのだ。幸いな事に地球からの制御は縮退炉のメインコントロールのみで、格納庫の制御は手動で可能の様だ。

 次に二人でデルタ2の球体のコックピットに乗り込んだ。デルタのコントロールが可能かのチェックだ。

 拓也がコックピットに座り縮退炉の出力を上げる。直ぐに全力運転に達した。デルタの制御もこちらで出来るという事だ。

「遥、このままデルタ2の縮退炉をマックスパワーで駆動しておく。デルタ3に乗り込んで、ゆっくり縮退炉の出力を落としてみるんだ。デルタ2の縮退炉のパワーのみでブラックホールの封じ込めを継続出来るかをチェックするんだ」

「分かったわ」

 遥は頷くとデルタ2のコックピットの端を蹴って、向かい側のデルタ3のコックピットに向った。

 直ぐにスピーカーから遥の声が聴こえてくる。

「拓也、デルタ3のコックピットよ。今から縮退炉の出力を落とすわ。磁気拘束状態のモニターお願い」

「了解。始めてくれ」

「縮退炉出力60パーセント、55、50」

 デルタ3の縮退炉の出力がゆっくり絞られて行く。しっかりモニターしていなと磁気拘束が切れたらあっと言う間に全てがブラックホールに飲み込まれてしまう。

「35、30、25……大丈夫そうね……15……」

「遥!! ストップ!」

 拓也はデルタ2が検知した弱い重力波形を見て遥に叫んだ。

「拓也、今、11パーセントよ……これ以上は……」

「ああ、出力を絞れない……でも……そうだ!」

 拓也は思い出した様にデルタ2の制御メニュー画面を開いた。そして縮退炉の出力制限メニューからオーバーブーストを選択した。縮退炉は短時間であれば過負荷運転が可能だ。

 拓也はデルタ2の縮退炉出力をオーバーブーストに入れた。デルタ2の縮退炉が115パーセントのオーバーブースト運転を開始する。

「遥、もう一度デルタ3の縮退炉の出力を絞ってくれ」

「了解。10パーセント、5、3、1、縮退炉停止。拓也、上手く行ったわ!」

 無線から遥の嬉しそうな声が聴こえて来る。

「よし、遥。俺は後部格納庫のファルコンヘビーの司令船に向かう。俺が中央格納庫を出たら、中央格納庫の与圧を抜いてデルタ3で外に出て後部格納庫へ来てくれ。デルタ3で司令船を保持して、地球の周回軌道に戻ろう」

「分かった、気をつけて」


 遥の無線からの声に頷きながら、拓也はデルタ2のコックピットを出て中央格納庫出口に向った。

 拓也が後部格納庫に到着するとファルコンヘビーの司令船が待っていた。

 拓也はまず格納庫の制御盤を見た。ここの制御が手動で可能かを確認するのだ。

 壁面のコントロールパネルのキーボードを叩き、手動での制御が出来る事を確認した。中央格納庫と同様にコントロールは問題無いようだ。

 そして拓也は司令船に向った。

 コックピットに乗り込むと司令船を起動し、デルタ3との通信回線を開く。

「遥、聴こえるかい?」

「ええ、聴こえるわ」

「それじゃ、デルタ3を磁気拘束機から離してみてくれ」

「了解。やってみる……」

 遥はデルタ3を操作して、両腕で保持していた磁気拘束機の半球部分から腕を外した。

「拓也、デルタ3は離れたわ。今、磁気拘束機はデルタ2のみで保持されてブラックホールを封じ込めている」

「了解、それじゃ、一度、デルタを出て、中央格納庫の制御盤で、デルタ2の固定解除と格納庫の与圧を下げて、格納庫ハッチを開ける指示をタイマーセットするんだ」

「分かった。そして後部格納庫にデルタ3で行くのね」

 遥はそう言うとデルタ3のコックピットのハッチを開けた。

 その時だった。

『遥、危険だ』遥は久し振りにThreeの声を聞いた。

「えっ?」

『デルタ2のオーバーブーストがフェールセーフモードに入ろうとしている』

「それって……?」

『デルタ2の縮退炉が100パーセントに絞られる、磁気拘束が破れる』

 遥は一旦腰を上げたコックピットのシートに座り直すとデルタ3の腕でもう一度磁気拘束機を保持した。そしてデルタ3の縮退炉の出力を一気に上げる。

 その瞬間、デルタ2のオーバーブーストが外れ、縮退炉出力が絞られる。

「間に合わない!」

 遥がデルタ3の縮退炉出力を見ると未だ5パーセントから上昇中だった。

「拓也、磁気拘束が破れる!!」

 遥が無線に叫んだ瞬間、磁気拘束の一部が破れ、ブラックホールからの重力波が漏れ始める。遥が座るコックピットでも3Gの重力が負荷され、遥は解放していたデルタ3のコックピットから外へ引き出されてしまう。遥は何とかハッチの開放部に右手で捕まった。そして磁気拘束機へ引っ張られ様とする力に耐えていた。

「遥! 大丈夫か!?」

 無線から拓也の声がする。下を見ると格納庫内の様々な物が高速で磁気拘束機に衝突しているのが見える。

「ダメ…… 手が保たない……」

 遥はとうとう巨大な力に負け、右手を離してしまった。

 その瞬間、デルタ3の縮退炉出力の高まりで磁気拘束機の封じ込め性能が元に戻り、ブラックホールは再び完全に封じ込まれ、重力が0となった。

 しかし、遥は秒速15メートルで磁気拘束機に叩き付けられてしまった。


 拓也は司令船のコックピットから飛び出ると後部格納庫を出て、中央格納庫へ向った。

 中央格納庫に入ると、デルタ3が再び磁気拘束機を保持している。ブラックホールの封じ込めも問題無いように見える。しかし、その時、磁気拘束機の上方に遥が漂っているのが見えた。

 拓也は床を蹴って遥の場所へ飛んだ。

「遥!!」

 遥に近付くと、遥の周りに赤い液体が一緒に浮遊しているのが分かる。

 遥を抱えると頭から大量の出血をしている。

 振り返って磁気拘束機の球面を見ると、デルタ3側の表面に血の跡が見える。

 あそこに遥は衝突したんだ。

「遥、大丈夫か?」

 遥が目を開ける……。

「あっ……拓也……。ごめん失敗しちゃった……」

 拓也は大きく首を振った。

 そう言っている間に床を蹴った慣性で、格納庫の天井に二人は近づいていた。

 拓也は姿勢を変えると、遥を抱いたまま天井を再び蹴って中央格納庫の出口を目指した。

「拓也……あのね……」腕の中で遥が苦しそうに呟く……。

 ゲームの中と理解しているのに、拓也の精神こころは押し潰されそうな衝撃を受けていた。

 中央格納庫を出て後部格納庫へ続く廊下に入る。

「私……多分……ゲームオーバーだと……思うの……」

 拓也は何も応えられなかった。

「ゲームなのに……こんなに……痛くて苦しいなんて……酷い……よね……」


 拓也は後部格納庫のドアを開けると、ファルコンヘビーの司令船に遥を抱えて入った。

 そして、司令船の後部に接続されているコクーンⅢの格納ベイに向った。

 ここに緊急救命キットが格納されているのを拓也は理解していた。

「遥。直ぐに応急処置をする。ちょっと待って……」

 拓也は遥を腕から降ろすと格納ベイ背面の備品ドアを開ける。緊急キットを手に持って取り出すと遥を向き直った。頭から出血が遥を抱えた経路に漂っているのが見える。

「拓也……先に……戻ってる……ね……」

 拓也は大きく首を振って、遥をもう一度、腕に抱いた。首の頚動脈を触ると脈はもう触れていなかった……。

「ちくしょう!!」

 拓也は遥を抱き締めて、その場で天を仰いで叫んだ。


 拓也の意志は明快だった。ビルと遥を失った今、この状態でゲームを継続する意味は無い。

 一度、ゲームを終わらせて、シークレットエリアの冒頭から再スタートするんだ。

 拓也はゲームの終了を選択する為、ゲームのメニューを開こうとした。

「えっ? ゲームメニューが開かない……。何故だ?」

 コクーンⅢでは拓也の中のTwoを介してバーチャルリアリティを得ているので、VRゴーグルを外す等の強制シャットダウンの手段が取れない。

 拓也は少し考えて、ここにあるコクーンⅢに乗ってみる事にした。

 拓也は思い出していた。シークレットエリアのスタートはコクーンⅢから降りるシーンからだった事を……。

 遥を床に降ろして、格納ベイのコクーンⅢ制御盤を操作し、自分の乗っていた真ん中のコクーンⅢを起動させた。

 そして、コクーンⅢに乗り込み、シートベルトを締めると、ユックリ目を瞑った。

 拓也はゲームの中のコクーンⅢに乗り込む事で、『どこに』行くのかは想像出来なかったが、何らかの反応『リアクション』がある事を期待していた……。

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