第19話 シークレットエリアへ

拓也と遥は再びラブライ山脈を越えミドラル平原の上に出た。

 平原の中央にミドラル城が見える。相変わらず城の周りは赤黒い雲で覆われている。

「あれは結界さ。結界に近づくと弾かれてしまう。だから上空から侵入する事が出来ないんだ」

 拓也が遥かにそう説明している。

 二人は、ミドラル城の上空を横切り、赤黒い雲の端の、唯一城の施設が雲の外に出ている南側にある城門を目指した。

 城門の前には既にビルが立っており、こちらに手を振っているのが見える。

 二人はビルの側に舞い降りた。

「ビル、凄いのね。三つの里を攻略して、三つの鍵を手に入れたのね」

 遥はビルが手に持っている三つの鍵を見ながら言った。

「まあ、僕には特別装備があるからね。計画した通りの成果を出してくれて、一気に攻略出来たんだ」

 そうかビルはまた裏技を使ったんだと思いながら、遥はこれでファンタジーワールドの最終ステージに臨めるとワクワクしていた。一体、どんな新しい冒険が待っているんだろう……?

「さあ、拓也、銀の鍵を渡してくれるかい?」

 ビルに促され、拓也は風の里で入手した銀の鍵をビルに渡した。これでビルの手元に金、銀、銅、プラチナの四つの鍵が揃った。

 ビルはその四つの鍵を両手に持って、城門にある巨大な両開きの扉に設定されている四つの鍵穴に一つずつ鍵を差し込んで左に回して行く……。

 四つ目の鍵を差し込み左に回すと、鍵の差し込み口の奥から『ドン』と言う音がして、両開きの扉がゆっくりと内側に開いていく。その奥には真っ黒な空間が広がっていた。

 拓也とビルが驚いた様に目を見合す。

「えっ? 二人共どうしたの……?」遥が二人の驚いた姿を見て聞いた。

「遥。通常、この奥は城内の庭が広がっている。でも真正面に見えるのは真っ黒な空間だ……。これは……、普通と違う……多分これは……」

 拓也が口に左手を当てながらそう言った。

「これはシークレットエリアの入口が開いたって言う事? 未だ誰も到達できなかった?」

 遥も大きく目を見開きながらそう二人に尋ねた。

「そうだ、今、シークレットエリアの入口に僕達は到達したんだ!!」

 ビルが力強く言った。

「そうか、でもそうすると、この先は二人共、何があるか知らないって事よね……?」

 遥が拓也とビルの顔を交互に見ながら尋ねる。

「ああ、そうだ。構成はスペースワールドのプラットフォームだと言う事は分かっているが、それだけ……だ。何が起きるのか誰も知らない……」

 ビルが遥を見ながらそう応えてくれた。

「分かった。でも、行くしかないよね」

 遥がそう言って、開いた扉の奥に向けて歩き出した。

 拓也とビルは再び顔を見合わせて、仕方ないと首を振って遥に続いた。

 扉を抜けると、いきなり遥の視界が暗転し始めた。

「これは、また別の世界に飛ぶのね……。どんな世界に行くんだろう……?」

 遥はワクワクしながら次の世界が現れるのを待った。そして周りが明るくなり始める。現れた世界は……?

「えっ? コクーンⅢの格納ベイ……? ゲームから抜けちゃったの?」

 遥は首を傾げながら、コクーンⅢのシートベルトを外し、コクーンⅢから浮き上がった。そうここは軌道上、無重量空間だ。前後のコクーンⅢでゲームをプレイしていた拓也とビルも格納ベイに浮かんで来る。

「どうなっているんだ?」拓也の声が聞こえる。

「どうしてゲームから抜けたんだ?」ビルも混乱している様だ。


 その瞬間、頭上のスピーカーから声が聞こえ始めた。

「よくシークレットエリアに到達した。君達が唯一の地球の希望だ」

「えっ? まだゲームの中なの?」

 遥も混乱していた。既にゲーム内なのか現実なのかは感覚だけではまったく判別できなかった。

「今回のミッションを説明する。格納ベイのスクリーンを見てくれ」

 その声と共に、格納ベイ壁面のモニターでの情報表示が始まる。

 そこには太陽系を俯瞰した表示と太陽系の外から侵入してくる黒い丸い星が映されていた。

「約百年前、2020年に太陽系の近傍で大量のX線放射が電波望遠鏡による観測された。しかもそのX線放射は徐々に太陽系に接近している事が判明した。我々はそのX線放射に観測機を接近させ詳細を調査した結果、それは直径十メートルに満たないマイクロブラックホールである事が判明した。マイクロブラックホールは周囲の小惑星や物質を吸収しながら進んでおり、物質を吸収する時に大量のX線を放出していると言うことが分かった」

「更に深刻なのは、このマイクロブラックホールの軌道が地球との衝突コースに乗っている事だった。十メートルのマイクロブラックホールだが、衝突した場合、地球は完全に破壊される事が判明した。衝突予測は2119年12月22日、今から後一週間後だ」

 スクリーンにマイクロブラックホールが地球への衝突コースに乗っている事が表示される。

「我々は地球からの脱出オプションを含め、様々な対応案を考えた。しかしマイクロブラックホールは地球の地殻を削り取った後、太陽に向かう事が判明し、太陽系内での人間の生存は不可能という事が分かった。未だ恒星間の航行技術を獲得していなかった人類は、恒星間航行の技術開発を進めると共に、地球を守る技術についても並行して研究を進めていた」

 次にスクリーンに五十歳くらいの白人男性の写真が映し出された。

「2178年、アメリカの科学者スティーブン・ウェブスター博士が磁界内で物質を閉じ込め超強力レーザーで物資を縮退連鎖させる技術を開発した。この技術を使い円筒の磁気拘束機内で縮退連鎖をコントロールし、大量のエネルギーを取り出し、重力場さえもコントロールできる縮退エンジンがやっと昨年開発された。そして突貫工事で開発した縮退エンジン四機を使って、亜光速宇宙船『ペガサス』と『ペガサス』に搭載される亜光速戦闘ロボット『デルタ』が開発され、一週間前に軌道に打ち上げられた」

 三角錐の形をした大型宇宙船と腕と足を持ったロボットの様な機体が表示される。

「君達はそのペガサスとデルタ三機を用いて、マイクロブラックホールを磁気拘束し、ベガサスの格納ベイに収納し、地球への衝突を回避させると共に、ペガサスにより太陽系外へ運び去るミッションを遂行して欲しい」

 アニメーションでマイクロブラックホールを磁気拘束機で囲い、それをペガサスの下部から格納庫へ搭載する説明がスクリーンに流れる。

「君達はこのミッションを遂行する為に人工的に造られた人間だ。第二の脳の力で君達の反射速度や演算速度は通常の人間の比で無い能力を獲得できている。その力を使って、なんとしてでもこのミッションを成功させて欲しい」

「その他詳細の情報は君達の第二の脳、One、Two、Threeに格納している。第二の脳と連携してミッションに当たってくれ。以上だ」

 三人は呆然としていた。最初に口を開いたのは遥だった。

「これってゲームだよね? 私達は人工的に造られて第二の脳を持っているの? このミッションの為だけに……? ゲームだけど複雑な気分……」

 右手を口に当てて何かを考えていたビルがそれに続く。

「このシークレットエリアを解く為に僕達が居るってのは事実かもしれない。でも、第二の脳を、One達を、誰がどうやって僕達の脳に埋め込んだかは、ゲームの中では分からない……。とにかくシークレットエリアをクリアすれば、全てが明らかになる筈さ」

 拓也も大きく頷いて言った。

「いずれにしろ、これが俺達の目的だった。最後のゲームをしっかりクリアして、全ての謎を解いてやろうぜ!」

 遥とビルも大きく頷く。


 三人は次にすべき行動を理解していた。彼等の頭の中で、One、Two、Threeが必要な指示を出し始めていたからだ。

 三人はコクーンⅢの格納ベイを出て、司令船に向かった。

 再び司令船のシートの元の位置に腰を降ろす。真ん中の席にビル、右に拓也、左に遥が着席し、シートベルトを装着する。

 驚いた事にゲームの中だと言うのに、司令船の中は現実世界でファルコンヘビーが打上げた司令船の機器、計器の位置と寸分違わぬ物だった。このゲームはいつプログラムされたのか? 何故、最近開発した司令船とまったく同じレイアウトを実現できているのか? 三人の疑問は尽きなかったが、今は、ゲームを続けるしかなかった。

「ペガサスは同一軌道傾斜角、高度450キロの軌道に居る。今からランデブーの軌道修正を行う」

 ビルはモニターに表示されるペガサスの位置を見てマニュアルでの軌道修正を開始した。司令船のメインエンジンを始動し、0.5Gで2分12秒の加速を行う。

 ビルは右手でスラスターレバーを握り細かく軌道修正を進めている。約50分で、前方に細長い三角錐宇宙船が見えて来る。それがペガサスだった。ペガサスは真っ白の機体を太陽に反射させ眩しく輝いている。

 近付くとその大きさに圧倒された。全長は三百メートルを超えるのではないだろうか……。ペガサスの後部ハッチがゆっくり開いて行く。司令船はそのハッチ中に進入した。

 格納庫に入ると上下から腕が伸びてきて司令船を拘束していく。そして後部のハッチがゆっくりと閉じた。

 格納庫内はエアロックになっており、ハッチが閉まると同時に格納庫内に空気が満たされて行く。

「与圧は復元された。それじゃ、遥、拓也、行こうか……」

 ビルが司令船のモニター表示を見ながら言った。

 遥と拓也は頷いて、シートベルトを外してシートから離れた。

 ビルが司令船の搭乗ハッチを開けると、ペガサスの格納庫の中に出た。そこには……。

「わぁー、凄い!」

 格納庫の壁際に全高二十メートル位の三体のロボットが立っていた。

 設計は何となく無骨で流線型と言うよりは角張ったイメージだ。

 全体は銀色の材料で作られていて、四角い頭部に円筒の腕や足。関節部分にはベアリング構造がそのまま見える。格好良さと言うより工業製品としての性能を重視して開発されたと感じられるスタイルだった。

 ロボットの右肩には向かって右から1、2、3と描かれており、デルタ1、デルタ2、デルタ3と呼ばれる事を三人は後で知る事になる。

「ペガサスの艦橋に行こう」

 そう言うとビルは迷う事無く格納庫の出口に向かって行く。

 既に三人の頭の中にあるOen、Tow、Threeとは、まったく会話をする事無く、意思疎通ができるようになっていた。三人は完全に第二の脳を自分の脳の一部として使っていた。なのでOneの中に格納された情報は完全にビルの記憶となっており、迷う事無くコックピットに向かう事が出来た。それは拓也や遥も同じだった。

 三人は格納庫を出ると、三層上へエレベータで移動した。エレベータを抜けて、真っ直ぐな廊下を二十メートル進むと、艦橋と書かれたドアがあった。

 そこは球体をした空間だった。艦橋のドアの所からブリッジが掛けられ、部屋の中心にシートが三式並んでいた。各々のシートには制御卓が設けられているが、操縦装置の様なものは見えない。

「僕達の第二の脳を介して、脳とシンクロして操艦するんだ……」

全員がそう理解していた。

 三人は最初から決められていた様に遥が左の席に、ビルが真ん中の席に、拓也が右の席に座った。このシートにもシートベルトが設定されていたが基本は必要ない。

 この艦は縮退炉の重力場制御で航行する。加速・減速もまったくGが入力されない。

「それじゃ艦を起動させよう。遥!」

 ビルの指示に遥が応える。

「はい、通常モードでペガサスを起動させます。自己診断チェック中。全周モニターを起動します」

 その瞬間コックピットの球体の壁面全周がモニターに変化した。上下左右後方も含め360度の視界が確保されている。左下に見える青い地球が綺麗だ。

「自己診断終了しました。縮退炉を起動させます。3、2、1。縮退炉内磁場拘束良好。縮退連鎖開始、出力0.1パーセント。良好です」

 遥が自分の制御卓の小型モニターを見ながら応える。同じ情報は360度スクリーンにも表示されていた。

「拓也、マイクロブラックホールの進路にランデブーするコースを計算してくれ」

 ビルが今度は拓也に指示を出す。

「マイクロブラックホールは木星軌道内に侵入しています。ここからの距離は約7億5千万キロ。地球との相対速度は秒速1240キロです。ランデブーコースを計算します。縮退炉により9422Gの重力加速を行い光速の87%まで加速します。その後、減速して、マイクロブラックホールに相対速度を合わせるまで90分強です」

 スクリーンに拓也が計算した経路が表示される。ペガサスの最大加速を使って亜光速まで加速して、最大減速をしながらマイクロブラックホールにランデブーするシーケンスだ。

「それじゃ行こう。拓也、操縦は君に任せる。遥、縮退炉のモニターをお願いする」

「了解!」「了解です!!」二人の声が上がる。

 拓也の指示に合わせ縮退炉内の縮退連鎖が加速してく。

「縮退炉全力運転、あと3、2……、いけます!!」

 遥が声を上げる。

「じゃあ、一応、言っておくか…… ペガサス発進!!」

 ビルの声に合わせ、拓也がペガサスを発進させる。

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