第15話 軌道上でのゲームスタート
ファルコンヘビーの27機のマリーン1Dエンジンが最大出力で始動した。ファルコンヘビーの先端、司令船の座席に座ったビル、拓也、遥の三人に3.5Gの重力加速度が掛かる。機体が発射台を離れた。
離陸30秒で、高度2千メートル、速度565キロまで加速している。マックスQ(最大抗力点)に向けて、メインエンジンの出力が80%に絞られた。ファルコンヘビーは大きな三つの火柱を後部から噴射し、その後ろに灰色の長い雲を引きながら、真っ青な空に向かって登って行く。
「100、105、機体超音速へ」
離陸後109秒で、高度1万2千メートルで音速を超えた。
「110、115、マックスQ、メインエンジン最大出力へ」
直ぐにマックスQを超え、再びメインエンジンが最大出力まで加速された。加速度は4Gを超える。
遥が叫ぶ。
「この加速いつまで続くの!?」
「軌道に乗るまでだ。あと7分は掛かる……」ビルが答えた。
「えっーー?」遥がもう一度叫んだ。
「130、135、機体の状況は全て正常」
「150、155、サイドブースターシャットダウン、サイドブースターセパレーション」
高度6万2千メートル、速度約7千キロで、サイドブースターが機体から分離された。このサイドブースターは再使用の為、これから地上に向けて減速降下していく。
「170、175、セパレーション成功、MECOメインエンジンカットオフ準備」
「185、190、MECO、第一段分離」
高度9万1千メートル、速度約9千5百キロで、第一段が分離され、第二段のマリーンバキュームエンジンが始動した。
「第一段分離成功、190、195」
「215、220、司令船フェアリング分離」
第二段による加速が続いている。
「430、435、第二段エンジンシャットダウン、第二段分離」
「第三段点火、燃焼正常…… 」
ビルが叫ぶ。「さあ軌道に乗るぞ」
「505、510、第三段燃焼終了、高度400キロ、速度2万8千4百キロで軌道に乗った」
その瞬間、司令船に掛かっていた大きな加速度が抜けた。
上昇の加速度でシートの後ろに向かっていた遥の長い髪の毛がフワッと広がる。
「凄い……」遥が自分の髪の毛を掴んで驚きの声を上げた。
「遥、左の窓の外を見てごらん」ビルが指差した。
そこには、真っ青に輝く地球の姿が広がっていた。
丁度、大西洋からアフリカ大陸に差し掛かった所だった。
「わぁー 綺麗」遥が叫んだ。
拓也も右の窓を見た。そこからは真っ黒な宇宙と満点の星、そして輝く太陽が見える。
「凄い……。宇宙に来たんだ」拓也が感嘆の声を上げる。
「さて、二人とも。見とれている時間はないぞ。直ぐに格納ベイに移動してファンタジーワールドのチャレンジを始めよう」
ビルの言葉に遥と拓也が頷いた。
三人は司令船の座席のシートベルトを外した。身体がフワッと浮く。
スペーススーツのヘルメットを脱ぐと、司令船後部のドッキングベイに向かった。後部ドアを開けると、そこはコクーンⅢの格納ベイの中だった。
三台のコクーンⅢは前後に並び、それぞれのユニットは球体の中に3軸の腕で支持されており、全ての軸方向への自由な回転と遠心力による全方位への擬似重力の発生が可能なシステム構成となっていた。
ビルが格納ベイ内の制御端末に移動し、そこにあるシートに腰を降ろした。
無重量の空間を浮遊しながらビルに続いていた拓也と遥もビルが座ったシートの背もたれを掴み、その後ろに取り付いた。
「今から、地上との超高速通信回線を開いて、安曇電気の厚木研究所に有るディスラプターチャレンジのサーバとの接続をする」
ビルはそう言うと端末のキーボードを叩いてシステムを起動した。
「宇宙と地上との通信って、どんな仕組みなの?」
遥が興味津々という顔で聞いた。
「この機体は約90分で地球を一周しているから、地上の一箇所からの通信回線では常時接続は出来ない。静止衛星軌道にあるスペースネットワークの二つの衛星を介して、グアムの地上局とニューメキシコの地上局と通信回路を形成している。通信速度は現在のKuバンドでの最速値、衛星軌道から地上が4GBPS、地上から衛星軌道が2GBPSだ」
ふーんと遥が頷いた。
「この機体の電力はどうやって維持されるんだい?」拓也が追加の質問を問いかけた。
「後部の機械船に小型の原子炉が搭載されていてそれで電力を得ている。このコクーンⅢの稼動には莫大な電力が必要だから太陽電池の出力では賄えないからね。さあ、接続出来た」
制御端末のスクリーンに安曇重工会長、安曇忠明の姿が表示される。
彼はケネディスペースセンターのコントロールルームに居る様で背後には、このフライトをサポートしてくれている多くのスペースX従業員の姿が見える。
高精細のスクリーンと高速通信が相まって、素晴らしい画質だ。
「高速通信がリンクした様だな。君達、宇宙へようこそ。どうだね君達、気分は?」
安曇会長が微笑みながら問いかける。
「素晴らしい経験です。初めての無重量もワクワクします」拓也が答えた。
「真っ青な地球も最高だったよね」遥が横から割り込んだ。
安曇会長が大きく頷く。
「こちらのサーバも準備は出来ている。いつでもファンタジーワールドのチャレンジを開始してくれ」
「了解です。会長。今、三台のコクーンⅢの起動に入っています。準備が出来たら始めます」
ビルの説明にスクリーンの向こうで安曇会長がもう一度頷いた。
ビルが振り返ると右手に二組のサイコ検知器を持っている。
「さあ二人とも、これを取り付けて。そしてどのコクーンⅢでもよいから着席してゲームの準備に入ってくれ。ああ、それと。このコクーンⅢはマイナス5Gからプラス10Gまでを模擬出来るシステムだから、五点式シートベルトを忘れないでね。ゲーム中に投げ出されると大怪我だよ」
拓也と遥は、ビルから渡されたサイコ検知器を両耳の前に貼り付けると、拓也が二番目のコクーンⅢに、遥が三番目のコクーンⅢに入った。二人ともシートに座るとシートベルトを締めた。
前を見るとビルが一番目のコクーンⅢに乗り込む所だった。
「それじゃ、ファンタジーワールドへ入るよ。準備をして」
ビルの声と共に、目の前に見えていたコクーンⅢの格納ベイが暗転した。
そして新しい世界が目の前に広がる。
最後のチャレンジ、ファンタジーワールドだ。
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