第13話 ウォーワールド
「次はウォーワールドだよね。つまり戦争ワールドって事?」
遥が拓也に聞いた。
「そう、歴史の教科書に出ているもの、フィクションのもの。いずれかの戦争に参加して勝たなければいけない」
拓也がウォーワールドのメニューを捲りながら言った。
「物騒なシナリオね。このワールドは嫌だな」
遥が自信無さげに言った。
「まあゲームの中だから。死なないし復活できるから、他のワールドと同じ様にリラックスして取り組もうよ。さて、どれにする」
拓也が開いたメニューには、いつもの様にいくつかの選択肢が現れた。
「関ヶ原、欧州、太平洋、タリバン、北朝鮮、使徒、宇宙人……。過去の戦争から架空の物まで入っている」
拓也がメニューを読み上げる。
遥はそれを見ながら首を傾げた。
「もう、全然分からない。一応、説明してくれる?」
遥はキーワードのみで構成されるいつもの選択肢に閉口していた。
「分かった。説明するね」
「まず、関ヶ原は戦国時代の初めから天下統一まで戦い」
「欧州は、これは第一次世界大戦の欧州戦線を勝ち抜くシナリオ」
「太平洋は、第二次世界大戦の日本とアメリカの戦い」
「タリバンは911からビンラディンの討伐まで」
「北朝鮮は朝鮮戦争から南北朝鮮統一まで」
「使徒は決戦兵器に乗って13の使徒からアダムを守るシナリオ」
「宇宙人は、戦艦でクリーナーを運び放射能に犯された地球を回復させる」
「こんな感じのシナリオかな。他にもあるけど……どうする?」
拓也が説明したが、未だ遥はどれを選べば良いかまったくイメージ出来ない。
「また拓也が選んで良いわよ。どうせ全て一度クリアしているんでしょう?」
遥がもう任せると呟く。
「それじゃ、太平洋にしようか……。これは日本とアメリカの戦争を扱ったものだから、1941年の真珠湾攻撃から始まり1945年の終戦までの戦いを一つずつ解いていくシナリオだ。でも僕らはファイナルステージの招待状を使えるから、1945年に発生した戦いから一つを熟せば良い」
そう言うと拓也は太平洋を選択し、ファイナルステージの招待状購入メニューをクリックした。招待状は560万クレジットと出ている。躊躇する事無く購入ボタンをセレクトする。もう一つメニューが出た。
「遥、アメリカ軍と日本軍、どちらを選ぶ?」
遥が「待って、待って」と言った。
「だって勝たないとファイナルステージをクリア出来ないんでしょう? アメリカ軍でやんないとダメなんでしょう?」
遥がそう拓也に問い掛けると、拓也が大きく首を振った。
「そうならない様に史実で負けた側を担当する時は、その時代には存在しない兵器を使えると言うハンデを貰える。太平洋のシナリオで日本軍を選択する場合は、現代の戦闘機を2機使用可能だ」
ふーんと遥が呟く。
「ファイナルステージのシナリオって何?」
拓也は頷くともう一度メニューを捲った。
「今回は、神風特攻隊だね」
「えっ? それじゃ、アメリカ側で戦う場合は特攻機を撃ち落とすって事……? それは結構嫌かな」
拓也は頷いた。
「そうだね……。それじゃ日本軍にする?」
「うん、そうしましょう」
遥が微笑みながら言った。
「じゃあ、俺達は現代の戦闘機に乗って米軍を迎撃する事になるから、ちょっと戦闘機の操縦訓練をしようか……」
拓也はそう言うと、オプションメニューを開いた。
そこのページにある訓練を選び、戦闘機、F35B—Jを選択した。
また周りの風景が暗転して、どこかの格納庫に移動した。その格納庫内には、2機の青色のF35B—Jが駐機していた。周りに数人の整備士が見える。
「さあ、いつもの着替えだ」
そう言うと拓也はメニューを捲り、飛行服とF35B—J用のHMDS(ヘッドマウントディスプレイ)を選択した。HMDSはヘルメット内のモニターで360度の視界を確保する事が出来る優れものだ。
横を見ると遥も既に飛行服を着込んで右手にHMDSを抱えている。
「さて、訓練空域で戦闘訓練に行こうか」
拓也はそう言うと2機並んだ左側のF35B—Jのコックピットに梯子を登って搭乗していく。
「拓也、もう少し説明してくれないと……。まあ良いけどさ」
遥はそう呟きながら右手の機体に近づくと、HMDSを抱え梯子を登った。遥が梯子の上からコックピットを見ると、インストメントパネルには大型の2面スクリーンが設置されている。
「サイドステックは右、スラストは左か……」
遥は確認しながらシートに収まった。
直ぐに整備員が梯子を上って来て、遥の背中に手を入れてシートとのハーネスを接続してくれる。そして酸素ホースをスーツに接続してくれた。
「HMDSのコネクターにこのケーブルを接続してください」
整備員の指示に従い、HMDSの後面コネクターにケーブルを接続した。
そしてHMDSを被ると、スクリーンにWelcomeの文字が表示されている。
再び整備士の指示に従い、遥はHMDSの下から酸素マスクを口と鼻に押し付け調整した。整備士は一通りの準備を終えると梯子を降りて行った。直ぐに梯子が外される。
「遥、聞こえるか?」
HMDSのスピーカーから拓也の声が響く。
「はい、聞こえるわ。私の声はどう?」
「良好だ。それじゃ行こうか。操作は分かる?」
「大丈夫、全部、Threeがサポートしてくれているみたい。イメージ出来る」
「じゃあ、基本は任せる。分からなかったら聞いて」
「了解」
遥は、HMDSに表示されるエンジンスタート前チェックリストを目で追った
拓也のタワーとの交信が聞こえてくる
「百里タワー、ディスラプターフライト。エンジンスタート、リクエスト to 03R」
「ディスラプターフライト、百里タワー。エンジンスタート及び03Rまでの地上走行を許可する」
その交信を受けて、遥はコックピット2面スクリーンの右下にあるエンジンスタートボタンを押した。エンジン始動モータが回転し、P&F F135エンジンが始動した。
キーンという音が高まる。
HMDSに表示されるアフタースタートチェックリストの自動チェックを目で追った。
左を見ると拓也のF35B—Jが格納庫を出て行く所だった。
遥はパーキングブレーキを解除した。
エンジンはアイドリング出力だったが、機体は力強くタクシンングを開始し、格納庫を出て拓也の機体に続いた。2機のF35B—Jは、百里基地滑走路03Rの末端に到着した。
拓也の機体に続いて、遥の機体は滑走路に侵入し拓也の機体の右横に並んだ。
「ディスラプターフライト、百里タワー、離陸を許可する。風は09から8ノット」
「百里タワー、ディスラプターフライト、離陸許可」
「遥、離陸するぞ」
「拓也、私は問題ない。行こう!」
遥はラダーペダルを両足で強く踏み込みながら、左手のスロットルを前に押し込み、そのままアフターバーナー位置までスライドさせた。拓也の機体後部のエンジン噴射口が真っ赤になっている。
「ナウ!」
拓也のその声に従い、遥はブレーキを解除した。物凄い加速でシートに押さえつけられる。
120ノットで右手のステックを引いた。そのままピッチ45度で拓也の機体に続いて上昇する。高度3万フィートで水平飛行に移ると、機首を90度に向けマッハ0.9で飛んでいる。拓也の無線が入る
「遥、この先にR121の訓練空域がある。訓練エリアでドックファイトをしよう」
「了解。飛行機の操縦も楽しいわね」
2機のF35B—Jは訓練空域に到着した。
「遥、それじゃドックファイトやろう。この後、俺は左旋回して磁方位0度に飛ぶ。君は右旋回して磁方位180度で飛んで30秒経った所でドックファイト開始だ。良いか?」
「了解」
「ミサイルは使用禁止、後方からロックオンした方が勝ちだ」
「分かった、始めましょう」
「じゃあ、行くぞ。3、2、1、ナウ!」
その声と同時に拓也のF35B—Jが左に急旋回を始めた。
遥も右手のステックを右に倒し90度ロールをし、左の翼を垂直に立てて右に旋回した。
そして磁方位180度、高度3万フィート、マッハ0.9で飛行する。HMDSに30秒に向けたカウントダウンが走っている。この速度でお互い背を向けて飛行すると約20キロ離れる事になる。
「3、2、1、ドックファイト開始」
遥はそう呟くと、ステックを手前に一杯に引いた。
そのままアフターバーナー出力に入れる。遥のF35B—Jは速度エネルギーを位置エネルギーに変換しながら急激に上昇していた。そしてループの頂点3万8千フィートで方位をほぼ反転させ、背面で下方に居る筈の拓也の機体を探した。
HMDSの表示によると、拓也のF35B—Jは右に水平旋回している。
「あれね!」
遥は拓也の機体をHMDSのズーム表示で確認すると、アフターバーナー出力のまま背面で拓也の機体に向けて降下を開始した。
速度が超音速を超えマッハ1.2に達する。
しかし、拓也の機体もアフターバーナーを焚いて、遥のコースに正対して来た。
このままでは激突してしまう。
「チキンレースって事ね……。負けないわよ!」
遥はそう呟くとマッハ1.2のまま、拓也の機体を目掛け自分の機体を操った。
しかし、拓也の機体は微動だにせず正対したままだ……。
「あっ、ダメ」
遥はステックを右に倒して、衝突コースから回避した。
そしてもう一度拓也の後方に回り込む為右斜め上のループに入った。旋回加速度は8Gを超える。しかし拓也の機体が想定コースに居ない。
その時、HMDSの警告が表示される。
「えっ?」
拓也の機体がいつの間にか遥の機体の後方に取り付いている。
「なんで……?」
そのままHMDSにロックオンの表示が出た。
「遥、俺の勝ちだね」
二人の機体はドックファイトを終了し、百里基地に向けて高度3万フィートで編隊飛行に入った。
「拓也、さっきのマニューバーは何? どうやってあの位置で私の後方に回り込んだの?」
「偏向ノズルを使ったんだ。F35B—Jは垂直離着陸を行うから、機体内の垂直ファン共に後部のジェット噴射を下向き90度に偏向出来るんだ。これを使って機体を急回転させ経路を強引に捻じ曲げたんだ」
「えっ、そんな事出来るの? それは知らないと出来ないよね……」
「まあ、何度か経験している分、アドバンテージがあると言う事かな。流石に、これで遥に負けたら立ち直れなかったかな……」
「うーん、勝てると思ったのに残念だな……」
「でも遥の操縦も凄いね。流石だ。それじゃ、このままイベントに行こうか……」
拓也はそう言うとF35B—Jのコックピットに座ったままメニューを捲った。
機体の外の風景が変わり、どこかの空港の様だ。
左側に古いプロペラ機が並んでいる。
「あれは、ゼロ戦?」
「そうだ遥。ここは鹿児島県鹿屋基地だ。特攻部隊の作戦会議があるから、それを聞きに行こう」拓也から無線が入る。
「わかった」
遥はそう言うと、HMDSを脱いで、F35B—Jから降りた。
いつの間にかコクピットには梯子が掛けられている。
拓也も彼の機体から降りていた。そのまま二人で歩くと、百メートル程先にある木造の平屋の建物に入った。中には10数名の旧日本海軍の軍服を着た男性が彼等を待っていた。
リーダーらしき男性が拓也と遥に声を掛けた。
「よく来てくれた。坂本中尉、中澤中尉。私は桜花特別攻撃隊隊長の大森大尉だ。今日の作戦の成功の為には君達の新型戦闘機の活躍が欠かせない。君達の活躍を期待している」
拓也が応える。
「大森大尉。期待に添える働きが出来るように努力します。作戦の概要を教えて頂けますか?」
大森が頷いた。
「本日の目標は、米海軍空母ヨークタウンとレキシントンだ。2艦は沖縄を発って、僚艦と共に東シナ海を鹿児島方面に向かっている。我々の部隊は一式陸攻と桜花が10機、護衛の零戦が25機、そして君達の新型戦闘機が2機だ」
「米軍のレーダー性能は非常に優れており、敵艦の300キロ以内に近づけば検知され、護衛戦闘機を飛ばして来るだろう。しかし、桜花は滑空も含めた航続距離は50キロに過ぎない。敵迎撃機の攻撃を躱し、如何に母機の一式陸攻を敵艦50キロ以内に近づけるかが今回の作戦の成否を握る鍵となる」
拓也と遥は作戦会議を終え、建物の外に出た。
遥が大きな溜息を吐いた。
「太平洋戦争の日本軍のこの作戦は、やっぱり正しくなかったと思うわ。だって、特攻で敵の船を沈めたって、戦争の趨勢は変わらないわよね。さっき桜花の搭乗者見たけど、私達と変わらない歳だよね。彼等が生きて終戦を迎えた方が、日本の未来にどれだけ貢献出来たか……」
「遥。君の意見は正しいと思う。でも、彼等も意義を持って、この作戦に参加していると思うんだ。家族や大事な人の将来の為に……。俺も本当にそれが正しいかは分らない。でも、過去、実際に起こった事を、こうやって俺達が経験する事に意味があるんだと思う」
拓也は自分に言い聞かせる様に言った。
その時、遥は基地の有刺鉄線の外に一人の女性がこちらを見ているのに気付いた。
「拓也、私、少し、基地の中、ブラついてみるわ」
「ああ、作戦開始までは自由だから良いんじゃないか……」
遥は拓也に「じゃあ」と言って建物先に消えて言った。
拓也は自分の機体の側に戻った。そこに一人の若い士官がやって来た。
「坂本中尉。私は山本准尉です。今日の作戦をご一緒させて頂き、大変光栄です」
彼はそう言いながら拓也に向けて敬礼をした。
「君は、もしかして桜花の操縦者か……。歳は?」
拓也は彼に答礼しながらそう聞いた。
「20歳です。そして今日が私の命日になります」
「そうか……。君の作戦が成功する様に全力で支援するから頑張ってくれ」
拓也は本心からそう言った。
「この機体凄いですね。私は大学で航空工学を学んでいましたので、空力的にも洗練されたこの機体を一目間近で見たいと思い、中尉にお声掛けさせて頂きました」
遥は先程、基地の外でこちらを見ていた女性を見つけ、基地の中から声を掛けた。
「こんにちは。貴女は?」
その女性は基地の中から突然女性が声を掛けて来たのをとても驚いていた。
「あっ、私は…… あの……」
遥は想像していた質問を彼女にした。
「今日の出撃する人の中に、貴女の知り合いが居るの?」
その女性は大きく目を開いて遥を見つめた。そしてゆっくり頷いた。
「私の夫が今日、出撃すると聞いています。夫を二週間前に見送ったのですが、どうしても夫に伝えたい事があって、今日、鹿児島からここに来ました」
「旦那様のお名前は?」遥が聞いた。
「や、山本准尉です。桜花の操縦士です」
遥が目を開いた。遥と殆どの歳の変わらないこの女性の夫は、今日桜花で出撃して特攻するんだ……。
「ちょっと待って。確認してみる。ここを動かないで……」
遥は踵を返して、基地の建物に戻りながら、拓也を捜した。
彼はもう一人の士官と一緒にF35B—Jの側に居た。
「拓也、相談があるの。山本准尉を探したいんだけど……」
走って近づいて来た遥を拓也が見たが、横の士官も遥を見つめていた。その士官が声を上げる。
「中澤中尉。私が山本准尉です。御用は何でしょうか?」
今度は遥が驚く番だった。
「何故、あなたが坂本中尉とお話をしていたかは分らないけど、丁度、良かった。鹿児島からあなたの奥様がいらっしゃっているわ。大事な話があるんですって」
山本准尉は目を見開いた。そしてゆっくり言った。
「中澤中尉。この部隊では出陣前に家族に会ってはいけない決まりです。妻が外まで来ているのは知っていましたが、私は会う事が出来ません」
「何、言っているの? その決まりは何? 良いわ。私が大森大尉に掛け合ってあげるから会って来て」遥が声を荒げる。
山本が首を大きく振った。
「他の者も家族に逢いたくても逢えないのです。私だけ逢う訳には……」
遥の怒りは頂点に達した。
「もう、あなた馬鹿なの。上官命令よ。奥様と会って来て。分かった?!」
「あっ…… はい……」
「分かったら、早く行く。走れ!!」
「はい!」
そう言うと山本は走って行った。
「遥、君らしいね。お節介と言うか……」
拓也が微笑みながら言った。
「でも、彼は桜花に乗るんでしょ。最期に大切な人と会うのがどうしていけないの?」
「分かってる。相手の事を一生懸命考えるのは遥の長所だね。そう言う所好きだな」
「えっ? 何を……」
拓也のその言葉に遥は顔を赤く染めていた……。
基地の外を見ると、先程の女性の所に山本准尉が走って行った。
何か喋っているが、驚いた様に飛び上がり、山本は奥さんを抱き締めていた。遥は満足だった。
「中澤中尉、本当にありがとうございます。お陰で妻に逢えました」
暫くして戻って来た山本准尉は遥に大きく頭を下げた。
「で、大切な話って何だったの?」
山本は頭を掻きながら照れ臭そうに言った。
「妻のお腹に子供が居るそうです。私は父親になるみたいです」
拓也と遥は目を見合わせた。
「おめでとう。それは奥様、あなたに伝えたいわよね」
遥が言った。
「そうです。聞けて良かったです。これで心置き無く桜花に乗れます」
「えっ?」
遥は驚いた。きっと子供に逢いたいのでは無いか、桜花での出撃を躊躇うのでは無いかと思っていたからだ……。
「私が桜花に乗る事で、妻と子供の未来を創る事が出来るのです。私の子供の為に私の命が活かされると言う事です。これは大変嬉しく名誉な事と思っています」
山本が辞した後、遥は拓也に言った。
「私は、彼の考えに同意出来ない。彼の犠牲が彼の家族の為になる訳無い」
拓也は首を振った。
「でも、彼がそう言う解釈をしたって良いじゃ無いか? だって、彼は何れにしろ出撃するしかないんだから。彼が自分自身を納得させる想いを抱いて出撃して行く事を俺達は責められないよ」
拓也のその言葉に遥は反論する事が出来なかった。
拓也と遥のF35B—Jは、桜花を抱いた一式陸攻10機と援護の零戦25機と一緒に鹿屋基地を離陸して、奄美諸島に沿って東シナ海を南下した。
このファイナルステージでは10機の桜花の内、2機が敵空母ヨークタウンとレキシントンに辿り着けばクリアとなる。
遥は決めていた。
山本准尉を乗せた一式陸攻の2号機を必ず守り、山本の想いを完遂させる事を。
これがゲームだとしても多くの事を考えさせるシナリオだった。
高度は六千メートル、速度は450キロ。
遥がHMDSのレーダー表示を見ると、280キロ先に120機の戦闘機が上昇して来るのが映った。
「拓也。敵が来るわ」
「分かっている。俺は前に出て、出来るだけ敵を撃ち落す。遥は引き続き直援として残ってくれ」
「了解」
そう言うと、拓也のF35B—Jはアフターバーナーを焚いて、加速して行った。
「中澤中尉。聞こえますか? 山本です」
突然、無線から声が聞こえた。
「聞こえるわ。山本准尉。どうしたの?」
「今、桜花のコックピットに搭乗しました。もう一度、中澤中尉にお礼を言っておきたくて」
「もう良いわよ。あなたの母機とあなたは私が守るから、絶対、任務を成功させてね」
「了解です。何とか母機が切り離し地点まで到達してくれれば、絶対に成功させます。援護も本当に感謝します。それでは」
山本の無線が切れた。
遥は複雑な想いだった。彼の任務の成功は彼の命を散らすと言う事と同義だ。
「ゲームだと判っていても、こんなに心が揺さ振られるのは何故……?」
遥のHMDSの表示に拓也の機体と迎撃の戦闘機部隊が接触したのが表示される。
次々に迎撃側が数を減らしている。しかし、80機以上が拓也の攻撃をすり抜け、一式陸攻の編隊に迫って来た。直援の零戦がドックファイトに入った。
遥も直援を離れ、敵の戦闘機編隊に向った。
HMDSの表示によると敵機はF4Uコルセアだ。
味方の零戦の練度は低く、ドックファイトに入った機体はことごとくコルセアに撃墜させられていた。2機の一式陸攻が火を噴いた。
「こいつ!!」
遥はミサイルとバルカン砲で10機近くのコルセアを撃墜した。
拓也も戻って来て敵機を墜としている。しかし……。
「数が多過ぎる」遥は呟いた。
未だコルセアは50機以上が残っている。直援の零戦は既に20機以上が堕とされていた。そして更に3機の一式陸攻が撃墜される。
残りは山本准尉の母機を入れて5機だけだった。山本の母機に3機のコルセアが迫る。
「ダメ!!」
遥は偏向ノズルを一杯に動かしながらF35B—Jを振り回し2機を墜とした。しかし残った1機が山本の母機に銃撃を浴びせる。
一式陸攻の左エンジンから炎が上がった。遥は残った1機にバルカン砲を浴びせた。
「山本准尉。大丈夫?」遥は無線に問い掛けた。
「大丈夫です。母機も左エンジンを失いましたが、まだ飛べる様です。切り離しまであと20キロです」
「了解。良かった。何とか行けそうね」
既に、母機の一式陸攻は山本の機体を含め2機しか残っていない。
もう1機は拓也が護衛をしている様だ。
雲が晴れた。そして、その先にアメリカ海軍の艦隊の姿が見えた。
切り離しポイントだ。
「中澤中尉、ありがとうございます。この機体には無線が有りませんので、母機から切り離されたら通信出来ませんが、妻に夫は勇敢だったとお伝えください。そして生まれてくる子供に私の勇姿を伝えて下さい。お願いします」
遥は頬に涙が流れるのを感じていた。
「分かった。必ず伝えるから。任務の成功を祈っている」
「ありがとうございます。それでは行ってきます!」
母機から山本の桜花が切り離された。
20メートル程降下した桜花は後尾の4つのロケットエンジンを点火して速度を上げた。
綺麗な飛行機雲を引いて桜花が加速して行く。
遥もアフターバーナーを点火して桜花を追い掛ける。1機のコルセアが桜花の前面に迫った。
「邪魔するな!!」
遥はそのコルセアをロックオンし、AM120赤外線追尾ミサイルで撃墜した。
桜花の速度が音速を超える。アメリカの艦隊の中央右に居るレキシントンを山本は狙っている様だ。レキシントンからの機銃掃射が始まった。
機銃の近接信管は余りの桜花の早さに、桜花の後方で作動し、桜花を撃墜する事が出来ない。
「山本准尉……。行け!!」
遥のその声と共に山本の操縦する桜花は空母レキシントンの飛行甲板下の武器庫にマッハ1.1で突き刺さった。
物凄い轟音と共にレキシントンが二つに割れ轟沈した。
その1分後、拓也が援護していたもう1機の桜花が、空母ヨークタウンを轟沈させた。
「遥、やったぞ。ファイナルステージクリアだ!!」
拓也の声が聴こえたが、遥はF35B—Jのコックピットで号泣していて、その無線に応える事が出来なかった。
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