第12話 レースワールド

 暗転から現れた場所は鈴鹿サーキットのグランドスタンド上だった。

 ホームストレートが一望出来るその場所は、ここがレースワールドだと言う事を物語っている。

 拓也がメニューを捲った。

「遥。どれを選ぶ?」

 拓也が表示させたコースセレクト表示を見て、遥が呟いた……。

「四輪、二輪、ラリー、EV、ヨット、エアー……。うーん、何れが一番簡単なの?」

 メニューを見ながら遥が呟く。

「まったく想像出来ないんだけど……」遥が首を傾げた。

 拓也が説明を加えた。

「四輪は公道レースから始まってF1の年間チャンピオンを争うレース。二輪も同じ。ラリーの最後はパリダカールラリー、EVは電気自動車のルマン耐久を争う。ヨットはアメリカズカップの優勝。エアーは飛行機での世界一周速度記録」

「ふーん」と遥が言った。

「この中で四輪と二輪だけは参加者が多いから、いくつかの年代を模したレースが行われている。1900年代から2020年代が選択出来る。ただし参加人数が規定数集まらないと、その年代は選べない。四輪ではセナが全盛期だった1990年前半が人気だし、二輪はガードナーや平が全盛だった1980年後半が人気かな……」

「ペアで参加する場合、ファイナルステージは耐久レースになる。ピットイン毎に運転を代わってレースをするんだ」

 その拓也の説明を聞いて、遥が「えっ?」と言った。

「それって、私が車やバイクを運転するって事? ムリムリ! 運転した事無いもの……」

 遥が大きく首を振っている。

「遥、ここはゲームの世界だ。君は現実の世界でもThreeのサポートでヘリコプターの操縦をしただろう。この世界での運転や操縦は現実より遥かに簡単だよ。それに、このバーチャル世界とゲーム側の接続はThreeが介在しているから、更に問題無く操作出来る筈さ」拓也はそう言い切った。

「まずは、練習してみよう……。じゃあ、二輪を選ぶね」

 拓也はそう言うと二輪のメニューをセレクトした。

「選択できる年代は、この時間だと1980年後半か2000年前半か……。それじゃ、1980年後半を選ぶね……。じゃあ行くよ」

 拓也のその声と同時に周りが暗転し、新しい場所が現れた。

「ここは?」遥が周りを見渡している。

「鈴鹿サーキットのパドックさ。さあバイクを選ぼう。遥が素人だから250CCかな……」

 そう言うと拓也が車種選択画面を捲った。四車種が表示されている。

「遥、どれにする?」

「分からないけど、赤色のバイクにするわ……」

「OK、ヤマハのYZRだね。俺はホンダのNSRにするよ」

 拓也が二人のバイクを選択すると、目の前に二台のバイクが現れた。

「レーシングスーツに着替えよう。自分で選べるかい?」

 拓也がそう言い終わる前に、既に遥はレーシングスーツとヘルメットを選択して着替えていた。彼女は身体の線にピッタリと有った赤色の革ツナギを身に纏い、ヘルメットを小脇に抱えている。拓也もレージングスーツを選択し着替える。

「遥、それじゃヘルメットを被ってYZRに跨って」

 遥は頷くとヘルメットを装着した。そして彼女の赤色のYZRに跨る。

 拓也も同様にNSRに跨り、遥の横に車体を並べた。

「遥、それじゃエンジンを掛けよう。左のレバー、そうそれはクラッチだから、それを握って、右のグリップの横の赤いボタンを押してグリップを少し手前に回すんだ」

 遥は頷いてエンジンを始動した。

 キィキィキィと音がして遥のYZRのエンジンが始動した。パラパラパラという2ストローク車特有の音がする。

「遥、次は、クラッチを切ったまま、左の足先でギアを1速へ……」

 拓也がそう言うと、遥が拓也を振り向いた。

「拓也、大丈夫。Threeが操作のイメージをくれているみたい。ちょっと自分でやってみる」

 そう言うと遥はヘルメットのバイザーを降ろし、ギアを入れてバイクを発進させると、パドックからピットに出て左に曲がってピットロードを加速して行った。拓也もNSRのエンジンを始動すると、遥のYZRの後に続いた。

 既に遥はピットロードを出て、ホームストレートに入っている。拓也もそれに続く。

 遥は高速で1コーナーに突っ込んで行く。拓也も加速しながら1コーナーに入った。ここは半径100メートルの1コーナーに引き続き半径60メートルの2コーナーが続く複合コーナーだ。

 拓也は1コーナーのインを掠めて、そのままアウトへコースを取り、2コーナーのインを掠めて立ち上がった。前を見ると、遥は既にこの先のS字コーナーの入口に到達している。

「遥、何て速さだ! クソ、少し本気を出さないと……」

 S字コーナーを抜けて逆バンクの先、ダンロップコーナーでやっと遥のYZRに追いついた。遥のYZRは、ダンロップコーナーを左に深いバンク角で走行していた。

 後輪が少しドリフトしている。

「凄い、これは、Threeの力か……」

 拓也は遥の走りに舌を巻きながらも、これは負けられないと思いながら、遥を追った。

 デグナカーブの出口で遥のYZRに並んだ拓也のNSRだったが、立ち上がりでまた、YZRに置いていかれた。

「くそっ、加速はYZRの方が上か……」

 立体交差を潜って、ヘアピンカーブに向かう。

 遥のYZRが減速しながらヘアピンカーブのアウトギリギリを通って左に大きくバンクをしてヘアピンカーブを高速で駆け抜けて行く。拓也もそれに続く。ヘアピンカーブを抜けると、高速コーナーを進んでいく。そしてスプーンカーブを立ち上がって、バックストレートを加速していく。

 また、YZRの加速にNSRが離されていく。

「くそっ、まさか遥に負けてしまうのか……」

 バックストレートを抜けて130Rに、そしてシケインが見えて来る。

 遥がシケインに向けて減速し始めた。

 拓也はブレーキングをギリギリまで送らせて、シケインの入口で遥の背後を捕らえた。

 そしてシケインを抜け、最終コーナーの入口で遥のYZRの左側に拓也のNSRが並んだ。そのまま最終コーナーを抜けた所で、NSRはYZRの前に出ていた。

 後は加速勝負だ。3速、4速、5速、6速とレッドゾーンギリギリでギアチェンジして行く。

 ホームストレートの中央のゴールラインが近づいて来る。

 そして拓也のNSRはタイヤ1個分だけ遥のYZRに先行してゴールすることが出来た。

 拓也がピットに入り、ヘルメットを脱いで後ろを振り返ると、遥もピットにYZRを停めてヘルメットを脱いだ。遥が首を振ると彼女の長い髪が綺麗に広がった。

「もう。あと少しで拓也に勝てたのに。残念!」

 遥は手を腰に当てて、唇を突き出して見せた。

「でも、遥、凄いよ。これなら優勝も可能かもね」

 拓也は本当に驚いたと呟いた。

「バイクの運転って楽しいわね。気に入ったし、レースで優勝したい!」

 ヘルメットを左脇に抱え、遥が叫んだ。

 拓也は大きく頷いた。

「それじゃ、このまま二輪のレースを選択しよう」

 拓也はそう言うとメニューを捲った。

 二輪レースのファイナルステージの招待状を選択してクリックする。招待状の価格は320万クレジットだ。支払いに進むと、ファイナルステージが実行された。


 ファイナルステージは、『鈴鹿5時間耐久世界グランプリ』と言う架空のレースだった。クラスは250cc。

 拓也と遥は先程のトライアルで確認した加速性能から、ヤマハYZR250をレース用のマシンとして選択した。耐久なので、このレースは拓也と遥が交互に運転することになる。出場チームは32チーム。

 拓也はメニューを捲ると参加者リストを見た。

「あっ、凄いメンバーが参加している。ケニーと平のペア、グンとヒデヨシのペア、ガードナーとスペンサーのペア、アンダーソンとレイニーのペア。うーん、フィクションとノンフィクションが混ざっているね。でもアバターだから誰がどんな実力かは分からないけど……」

 拓也が読み上げた参加者は遥には知らない名前ばかりだったが、何れにしろテニスの時のアバターの実力を見ていた遥は楽観視していた。

「それじゃ、スタート準備に行こうか。遥」

 拓也のその言葉に遥は頷く。拓也がメニューを捲ると景色が暗転し、二人はスタートポジションに移動した。

 今回は招待状を使った決勝出場だったので、拓也と遥のペアのポジションは32チーム中32位、最後尾からのスタートなった。

 予選ポジションはバイクに掲げられたゼッケンで容易に判別できる。つまり拓也と遥のYZRのゼッケンは32となる。

 この鈴鹿5時間耐久世界グランプリのスタート方式はルマン方式と呼ばれるもので、横一列に並んだライダーは一斉にダッシュしてコースを横切り反対側に並んでいるバイクに跨ると、エンジンを始動してスタートして行く。

「遥、第1ライダーは俺で、第2ライダーが君だ。俺がスタート場所から走ってYZRに乗るから、君はグリッドに居るYZRを支えてくれ。交代は多分1時間後くらいだ」

「分かった。頑張ってね」

 そう言うと遥は、YZRに走っていった。

『スタート30秒前!』

 拓也はスタートラインに並び、コースの向こうの遥の支えるYZRを見つめた。

 遥が手を振っている。

『10秒前、5、3、2、1』


『ポーン』スタートのグリーンライトが灯った。全員一斉に走り始める。

 拓也はYZRに駆け寄ると飛び乗って、エンジンを掛けた。

 そしてギアを1速入れて後輪をスピンしながらスタートさせた。

『一団となって第1コーナーへ流れ込みます。先頭はポールポジションから飛び出したゼッケン1 ガードナー。その後方にはゼッケン4、ゼッケン3が続きます』

 ゲームの中だけど、現実と同じようなアナウンスが流れる。

 拓也がホームストレートを抜けて第1コーナーに入った時の順位は25位まで上がっていた。

『テグナカーブからヘアピンを抜けています。先頭は入れ替わってゼッケン4のヒデヨシです』

 拓也は順位を上げるのに苦戦していた。テニスの時と異なり、このファイナルステージに出場しているアバターの実力は侮れない。

『先頭のゼッケン4ヒデヨシは、大きく2位以下を引き離して最終コーナーを立ち上がり、ホームストレートへ躍り出ました』

 先頭がホームストレートを加速して行くとグランドスタンドから大きな声援が上がった。1周目が終わった所で、拓也の順位は18位に上がっていた。

「凄い、ハイペースだ。これでは体力もタイヤも持たないな……」

 拓也が呟いた。

『5周目に入ります。引き続きトップはゼッケン4ヒデヨシ。2位以下を10秒近く離して独走体制に入っています』

 拓也は8周目が終わった所で9位に順位を上げていた。先頭とは12秒程離されている。先頭のラップタイムは2分19秒17、拓也のラップタイムは2分21秒45だった。

「この後、遥が楽に走れる様に、少しペースを上げておくか……」

 拓也は呟くと、大幅にペースを上げた。

 拓也はホームストレートから第1コーナーへ向かいアウト側白線ギリギリからハードブレーキを掛けた。緩やかに1コーナーのインを掠めて、スピードを落とさないまま2コーナーのアウト側へ。そして深くバンクに入れ更に前輪のブレーキングを行った。

 荷重の抜けた後輪が外側にドリフトする。

 そのまま一気にコーナーの出口に向けてバンク姿勢のままアクセルを大きく開けた。

 拓也のYZRはパワースライドをしながら2コーナーを信じられない高速で駆け抜けていく。そのまま立ち上がりS字コーナーを左右にYZRをバンクさせ高速で進んで行く。

 ダンロップコーナーもパワースライドで通過していくが、コーナーの頂点でYZRが大きく外側に滑った。しかし何とかグリップを取り戻し、速度を落とさずテグナカーブに向かっていく。

 拓也はギリギリ迄ブレーキングを遅らせテグナカーブへ侵入した。

 高速で立ち上がり、ヘアピンを抜け、高速コーナーを右へ少しバンクさせながら進んだ。

 スプーンカーブを立ち上がってバックストレートへ向かった。最高速度320キロに達する。

 シケインが見えて来た。ギリギリまでブレーキングを遅らせギアを2速まで落とした。まずは右へバンク、そして左へバンク。

 最終コーナーに向けて更に加速する。最終コーナーもパワースライドで抜ける。

 最終コーナーからホームストレートに立ち上がって、最高速まで加速をして9周目を終えた。

『何と! 予選最下位のゼッケン32 拓也の9周目のラップタイム。とんでもない記録が出た! 2分17秒13!! これは鈴鹿の250CCクラスのコースレコードだ!! トップのゼッケン4ヒデヨシの9周目のラップタイムも2分18秒89とこのレース最速だったが、それよりも1秒以上も早いラップタイムだ!! 凄い!!』

 拓也はそのペースを守って走り続け、19周目、ゼッケン4ヒデヨシの1秒後方まで追い上げる事が出来た。

 30周目拓也は燃料給油とライダー交代の為、ピットに入った。

 同時にトップのヒデヨシもピットに入る。

 拓也はピットで停止するとYZRから降りて遥に代わった。

「遥。ペースは非常に早い。特に、前のピットに止まっているゼッケン4のNSRは、物凄いスピードだ。でもアイツを抜かないと優勝出来ない」

 遥は頷いた。

「分かってる。何とか離されない様に頑張るわ。後は、あなたが抜いてくれるんでしょう?」

 遥はヘルメットの中で、そう言って満面の笑みを見せた。

 ピットクルーから燃料補給が終わった事を告げられる。

 同時に前のゼッケン4がピットからスタートした。遥もそれを追ってスタートする。

 ゼッケン4のライダーはグンに変わっていた。彼もヒデヨシと同等の技量を持っている様だ。

 遥はゼッケン4の1秒遅れでピットロードから飛び出した。そしてゼッケン4に続いて第1コーナーに飛び込んだ。

 (そんなスピードで曲がれるの?!)

 遥が考えるほど、新しいゼッケン4のライダーのコーナーへの進入はクイックだった。

 信じられない程、NSRをバンクさせている。後輪だけでなく前輪もスライドしている。

 複合コーナーの第2コーナーを遥が抜けた時は、ゼッケン4のNSRは既に最初のS字に差し掛かっていた。

 複合コーナーだけで1秒以上は引き離されている。

「参ったな。でもこれはゲームだから、私は彼の走りを真似て学習出来る筈。しっかり後ろで参考にしないと」

 遥はゼッケン4のNSRを愛機YZRで果敢に追いかけた。

 ゼッケン4が最終コーナーを抜けてホームストレートに帰って来た。遥のYZRは2秒遅れくらいで、最終コーナーから飛び出して来た。

「遥、凄い、殆ど離されていない……」

『何と、ゼッケン4グン選手。31周目のラップタイムが2分16秒76だ!! 先程、9周目にゼッケン32拓也選手が作ったコースレコードをあっという間に塗り替えた。おっと、待ってください。2位に付けているゼッケン32遥選手のラップタイムも2分17秒82だ。これも昨日までなら鈴鹿のコースレコードだ!!』

 そのアナウンスを聞きグランドスタンドの観衆から物凄い歓声が上がる。

「遥、凄いな。大丈夫か……?」

 拓也は遥の実力に驚きつつも、あまりのハイペースを心配していた。

「でも、確かに奴に食い付かないと勝てないけど……」

 遥はゼッケン4の走りのライン取り、パワースライドのタイミングを31周目の追走で完全に理解をしていた。そして32周目は各コーナーをゼッケン4と同じコース取りをトレース出来た。

 更に遥は相手のNSRよりYZRの方が高出力である事を利用して、高速コーナー、バックストレートでゼッケン4との距離を詰めるのに成功していた。

 次の32周目、ゼッケン4のNSRが最終コーナーを飛び出して来た。そして、何と遥はゼッケン4との距離を詰めて最終コーナーを飛び出して来た。

 2台相次いで、グランドスタンド前を通過する。

『何と!! ゼッケン4がコースレコードを再び塗り替えました。2分16秒65です。凄い、何処まで伸びるのでしょう? えっ? ちょっと待って下さい。ゼッケン32が何と更にコースレコードを塗り替えた。2分16秒32です。何て速さだ!!』

 グランドスタンドの観客はもう総立ちだった。物凄い声援が上がる。皆がレースの行方を見守っていた。

 33周目、周回遅れの処理が始まる。周回遅れとラップタイムで10秒以上異なる先頭の2台は、周回遅れのコース取りに阻まれて、最速ラップが出せなくなっていた。

 そして62周目で遥がピットに入った。ゼッケン4のグンはピットインしなかった。

「遥、凄い走りだった。ゲームの中とは言え素晴らしいよ。結局、最初のピットの遅れのみで帰って来たね」

 拓也は遥の代わりにYZRに跨ると肩で息をしている遥かに向かって言った。

「周回遅れの処理が無ければ抜けたと思うわ。残念だけど。奴らを抜くのはあなたに任せたわ」

 遥はそう言ってヘルメットを脱いだ。

 拓也は大きく頷くと給油終了を待って、ピットロードに飛び出した。

 ゼッケン4は65周目にピットインした。

 そして拓也が65周目のホームストレートを加速していると、前方のピットロードからゼッケン4が飛び出して来た。2台でほぼ並んで1コーナーに飛び込んだ。

 拓也がイン側だったが、拓也はブレーキングタイミングを遅らせて、大きく右にバンクさせながらパワースライドで2コーナーまでのライン取りをし、2コーナーの出口ではゼッケン4を1秒以上離していた。

 次の遥が楽できる様に、ここで出来るだけアドバンテージを取っておく事が拓也の作戦だった。

 その後の、S字、ダンロップ、テグナカーブ、ヘアピン共、今まで以上の深いバンク角で、今まで以上に早くアクセルを開けて前輪・後輪を大きくスライドさせながら駆け抜けて行った。

 そしてエンジンパワーに物を言わせバックストレートで更にゼッケン4を大きく離した。そのまま130R、シケインに飛び込んでいく。

 最終コーナーをパワースライドで抜けた。それを見ていたグランドスタンドの観客から溜息が起きる。拓也はホームストレートを駆け抜けた。

 『何と!! ゼッケン32番は何処まで行くんだ!! 66周目のラップタイムは何と未踏の2分15秒98だ。これはもう500CCのコースレコードも塗り替えている!!』

 再びグランドスタンドは大歓声に包まれた。

 しかし……、拓也はある問題に気付いていた……。

「これじゃ、タイヤがゴールまで持たないかも……」

 拓也がコーナーをドリフト走行する度に、タイヤのコンパウンドが削られているのだ。5時間の耐久終了には150周程度周回しなければいけない……。

「少し、スライドを抑えて走るか……」

 その後の拓也は2分16秒前半で各周回をラップし、98周目、遥にバトンタッチする時には、ゼッケン4を18秒程引き離していた。

「遥、ゴメン。タイヤを使い過ぎた。スライドを抑えて走ってくれ」

 遥は頷くとピットロードを駆け抜けていった。

 ゼッケン4も99周目にライダー交代を行なった。

 100周目以降、遥は2分17秒前半でラップしていたが、ゼッケン4のグンは2分16秒前半のハイペースでラップを続け、120周目にグンは遥を捕らえた。

 そして、その周の最終コーナーで遥を交わしてトップに躍り出た。

 122周目、両チームは最後のピットに入った。

「拓也、ゼッケン4のアイツ、ずっとパワースライドで走っていた。タイヤ、もうそろそろ限界じゃない?」

 遥は拓也と運転を代わりながら、そう言った。

「そうだね。もう直ぐペースを落とす事に…… 何?!」

 前に止まったゼッケン4が燃料補給も途中で、ライダー交代もせずスタートした。

「ライダー交代しなくてもルール違反じゃないの?!」

 遥が叫んだ。

「ルールは片方のライダーの競技時間が3時間を超えない事だ。彼等はグンが最終ライダーでも大丈夫と計算したんだろう。給油はもう良い!! 行くぞ!!」

 拓也はグンから遅れる事、5秒でピットロードを飛び出した。既にグンのNSRは第1コーナーに差し掛かっている。

 拓也は考えていた。

(残りは30周だ。奴にこれまでと同じ2分16秒前半でラップされたら、ゴールまでに交わすのは難しいかもしれない。でも、奴のタイヤはもう限界の筈だ……)

 拓也はタイヤを最後まで温存する為、パワースライドを抑制しながらも2分16秒前半でラップを重ねた。このラップはパワースライドを未だ多用しているグンのラップとほぼ同じだった。

 142周目。残り10周になった所で、拓也はスパートを掛けた。まだ先頭のグンとのタイム差は5秒強ある。タイヤの状況は定量的には分からないが、残り10周は持つ筈だという確信が拓也には有った。

 142周目の最終コーナーの立ち上がりから、拓也はタイムアタックと同じ集中力で、YZRに鞭を入れた。パワースライド走行を最大限に活用し全てのコーナーを最速で駆け抜けていく。そして142周目のラップタイムは……、

『またしてもコースレコードが塗り替えられました。ゼッケン32拓也選手です。そのラップタイムは2分15秒35。15秒前半だ。ゴールまで後20分、彼の何処にこんな瞬発力が残っているのでしょう!!』

 拓也はそのまま2分15秒台でラップを続け、151周目の最終コーナーでゼッケン32のグンを後1秒の位置まで追い詰めた。


 5時間を超えた。次の152周目が最終ラップだ。

 拓也はホームストレートの加速でグンのNSRとの距離を更に詰める。

 第1コーナーが近づく。拓也は外側一杯から最大限YZRをバンクさせた。バンク角センサーが地面を削る。前輪ブレーキを掛け重心を前輪へ移すと、後輪をスライドに入れた。

 そして、第2コーナーに向かって大きくパワーを入れた。後輪が悲鳴を上げて大きくスライドする。前輪も遠心力に負けて滑る。それをコントロールしながら最大加速で第2コーナーの出口からS字に向かう。

 S字の入口でグンのNSRと並んだ。しかし周回遅れに阻まれて抜けない。拓也は周回遅れの処理で1.5秒程ロスしてしまった。諦めず追従する。

 S字を5速全開で、右、左、右、左とクイックにバンクを繰り返しながら高速で駆け抜けた。ダンロップコーナーを暴れるYZRを抑えながら豪快なパワースライドで通り抜けた。テグナカーブ、ヘアピンを抜けると再び、NSRを捕らえた。

 スプーンカーブを抜けバックストレートに入る。YZRのパワーがストレートのエンドでNSRにほぼ並ぶ事を可能にするが、シケインへのライン取りは少し前に居たグンが有利だった。

 シケインにNSRが先頭に侵入した。そして、シケインを抜け最終コーナーに突入する。

 拓也は今までにない程、ブレーキングを遅らせて、YZRを右へ最大バンクさせた。パワースライドでグンのNSRの回転半径の内側に入る様にYZRをコントロールする。

 しかし、グンのNSRはラインを譲らない……。

(ダメか……!!)

『最終コーナーを先頭の車両が抜けてきます。トップはNSRです。直ぐ後ろにYZRが続いています。あとは加速競争です! おっと、NSRの前輪がスライドした!! ハイサイドだ!!』

 グンのNSRの前輪はパワースライドの多用による劣化が限界に来ていた。そして最終コーナーの遠心力に追従できず大きく外側へスライドした。グンがその動きにハンドルと重心で合わせたが、時すでに遅くバイクは発散運動に入り、ライダーをコーナーの外側に投げ飛ばした。

『最終コーナーをトップで立ち上がったのはゼッケン32。今、グランドスタンド前のゴールラインを横切ります。チェッカーフラッグが振られました!!』

 グランドスタンドの観客が総立ちで拓也の優勝に惜しみない拍手をしている。物凄い歓声だ。

拓也はゴールラインを超えると、バイクの上で立ち上がりガッツポーズをした。ピットロードで遥が大きく手を叩いている。

『おめでとう!! 拓也、遥チーム! なんと彼等は予選最後尾から優勝をもぎ取りました。そして拓也が142周目に記録した2分15秒35のラップタイムは鈴鹿のコースレコードを大きく塗り替えました。素晴らしい記録です』

 拓也はウィニングランを行うとピットに戻った。

 遥が大きな笑顔で拓也を待っていた。

「拓也、やったね。私、とっても嬉しいわ!」

 遥はバイクに跨ったままの拓也に抱き着いた。

「遥、ありがとう。二人で勝ち取った優勝だね。君も凄かったよ」

 そう言いながら、拓也がヘルメットを脱いだ。

 突然、遥が拓也にキスをした。

「えっ? 何を……?」拓也が驚いて声を上げると遥が言った。

「だって、レースで優勝したら、レースクイーンのキスが貰えるんでしょう。ここには居ないから代わりに私のキスで我慢してね」

 頬を赤らめた遥は本当に嬉しそうだった。


 レースワールドのファイナルステージの優勝により、次のワールドの選択が可能になった。

 拓也はメニューを捲ってワールド選択画面に行った。

 残りの選択は『ファンタジー』『スペース』『ウォー』だ。

 もちろん、シークレットエリアに入るTipsに従い、『ウォー』選択する。

 次のワールドに向かって、もう一度周りの景色が暗転し始めた。

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