第10話 スポーツワールド、ウィンブルドン
拓也は自分の身体を動かしてみた。
これがアバターだと信じられない動きと感覚だった。
また、オリジナルコクーンでは、VRゴーグルでCGとして得られていた視野も、現実の風景が広がっている様に見える。
右横に居る遥もCGとは思えない。生身の遥と寸部と変わらない。
遥も身体を動かしてみている。
「遥。感覚はどう? 違和感ない?」
拓也は遥に問いかけた。
「違和感どころか……。これ本当に現実じゃないの? 信じられない。何もかも普通の感覚に思える……」
遥はとても驚いたという風に目を丸くして見せた。
「ゲームの中だよ。例えば……」
そう言って拓也が右手を横に振ると、目の前にメニュー表示が現れた。
「ほら、ここが現在位置。ウィンブルドンだよね。またこれがクレジット。凄い650億クレジットも入っている。確かに招待状を買う原資としては問題ないね」
拓也はメニューを見ながら言った。
「着替えよう。テニスウェアを呼び出して、どれにする?」
拓也がそう言うと、遥は自分で右手を動かしてメニューを出した。
「大丈夫、自分で選ぶから……」
拓也は「フーン」と言って、テニスウェアメニューからホワイトの上下を選んだ。
『ブン』という音と共に、テニスウェアが身体に装着される。やはりここはゲームの中だ。
遥を見ると同様にホワイトの上下を選んでいた。
そしてバイザーを頭に装着し、髪をポニーテールにしてる。
「ちょっと、着替えているの見ないでよ」
拓也に見られているのに気付いて、遥が苦言を言った。
「大丈夫だよ。服は『切り替わった』だけだから。何も恥ずかしいこと無いだろう?」
「それでも嫌なの。乙女心、理解しなさいよね!」
遥が腰に手を当てて怒って見せた。そんな仕草も可愛いなと拓也は思っていた。
拓也は『はっ』と気づき、メニュー画面を捲って、招待状の発行をクリックした。
予選をスキップし、このスポーツワールドのファイナルステージ『ウィンブルドン決勝』にチャレンジする為の『スペシャルパーミッション』招待状を購入しなければならない。
価格は180万クレジットと出ている。
支払い、Yesと進んでファイナルステージの招待状をGETした。
その瞬間、ウィンブルドンセンターコートに掲げられているミックスダブルスのトーナメント表に二人の名前が表示された。
32チームの出場枠があり、今の所、4チームは空欄になっている。少なくとも4つの試合に勝てば優勝という事だ。
拓也と遥のペアは三番目の試合順で今は前の組が試合中だった。
「さて行こうか……」拓也が言うと遥が頷いた。
二人は競技場に向かってに進んで行く。競技場の中に入ると物凄い歓声だった。その歓声に混じって、ボールが左右のコートを行き来する音が聞こえる。
「ラブ・フォーティ」
センターコートのスコアボードを見ると、5―7、7―6、5―2と進んでいる。
「遥、前の試合終わりそうだね。俺達も準備しよう」
拓也がそう言うと遥が頷いた。そして二人で出場者準備室へ向かった。
出場者準備室で少し待つと、前の試合が終わった様だ。
「遥、拓也、コートに入って下さい」そうアナウンスが流れた。
拓也と遥はコート横の狭い通路を抜けてセンターコートに立った。
物凄い歓声が響く。相手は……、
「ケンとリサ、アメリカ人ペアか……」拓也が呟いた。
彼らのアバターは人間ではなかった。耳の大きなネズミの男の子と女の子がテニスウェアを着ていた。拓也は(あのネズミどこかで見た様な……)と思いながら、勝てば良いやと思って気にしなかった。
試合はケンとリサペアがコートを取って、拓也と遥ペアがサービスを取った。
「さあ、ネズミの国のアバター君。遥の弾丸サーブを返せるかな……」
拓也はトスアップに入った遥を横目で見ながら、反対のコートに居る二匹のネズミを見つめた。
勿論、姿に似合わない動きをする可能性もあり、充分注意をしなければいけない。
拓也と遥のペアは絶対に勝って、次のワールドを目指さなければいけないのだから……。
「はっ!」
遥の振り下ろしたラケットが高速でボールを加速させた。そして遥のサーブが相手のコートに突き刺さった。サービスエースだ。
二匹のネズミはまったく動くことが出来ず、その余り早いサーブに二匹で目を合わせるだけだった。
「フィフティーン・ラブ」
遥はサーブの位置を左に変え、次のサービスに入っている。
遥のラケットが振り降ろされると、今度は先ほどと逆のライン上にボールが突き刺さった。ネズミの女の子がボールを追ったが、彼女のラケットは中を切っただけだった。
「サーティー・ラブ」
結局、拓也と遥のペアはその試合を1ゲームも落とすことなく、6―0、6―0で勝利した。
また、準々決勝、準決勝も同様に1ゲームも落とすことなく勝ち上がった。
「これは楽勝ね」
遥が勝利は貰ったと言わんばかりに満面の笑顔を浮かべている。
しかし決勝は『とんでもない』相手だった。
「錦織と大坂のペアだって?」 拓也は目を見張った。
「ケイとナオミのペアよ」遥もビビッている。
そのアバターは正にあの有名な二人だった。
「これは流石に厳しいか……」拓也が自信無さげに言った。
「でも彼等と試合できるなんて、夢みたいだわ。頑張りましょう」遥は前向きだった。
ケイとナオミペアがサーブを取った。
「ナオミがサーブだ。弾丸サーブが来るぞ。遥、少し右へ」拓也が遥に指示した。
「分かってる。拓也、そんなにビビッていたら、拾えるものも拾えないわよ」
そう遥が言い終わるのを待たず、ナオミがトスアップをしてラケットを振り降ろした。
弾丸サーブが突き刺さる……「あれ?」
非常に緩やかなサーブだった。
「もしかして、馬鹿にされている……?」
遥は考えながら、バウンドしたサーブをリターンした。遥から見て右側のオンラインギリギリに、遥のボールが突き刺さった。ナオミはサーブ位置から、必死で走ったが追いつけなかった……。
「ラブ・フィフティーン」
ナオミが左のサーブ位置に移動した。そして次のサーブに入る。
「今度こそ、弾丸サーブが……」拓也は覚悟した。
しかしナオミから放たれたサーブは、先ほどよりも速いものの充分リターン出切るスピードだった。 拓也はコートを走り、相手コートの右のライン際ギリギリにリターンをした。ケイが反応してボールを追ったが返せない。
「ラブ・サーティー」
結局、この決勝の相手は、錦織と大坂のそっくりのアバター使っただけの選手だった。
結果、拓也と遥のペアはウィンブルドンの優勝の栄冠を手に入れた。そして次のワールドへ移動する為の切符を手に入れることが出来た。
「やっぱり楽勝だったね……」遥が嬉しそうに拓也に微笑んだ。
「まあ、俺達の得意種目だからね。でもこれからはそうは行かないぞ……」
拓也が諭すように遥に言った。
拓也が目の前で右手を振ると、またメニューが現れた。
先ほどまで表示されていなかった、次のワールドの選択肢が表示されている。
『スペース』『サスペンス』『レース』『ウォー』『ファンタジー』
拓也はシークレットエリアに到達するTipsに従い、次のワールドとして『サスペンス』をセレクトした。
いくつかのオプションが表示される。
1・ロンドン
2・時刻表
3・自動車
4・ロシア
5・マッハ
・
・
「遥、どのミステリーを解きたい?」
拓也は自分の前に現れているメニュー画面を見ながら遥に声を掛けた。
「何か良く分からない内容ね……。それぞれどんな内容なの?」
遥は首を傾げながら拓也に聞いた。
「俺は全てのオプションを一回はチャレンジしている。毎回、解くべき謎は異なるけど、『ロンドン』は十九世紀末の私立探偵としてミステリーを解く話だし、『時刻表』は時刻表トリックを刑事になって解く課題。『自動車』は自動車会社の不正を暴く内容だし、『ロシア』はロシア革命を成功させるミッション。『マッハ』は飛行機の墜落の謎を解くものかな……。どれにする?」
遥は首を振った。
「全然分からない、拓也が決めて」
拓也は少し考えて
「それじゃ、これまでの俺の経験から一番簡単だと思える『時刻表』にしようか……」
拓也はそう言うと、メニュー画面で時刻表を選択して実行した。
瞬間的に二人の周りが真っ黒となった。そして数秒で新しいワールドに移った。
周りを多くの人が行き交っている。
「ここは?」遥が拓也に尋ねる。
「東京駅、八重津口だ」拓也が確信を持って言った。
『ミステリーワールド』の『時刻表チャレンジ』は、必ずここから始まるのを拓也は知っていた。
拓也はもう一度メニューを捲ると、『招待状の発行』を選択した。250万クレジットと出ている。拓也は躊躇う事無く実行ボタンを押した。
すると『ファイナルステージ:松本殺人事件』と表示される。拓也は未だ着ていたテニスウェアからスーツに着替える。一応、ここでは刑事として事件を解くのだ。
遥も拓也の着衣を見てパンツスーツに着替えた。若い二名の刑事があっと言う間に誕生した。そして選択可能となった『松本殺人事件』を選択すると、もう一度周りが真っ暗になり新しい風景が二人の周りに現れた。
松本城が目の前に見える。ここは長野県松本市。『ミステリーワールド』のチャレンジがスタートする。
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