第9話 ディスラプターチャレンジとは

 デビットは忠明の許可を受け、安曇アメリカの施設内にビルの脳波を解析するラボを開設した。そして、その施設に毎日ビルと一緒に通った。

 まだ二歳であったビルもこの父との活動を楽しんでいた様で、毎朝、嬉しそうにデビットの車のチャイルドシートに座って通勤をしていた。

 デビットはビルを連れてラボに入ると、施設内に設けられた解析ルームのベッドにビルを眠らせる。そしてビルの頭に脳波センサーを取付て彼の脳内にある『腫瘍』とコミュニケーションを行った。

 コミュニケーションは、デビットの問いかけに、ビルの脳波から出てくるアスキーコードを変換したテキストメッセージを介して行われた。

 ビルが眠っていても、その腫瘍は覚醒していて、ビルの聴覚を通じてデビットの声を理解する事が出来ていた。

「もう一度聞く。君は何だ?」デビットはもう何回目かの問い掛けを行った。

『私は、One。ビルの頭の中に居る』

「何故、君はビルの頭の中に存在するんだ?」

『遺伝子操作で創造された』

「誰がビルと君の遺伝子操作をしたんだ」

『その点は秘匿エリアだ。答えられない』

 デビットは少し考えて言った。

「分かった。その他の質問には答えてくれるんだな?」

『そうだ、全ての質問に答えよう』

 Oneから得られたデータにより三人の子供達の頭の中に存在する腫瘍に関する多くの情報が明らかになった。

 この腫瘍部分には全ての感覚・運動神経が巻き込まれており、Oneと呼ばれる腫瘍内では多くの情報処理が行われていた。そしてビルの全ての思考、感覚、演算、運動処理のサポートをしていた。これにより二歳になったばかりのビルが歳不相応の能力を獲得していたのだ。

 また、日本に居る二人の男の子と女の子、拓也と遥の頭の中に居るTwoとThreeも全く同じ能力を持っている事が分っていた。この為、三人の解析を同時に行う事となり、日本に居た拓也と遥も安曇アメリカの研究所に移され、毎日脳内の解析が行われた。


 半年が経過した。

 子供達の頭の中の腫瘍は第二の脳と呼ばれ、子供達と共に成長していた。しかしここ数週間の第二の脳の成長は子供達の成長と比較して劇的なモノだった。次第に子供達の身体が第二の脳の指示に追従出来なくなって来ていた。

 未だ三歳前の子供達の身体には、既に成熟し多大な情報処理を行っている第二の脳の能力は過剰だったのだ。

『私達は彼等の身体を守る為、一旦、活動を休止する事を決めた』

 その日、デビットにOneが言った。

「どういう事だい? One」

 デビットは大きく目を見開いて聞いた。

『一種のフェールセーフだ。我々は既に成熟したが、宿主の彼等は未だ非常に幼い。この成長スピードの違いは彼等の身体に深刻なダメージを与える可能性がある。我々の処理速度で身体を動かそうとしても、幼児の彼等には限界を超えた運動となる。なので彼等の身体が成熟するまで、私達自身を封印する』

「封印したらどうなるんだ? もう君達とはコミュニケーションが取れなくなるのか? 彼等の能力は……? 人並みに戻るのか?」

『残念ながらコミュニケーションは取れない。また我々は過度な脳内処理を抑制し、彼等の成長に合わせた判断や処理を行っていく。引き続き彼等の演算や運動能力のサポートはしていくから、人並み以上の能力は維持されるだろう』

「いつまで、封印しておくつもりだ?」

『彼等が成熟する迄だ。そして彼等に私達の能力が必要になった時、覚醒する』

「どうやって覚醒するんだ。自分達でタイミングを測るのか?」

『私達は彼等の身体の成熟を見て、覚醒の準備に入る。ただ本当に覚醒すべきかどうかは、君達に判断してもらいたい。その為のコードを君達に託す』

 デビットは安曇忠明と話し合い、覚醒コードは、ビルの父『デビット』と拓也の父『坂本』、遥の父『中澤』に持たせる事にした。

 それが最も適切にタイミングを測れるだろう。

 封印の当日、デビットはOneからもう一つの非常に重要な情報を聞く事になる。

『デビット。実は私達の能力は未だ一部しか使われていない。この私達の本来の力を解放する事で君達は何故私達が存在しているかを知ることになるだろう。ただし、それはこの世界を破壊するもの(Disruptor)かもしれない……』

 デビットはそのOneの告白に衝撃を隠し切れなかった。

「One。それはどう言う意味だ? 私達の世界を破壊するって……? 尋常で無い発言だな」

『私達自身も、結果何が起きるのかは分からない。でも今からヒントとなるソースコードを君に伝える。もし君達がこのコードを解析出来たら、私達は本来の力を解放し、君達は全ての謎を知る事が出来るだろう』

 デビットは、ゴクリと唾を飲み込んだ。

(これは新しい未来を切り開く宝箱か? それとも忌まわしいパンドラの箱か?)

 デビットの思考には怖れは無く、寧ろ科学者としての探究心から、謎にチャレンジしたいと言う欲求の方が大きかった。

 『私が今から送るコードは莫大な容量だ。なのでパルス波のサンプリング周波数を50メガヘルツに上げて送る。記録する準備が出来たら教えてくれ』

 そして、Oneから二時間を掛けて送られて来たコードは、128テラバイトの巨大なデータだった。


「その日のうちに、君達の中に居る、One、Two、Threeは眠りについた」

 ディスラプタープレインのキャビン内で安曇忠明は続けた。

「私達はOneから入手したコードの解析を進めたが非常に巨大なファイルの上、暗号コードの羅列だった為、遅々として解析は進まなかった」

 安曇忠明はコーヒーを飲みながら続けた。

「しかし、三年前にビルの中のOneを『ある事情』で覚醒させる事になって、ビルがOneの力を借りてこのコードの解析を行った。そしてこの巨大ファイルが三次元の仮想世界のデータである事を突き止めたんだ」

「ビルはこれをゲーム世界として構成する事が一番素直だと考え、それを私に提案してくれた。そこで私はこのデータファイルを模倣したゲーム世界を安曇電気で開発する事を決めた。君達も知っているディスラプターチャレンジとして」

 忠明のその言葉に拓也は驚きを隠せなかった。

「えっ? ディスラプターチャレンジの世界は、Oneのデータに基づくって事ですか?」

 忠明が大きく頷く。

「正確にはデータの構成を活用して殆どの世界を造ったという事だ。だからゲームの中の殆どのシナリオはOneのデータとは関係ない。ただしファンタジーワールドの『あるエリア』にOneから取り出したソースコードで構成した世界を織り込んだ。『シークレットエリア』として」

「そうか……。ディスラプターチャレンジのオープンソースのエリア。ビルが開発したと中井さんが言っていた……。そこはビルが造ったのでなくて、Oneからのソースコードで構成されたエリアなんですね?」

 拓也は胸の高鳴りを抑えられなかった。

(ここに俺達の本当の謎が隠されているんだ……)

「ゲームの中のシークレットエリアには未だ誰も入れていない。勿論、これは一般人が安易に入ってしまう事を防止する為に、侵入出来ない『仕掛け』を施しているからだ」

 拓也は興奮していた。どんなにゲームの中を歩き回っても辿り着けなかったゴールが見えて来た気がした。

「私達もシークレットエリアに君達が入る事で『どんな事実』が明らかになるのか想像も出来ない。また結果として私達の世界を『壊す』どんな事が起きるのかも不明だ。しかし、この事実があるルートから漏洩してしまい、『彼の国』はここに隠された秘密が世界を壊す超兵器だと誤解して、君達を執拗に狙ったんだ」

 拓也と遥は目を見合わせた。二人は自分達が狙われた理由を初めて理解した。

「三年前、ビルも『彼の国』に襲われた。その事件を受けて、我々は米国政府へ情報を開示した。米国政府はこれを重大な国防課題と認識し、ビルは政府の保護下に入った。そして拓也君と遥君の事件を受けて、私は日本政府にも情報開示し、米国と日本政府が連携して三人を守り、謎を解く為に全力でバックアップしてくれる事になった」

「私のこの機体も改修費用は安曇重工が出資したが、改修の技術サポートやアンダーセン空軍基地での秘匿を維持した改修作業を米国政府がバックアップしてくれた」

「この機体には究極のバーチャルリアリティシステム『コクーンⅡ』が搭載されている。この『コクーンⅡ』を使って、君達は更に高度なゲームプレイが出来るだろう……」

 拓也は忠明の説明を聞きながら、もう一度機内を見渡した。

「つまり、この機体は……」

 拓也はゴクリと唾を飲み込んだ。

「そうだ。君達三人が究極のバーチャルリアリティ環境でゲームを実行する為だけに開発した君達の苗床、ディスラプタープレインだ。『コクーンⅡ』は、この後方にバックアップも含めて四台設置している」

 拓也の心臓は高鳴っていた。トップゲーマーとしての自分が、早くゲームをしたいと欲求を鳴らしている。

「中井君から聞いている様に、ファンタジーワールドのシークレットエリアに入る為には、スポーツ、サスペンス、レース、ウォー、ファンタジーというルートで各ワールドをクリアする必要がある」

「既にビルはこの順番でゲームをクリアして、彼のアバターはファンタジーワールドに居る。拓也君と遥君でゲームを進め、ファンタジーワールドに到達し、ビルと一緒にシークレットエリアを目指してくれ」

 拓也と遥は大きく頷いた。

「そして、もう一つ」忠明は続けた。

「この機体は君達がゲームを開始する前にアンダーセン基地を離陸してアメリカフロリダ州のケープカナベラルへ向かう。実はシークレットエリアに入るのに『あるトラップ』が仕込まれている事が分かっているからだ」

「それは何ですか?」拓也が聞いた。

「ディスラプターチャレンジには六つのワールドがあるが、シークレットエリアに入る為に通るワールドの中にスペースワールドが無いだろう。ビルの解析によるとファンタジーワールドのシークレットエリアはスペースワールドに近い構成の様だ。そして、そこに入る為には、更に究極のバーチャルリアリティ環境が必要で、それが実現できないとシークレットエリアから弾き出されてしまう。それがトラップだ」

「更に究極のリアリティと言うのはどう言う事ですか?」

 遥が聞いた。

「シークレットエリアの構成は宇宙だ。宇宙空間での加速度の模擬が必要だ。ゼログラビティも含め……」

 拓也が大きく目を見開いた。

「無重力や加減速Gを模擬する環境が必要と言う事ですか? それはどうやって……?」

 忠明は頷きながら続けた。

「私も最初は、このディスラプタープレインで無重量や必要なGを模擬する事を考えていた。君達も知っている様に、飛行機で弾道飛行をする事で数十秒の無重量を実現できるし、機体を旋回させれば、Gも発生できる」

「しかしゲーム内の動きを飛行機の動きで実現するのは不可能だと言う事が分かった。無重量のシーンが数分続いたら、弾道飛行は終わってしまって、ゲーム内で無重量のシーンなのに身体には重力が掛かってしまう」

「このトラップを解決する為、私はロケット打ち上げ会社スペースXに出資して、最新ロケット『ファルコンヘビー』で低軌道にコクーンⅡを載せたゲームラボを打ち上げる事にした。このゲームラボは三次元の遠心疑似重力装置を搭載しており、無重量から10G迄のあらゆる環境を模擬出来る」

「この機体が向かうのはケネディスペースセンターだ。ファルコンヘビーが打上げ準備を終えて、39A発射台で君達を待っている」

「君達は高度400キロの軌道上、つまり宇宙で、シークレットエリアにチャレンジしてもらう」

 その時、『ポーン』という音と共に、頭上のシートベルト着用サインが点灯した。

「安曇会長、機長の吉本です。今から離陸します。シートベルトの確認をお願いします。飛行時間は約十六時間。ケネディスペースセンターへの着陸は東部標準時の午前十時三〇分の予定です」

 機長からのアナウンスが流れる。

「それでは君達、離陸するからシートベルトを締めてくれ」

 拓也と遥は頷くとソファーに取付けられたシートベルトを装着した。


 程なく、エンジンを始動したディスラプタープレインは誘導路をタクシーし始めた。そして滑走路〇6Rからスムーズに離陸した。

 上昇が終了すると、機体は磁方位40度、北東に機首を向け三万五千フィートでフロリダへの大圏コースに乗った。

「安曇会長、巡航高度に達しました」

 機長のそのアナウンスを受けて、忠明は立ち上がり、拓也と遥に微笑んだ。

「よし二人とも、早速ゲームを進めてくれるか? 可能であればケネディスペースセンターに到着前にファンタジーワールドへ到達しておきたい」

 拓也と遥は頷いて、シートベルトを外すとソファーから立ち上がった。

「こっちだ」

 忠明が二人を連れて機体の後方に向かう。

 ソファーが置かれたエリアの後方に部屋が設けられており、忠明はその部屋のドアを開けて、中に二人を導いた。ビルも二人に続いて部屋に入って来た。

 そこには安曇電気の研究所で見たのとほぼ同じコクーンが四台設置されていた。

「このコクーンⅡのオリジナルとの最大の違いは、首から上の神経、視覚、聴覚を完全にアバター側に移せる事だ。つまり君達はVRゴーグルやヘッドフォンを被る必要は無い」

 忠明がそう説明した。

「オリジナルのコクーンは脊髄の神経情報を堰き止めて首から下のバーチャルリアリティを実現していました。コクーンⅡはどうやって視覚や聴覚を含む首から上の神経を模擬するのですか?」

 拓也のその問いに、背後に居たビルが答えた。

「このコクーンⅡは、僕達三人の専用さ。僕達の第2の脳に直接アクセスして、全ての神経接続と運動機能をアバター側に移す。結果、一般人では到底実現できない真のVRを実現できた。これは僕が開発したんだ」

 拓也はびっくりした様に立ち止まって、背後のビルを振り返った。

「そんな開発を君が……?」

「そうさ。もちろんOneの力を借りたけどね。僕も既に使ってみたけど素晴らしいよ。正に自分の身体と何一つ変わらずアバターを動かせるし、アバターが感じた五感を全て現実の物として認識出来る」

 そう言うとビルは胸を張った。

「さあ、これを両耳の前に付けてくれ。君達のTwo、Threeとアバターを通信させるサイコ検知器だ。これで脳波パルスをキャッチして彼等と通信をしながらアバター側へ運動や感覚機能を移していく」

 拓也と遥はビルから渡された左右一組のサイコ検知器を耳の前側に貼り付けた。

 そして、二人は隣り合ったコクーンに入り、そこに横たわった。

「君達のデータは安曇電気でセーブした状態を復元する。アバターも同じものだ。それとゲームの進行を促進させる為に、今、二人で実行しているゲームアカウントに必要なクレジットを入金しておく。これで各ワールドのラストステージの招待状を入手出来るから、いきなりラストステージのプレイが可能な筈だ」

 拓也は頷いた。どんな裏技を使ってクレジットを増やしたかは敢えて聞かなかった。ビルとOneであれば、そのくらいの事は容易だろうと思ったからだ。

「それじゃ、今からアバターへ切り替えるよ。キャリブレーションも安曇電気の研究所で実施済みだからスムーズにアバターを動かせると思う。それじゃ、頑張って」

 

その声と共に、突然、二人の視界が真っ暗になった。音も聞こえない。そして、次の瞬間、明るくなると同時に、二人は地面に着地した。

 二人が顔を上げると、目の前にウィンブルドンの競技場が見える。そこには『センターコート』と表示されていた。

「遥、行こうか」拓也は右に首を振って遥に声を掛けた。

「うん、行きましょう」遥が大きく頷いた。

 競技場内から大きな声援が聞こえて来る。

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