第8話 三人の秘密
拓也の手を握る忠明の握力は非常に力強く、既に七十歳を超えている筈だが、その顔つき、体躯は五十代と言っても良いほど若々しかった。
拓也との握手を終えると、今度は遥に握手をして忠明は続けた。
「それでは、そこのソファーに座ってくれ。ビル君も」
二人が戸惑いながら腰を降ろすと忠明も向かいのソファーに座った。ビルもその横に腰掛ける。
「加藤君、コーヒーを頼む」
忠明は振り返り、後ろに立っていた客室乗務員と思われる女性に声を掛けた。彼女が四人分のコーヒーを持って来て、テーブルに一つずつ置いていく。
「さあ、突然グアムに連れて来られて疲れただろう。まずはコーヒーでも飲んでくれ」
忠明がそう言って、自分のコーヒーカップにクリームを注いだ。
拓也はその声を無視して問いかけた。
「安曇会長、先ほどこの機体はディスラプタープレインで、俺達の『苗床』とおっしゃいましたよね? それはどう言う意味ですか? それに、俺達、そしてビルの中に居る、One、Two、Threeって何なのですか?」
忠明は少し目尻を上げて卓也を見ていたが、直ぐにはその問いに答えず、自分のコーヒーを口元に運んだ。
そしてカップをゆっくりとテーブルに置いて拓也と遥を見つめる。
「君達には、多くの事を話す必要がある事は分かっている。ただ私も知らない事実がある事は理解してくれ」忠明はそう言った。
「何をご存知で、何をご存じ無いのですか?」 遥がそう問いかけた。
「君達の中に何故、第二の脳が存在するのか? これは私も承知していない。その疑問はディスラプターチャレンジを解かない限り明らかにならないだろう」
拓也と遥は目を見合わせた。
「それ以外の事は、ほぼ承知している。私の知っている内容は全て君達に説明するつもりだ」
そうして忠明は説明を始めた。
「君達三人は、十七年前の飛行機事故に遭った。そして赤ん坊の君達三人のみが生き残った」
【十七年前 アルファ航空事故】
その日、アルファ航空447便は、ロサンゼルス国際空港(LAX)から成田国際空港(NRT)行きの定期便だった。
機体は安曇航空JEJ−200、当時、最新型のフライバイワイヤを搭載したこの機体は就航から六年を経過して無事故を誇っていた。
AL447便は、LAXの滑走路25Rを離陸し、方位310度でベイカーズフィールド、サンノゼの上空を飛行し、サンフランシスコの西からアメリカ大陸を離れ太平洋上に出た所だった。高度は三万二千フィート、対地速度は360ノットで飛行していた。
運行乗務員は三名。アルファ航空の乗務規定に従い、一名の機長と二名の副操縦士で構成されていた。
離陸から一時間を超え機長が休憩に入る時間になった。
「エリック、You have。休憩に入る」機長のジェームズが右席のエリックに言った。
「はい、ジェームズ、I have。ご苦労様です」エリックが応える。
「トロイ、後は頼む。二時間で戻る」
ジェームズは左席のシートをスライドさせながら後ろを振り返り、ジャンプシートに座ったもう一人の副操縦士トロイに問い掛けた。
「承知しました。ジェームズ。ごゆっくり」
ジェームズが立ち上がり、コックピットを出て行くと、ジャンプシートに座っていたトロイが左席に座りポジションを取った。
「エリック、この先に積乱雲が見えるぞ」
左席に座ったトロイがND(Navigation Display)に表示される気象情報を一瞥して言った。
エリックも気付いていたが、急速に雲が発達している様だ。
「そうだな、左に回避しよう」エリックも自分のNDを見て言った。
トロイが無線に呼びかける。
「オークランドセンター。こちらAL447。積乱雲を回避する為、方位を280度に変針したい」
「AL447、方位280度への変針を許可する。回避が終わったら連絡のこと」
「オークランドセンターAL447。方位280度、了解」
トロイの通信終了を聞いて、エリックがグレアシールド上の自動操縦の方位ノブを廻し280度にセットして実行ボタンを押した。機体は自動で280度に向けて旋回していく。
「おい、積乱雲の拡大が早いぞ。280度じゃ雲の端に掛かってしまう」
トロイがND画面を見ながらそう叫んだ。
その瞬間、機体が揺れる。積乱雲内に少し入ってしまった様だ。前方で稲妻の光が見える。
「さらに左に旋回しよう」エリックがそう言った時だった。
物凄い光が機体を包み、雷の音が近傍で鳴り響いた。
「機体に落雷したぞ。ダメージコントロール!」エリックが叫んだ。
トロイはECAM(Electronic Centralized Aircraft Monitor:電子式集中飛行モニター)を確認したが、何の警告も出ていなかった。
その瞬間、警告音が鳴り響き、突然、自動操縦が外れた。
「なんだ、どうした?」トロイが叫ぶ。
「分からない。手動に切り替える」エリックが言った。
ECAMにも異常が出ていた。
「右のピトー管の速度指示がおかしい。左右の対気速度計のアンマッチで自動操縦がキャンセルされたんだ」
トロイがECAMの表示を見て言った。
「エリック、速度が落ちてるぞ」
トロイがPFD(Primary Flight Display)の速度表示を見て叫んだ。
「OK、出力を上げる」エリックはそう言うとスラストレバーをMCT(最大連続出力)の位置まで前へ出した。
しかし、数秒で失速警告が鳴り始めた。
『Stall! Stall!』
機体は高度三万二千フィートで完全に失速し、機首を上に向けたまま急降下を始めた。
機体の異常に気付いた機長のジェームズがコックピットに戻ってくる。
「これは、何だ? 何が起こっている?」
コックピット内に鳴り続ける警報音に戸惑いながらも、ジェームズはトロイと席を替わって左席に着いた。
「エリック、何故、失速している? 上昇しろ!」
ジェームズは右席のエリックに言った。
「ジェームズ、僕はずっとステックを引いているのに上昇しないんだ」
それを聞いてジェームズは叫んだ。
「馬鹿か! 失速時は機首を下げるんだ。ステックから手を離せ!!」
それを聞いて、エリックはステックから手を離した。
ジェームズは、直ぐに左手のサイドステックを前に押して、スラストをTOGA(離陸最大出力)まで押し込んだ。
しかし、既に高度は二千フィートを切っており回復するには高度が足りなかった。
「なんてことだ。墜落するぞ!」それがコックピットでの最期の会話だった。
AL447便は、サンフランシスコ北西120キロの太平洋上へ、速度180ノット、降下率毎分一万二千フィートで墜落した。
墜落場所がカルフォルニアの沿岸であったこと、また墜落が昼間であったことから、沿岸警備隊のヘリコプターが墜落十五分で現場に到着したが、現場には多くの残骸と死体が浮んでいるだけで、乗員乗客二二八名全員は死亡したものだと思われていた。
しかし、沿岸警備隊のヘリ、MH−60Tジェイホークが海面に浮いている垂直尾翼上で三人の赤ん坊を見つけた。
それは日本人の男の子と女の子が二名、米国人の男の子が一名だった。
当時も、他の遺体は損傷が激しく、機体と一緒に深海に引き込まれたものも多かったにも関わらず、ほぼ無傷で乳飲み子のみが救助された件に関しては大きな論議となった。
その三名は両親がAL446便の事故で他界してしまっており、アメリカの施設に預けられる事になっていた。
【ディスラプタープレイン 現在】
「この事故は安曇航空機製のJEJによるものだ。確かに事故の原因は、副操縦士の不適切な操縦だったが、更に高いレベルのフェールセーフ設計が出来ていれば二二五名の尊い命を失わずにすんだ。私は自戒の意味を込めて三人の赤ん坊を安曇グループで引き取ることにした。日本人の男の子は安曇航空機の課長だった坂本君に、女の子は安曇重工次長だった中澤君に、そしてアメリカ人の男の子は安曇アメリカのマネージャーデビッド・シュナイダー君に、それぞれ養子として育ててもらう事になった」
「君達の能力が人並み外れているのは直ぐに分かった。一歳で言葉を操り、本を読み始めた。君達が生還した事情。またその潜在能力を含め、二歳になった君達の身体を安曇病院で精密検査を行った。すると脳のMRI検査で脳内に腫瘍がある事が分かった。その腫瘍は脳幹の前側の大脳下部、通常下垂体がある場所に小脳の三分の一くらいの大きさで存在し、その影響で、下垂体の位置が上部に移動し、小脳が通常の半分の大きさで、脳幹の位置も通常よりずっと後ろに存在していた」
拓也と遥は目を見合わせた。
(それがTwoとThree……?)
「脳波を測定すると脳波が脈動しているのが分かった。最初はそれが何故発生しているのか? どう言う意味があるのか分からなかったが、ビルの父デビッドが、脳波をスペクトラム分析して、脳波に約五キロヘルツのパルス波が乗っている事を発見した」
「そしてそのパルス波を解析するとあるアスキーコードの繰り返しだった」
「それをアルファベットに変換すると、『Can you hear me? Can you hear me?』を繰り返していたのだ」
「聴こえますかって聞いてるの?」遥が呟いた。
忠明が大きく頷く。
「そしてデビットが『聴こえる。君は何だ?』と問い掛けると、あっという間にパルスによる会話が始まったのだ」
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