第7話 Oneとの出会い

 拓也は少しずつ覚醒している自分に気付いていた。徐々に、耳に大きな騒音が聴こえて来る。タービンエンジンとヘリのプロペラが空気を切る独特の音だ。

 拓也がゆっくり目を開くと、正面には灰色の戦闘服に身を包んだ白人の男性が座っている。彼はヘルメットを被り拓也を睨んでいる。

 拓也が左右を見渡すと、そこは航空機の機内だった。ただ通常の旅客機と違い、幅三メートル程の機内に、通勤電車と同じように横向きに座席が設置されており、その右側席の真ん中に拓也は座らされていた。シートベルトは装着されているが、幸いそれ以外の拘束はされてない様で、両手・両足を自由に動かす事が出来た。

 拓也が左に首を振ると、横に遥が座っている。まだ、覚醒していない様だ。右に大きく首を振ると、前方にコックピットが見え二人の乗員が操縦している。

 この機体内の形状、コックピットのスクリーン配置、ヘリコプターの様な音。そして、気を失う前に研究所で見た機体。

(この機体はオスプレイだ)と拓也は考えた。

 コックピットのウィンドウスクリーンの先は、いつの間にか夜が明けている。

 先程、中井と一緒に食事してたのは午後十時だったから、既に七時間は経っている。

 拓也は正面の男に声をかけた。

「ここは? 俺達をどこに連れていくつもりだ?」

 そう拓也は聞いてみたが、その男は無言で首を振るだけだった。

 横の遥が目を覚ます。

「拓也、ここは?」

 遥は未だしっかりと覚醒していない様に見える。

「分からない。多分厚木の研究所で捕らえられて、何処かに輸送されているみたいだ」

 その拓也の言葉を聞いて、遥は周りを見渡した。そして前に座っている男にも気付いた。

「前の男性は? 軍人みたいだけど……。欧米人だから前回と違って北朝鮮に拉致されたと言う事じゃないわよね?」

「そうだね……。ただ状況が全く分からない……。これは大人しくしておくしかなさそうだ……」拓也が仕方ないと首を振った。

 不意に航空機が高度を下げ始める。コックピットのウィンドウスクリーンに真っ青な海とその先に浮かぶ島が見えて来る。

「あの島は……?」遥が呟く。

「結構、大きな島だね……。どこだろう……?」拓也も綺麗な海と島に魅了されながら呟いた。

 機体はその島に向かっている様だ。前方に滑走路を二本持った飛行場が見えてくる。誘導路に多くの全翼機が駐機している。

「あれはB2か……」拓也が呟いた。

「B2って?」遥が問いかける。

「アメリカ空軍のステルス爆撃機だ。つまりあの基地はアメリカ空軍の基地……」

「アメリカ? 何でアメリカが私達を……?」遥が呟く。

「遥、あの島は北側に空軍基地が有って……、見えるかい? 島の中央にもう一つ空港が見えるだろう? そして奥に丘が見える」

 遥が頷いた。

「あれはアンダーセン空軍基地、奥の空港はアントニオ・B・ウォン・パット国際空港。その先はニミッツヒル。あの島はグアムだ」拓也は確信を持ってそう答えた。

 そう言っている間に、機体は緩やかに高度を落としながら、空軍基地にアプローチしている。空軍基地に着陸すると、機体は滑走路を出て三分程で停止した。

 コクピットと反対、後部の壁全面が下側を支点に動き出し、上方から眩しい光が差し込んで来る。後部の貨物扉が開いているんだ。扉が完全に開くと、正面の男が立ち上がり言った。

「ベルトを外し、立って、外に出るんだ!」

 綺麗な英語だった。やはり俺達を拘束したのはアメリカだと拓也は確信した。

 二人はシートベルトを外し、立ち上がると機内を後方に向けて歩いた。そして貨物ドアをスロープにして、外に出た。

 前に黒塗りのジープチョロキーが停まっており、その前に制服を着た軍人二名と、その二人に挟まれる様に若い男性が立っている。二人を見るとその男性は笑顔を浮かべ右手を拓也に伸ばした。

「拓也、そして遥。初めまして。僕はウィリアム・シュナイダー。ビルと呼んで欲しい。君達に逢えるのを楽しみにしてた」

 拓也はビルと名乗ったその若い男と握手をした。その後ビルは遥とも握手をする。

「そして……僕はOne。ようこそグアムへ。Two、それとThree」

 拓也と遥は目を見開いてビルを見つめた。拓也が驚いた様にビルに問いかける。

「君がOneかどうかの前に質問させてくれ。どうして俺達をグアムへ連れてきたんだ? それも相当強引なやり方だったよね?」

 ビルは一瞬、口角を上げ意地悪そうな表情を浮かべた。

「あの後三十分で、安曇電気の研究所に敵の襲撃があるという情報を受けたから、君達を守る為に海兵隊に動いてもらったんだ。でも、海兵隊のオスプレイが研究所に到着したら、既に敵が所内に展開していて、急遽、君達をあの建物の九階から直接連れ出す為、少し手荒なやり方になったんだ」

 拓也は遥と目を合わせて頷いた。(そう言う事だったのか……)

「厚木の研究所からオスプレイでグアムまで飛んだんだけど、航続距離が足らないから自衛隊の硫黄島基地で給油をさせて貰った。この輸送作戦は日本政府もサポートしてくれている」

「日本政府が……」拓也が呟いた。

「北朝鮮の攻撃は日に日に激しくなって来た。君達を彼等に奪われる訳には行かないから、アメリカと日本の共同作戦がスタートしている。君達をグアムに運ぶミッションがその最初のものだ」ビルがそう説明してくれる。

「日本とアメリカが共同作戦をしていると言う事は、私達の秘密を政府は知っていると言う事ですか?」

 遥がビルに聞いた。

「そうだ、遥君の事件を受けて、安曇グループの会長が日本政府へ情報を開示したんだ。米国側は、既に僕自身が政府の保護下で活動していたから、米国政府と日本政府が話し合って、君達の保護に入ったんだ」

 また拓也と遥が目を見合わせる。

「安曇重工会長って、あの安曇忠明さん……」遥が呟いた。

「そう言えば、厚木の研究所で会った安村副社長が言ってたよな……。安曇会長が情報を持っていると……」拓也も呟いた。

「それに拓也、ウィリアム・シュナイダーって……、中井さんが言っていた……」

 遥が思い出した様に拓也に問いかけた。

「そうだ、ビルはディスラプターチャレンジのシークレットエリアの開発者だ」

 それを聞いてビルはニッコリと微笑んで頷いた。

拓也はビルへ向き直った。。

「ビル、たくさん聞きたい事があるけど、まず君のOneについて教えてくれるかい?」

 ビルがもう一度頷く。

「勿論、説明させて貰うよ。でもその前に移動しようか。こちらへ」

 そう言うと、ビルは拓也と遥を前方に停まっている車へ乗るように促した。二人はジープチョロキーの後席に乗り込むと、ビルが助手席に乗り込んだ。

「それじゃ、曹長。お願いする」

 運転席に座っていた空軍の下士官が頷くと、車をスタートさせた。

 車はオスプレイの駐機しているエプロンを離れ、滑走路24Lを横切って、二つの滑走路の間にある大型爆撃機の駐機エリアに向った。

 殆どの駐機場にはB2爆撃機が羽を休めていたが、四番目の駐機場に、ここでは見慣れない機体が見えた。

「あれは、ボーイング747―400。どうしてこんな古い民間機が空軍基地に?」

 拓也は呟いた。機体前部の二階部分にコックピット、四機のGE製CF6エンジン。主翼端にはウィングレット。正にジャンボと呼ばれた機体そのものだ。

 しかしその機体は真っ白な塗装となっており、どこの所属かを伺う知ることは出来なかった。

 車はその真っ白な機体に取り付けられたタラップの横に停止した。

「この機体に乗るんですか?」拓也が聞いた。

「その通り。さあ車から降りてタラップを上がってくれ」ビルが応える。

「この飛行機は何なんですか? どうして私達を乗せるんですか?」

 遥が(疑問だらけだわ……)という顔をして追加で聞いてきた。

「この機体は安曇重工の社有機だ。安曇重工は中古のボーイング747を購入して、ある目的の為に機内を大きく改造している。その改造内容は極秘だったので、米国政府がサポートして、機体を日本からここアンダーセン空軍基地に移動させてその作業を行っていた。機体改修は一昨日終了して、今日は改修後の初フライトだ。君達を乗せる理由は、機内に居る人物に説明して貰うよ。さあ、上がって」

 そう言うと、ビルは二人を先導してタラップを上がり始めた。拓也と遥は目を合わせると、肩を竦めてビルに続いた。

 搭乗ドアを抜けると、通常の旅客機とはまったく異なった機内風景が広がった。

 搭乗ドアの左側Aコンパートメント方向は完全に壁になっていて、重厚なドアが設置されている。右を見るとBコンパートメントは機体の左側が廊下になっていて、半分以上が隔壁で塞がれている。

ビルに促されて、二人はその廊下を歩いて行くと、やっと広いエリアに出た。そこには、機内とは思えないリビングルームの様な空間で、革張りのソファー複数設置されていた。その一つに座った人物が拓也と遥を見ると立ち上がって近づいて来た。右手を拓也に伸ばしている。

「あの人は……」遥が呟く。

「拓也君、初めまして。遥さん、久し振りだね。私は安曇重工会長、安曇忠明だ。ようこそ私の新しい実験室、そして君達の新しい『苗床』、ディスラプタープレインへ!」

 安曇忠明は拓也の右手を握りながら満面の笑みでそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る