第5話 ディスラプターチャレンジの中へ

 拓也の横で地面に着地した遥は左右を見渡した。そして驚いた顔をして、足を動かしたり、手を動かしたりしている。もちろんこれは遥の実際の身体でない。ディスラプターチャレンジの中に作られた遥のアバターが遥の意志に従い動いているのだ。先程、測定した遥自身の3Dデータを使ったアバターは正に遥そのものに見える。

 拓也も自分の身体を見渡した。拓也もテニスウェアを着ている。そして手や足は自分の思い通り動かせる。

 中井は首の脊髄部分から神経信号を取っていると言ったが、これは素晴らしい技術だ。正に究極のバーチャルリアリティシステムだ。

「拓也、あなた本当に実物みたい。凄い。私の身体も思い通り動くし、触った感じや衝撃も、本当に実物みたい」

 遥が拓也を見て言った。

「ああ、凄いね。これが実用化されたらゲームの世界が変わるね」

 拓也が頷いた。その時、中井の声が聞こえた。

「君達、どうだい反応は? 素晴らしいだろう」

 拓也は大きく頷いて言った。

「中井さん、素晴らしいです。このほぼ完璧に近いバーチャル環境、自分の身体と同じ様に動く感覚。感動しました」

 中井の嬉しそうな声が聞こえる。

「そうだろう。これは僕の研究の成果さ。まあ喜んでいる所悪いが、少しキャリブレーションが必要なんだ。一応、脊髄神経の信号から標準的な動きを実現しているが、スポーツやレースをやる時には人によって感覚がずれる事がある。最終的な商品で、どの様な形でキャリブレーションを行うかは決まっていないが、全身を動かす必要があるので、今はラジオ体操をして、動きを補正する事になっている。君達、ラジオ体操を知っているかい?」

 拓也と遥は目を見合わせた。

「夏休みの朝体操に行っていたから大丈夫」と拓也。

「父が、毎日やってたから知っている」と遥。

「よし、それじゃラジオ体操第一をやってみてくれ。君達の前にガイダンスの人形を出すから、出来るだけタイミングも腕や足の角度もそのガイダンスに合わせてみてくれ」

 そう中井が言うと、前に女性の体型をしたガイダンスの人間モデルが現れた。

 ラジオ体操の音楽が流れる……。

「腕を前から上に、のびのびと背伸びの運動から。はい!」

 拓也と遥は少し照れながら、両腕を大きく上に上げた。拓也の視界の中に腕の挙げる速度の補正値が現れる。

「いち、に、さん、し、ご、ろく、腕と足の運動!」

 ラジオ体操の動きに合わせ、足、腕、手、関節の補正値が確定していく。

「両足飛びの運動です!」

 ジャンプの補正値が確定した。

「いち、に、さん、し、ご、ろく、深呼吸です!」

「深く息を吸って、吐きましょう。ご、ろく、しち、はち……」

 ラジオ体操が終了した。

「二人とも補正値が非常に大きいよ。流石、運動神経が高いだけの事はあるね」

 中井が驚きの声を上げる。

「それじゃキャリブレーションは終わりだ。拓也君はゲームの内容知っていると思うけど、遥君は初めてだから簡単に説明するね」

中井のその声を聴き遥が大きく頷いた。

「先ほども説明した様に、ディスラプターチャレンジのワールドは六つ、『ファンタジーワールド』、『スペースワールド』、『ウォーワールド』、『レースワールド』、『サスペンスワールド』、『スポーツワールド』だ。今、君達は『スポーツワールド』に居る」

「各ワールド内では、いくつかの課題や謎が与えられていて、その課題や謎を解きながら、ワールド内のゴールを目指す事になる」

 拓也と遥は顔を見合わせて大きく頷いた。

「今回は、スポーツワールドでもテニス系の課題をセレクトしている。課題はウィンブルドンの優勝だ。それを達成すれば、次のワールド、サスペンスワールドへの入口が開く」

「ただテニスの試合になれば君達の混合ダブルスはトップの成績だろうけど、まずはウィンブルドンへの出場権利を獲得しなければならない」

「えっ?」

 遥がびっくりした様に言った。

「大丈夫。スポーツワールドではファイナルの出場の権利を得る方法が二つある。一つは、県予選、国の予選、ウィンブルドンの予選を勝ち抜いて出場権利を得る方法。そしてもう一つは……」

「招待状を入手する方法……」拓也が呟いた。

「その通り、勝ち抜いてウィンブルドンに出場するのは莫大な時間が掛かる。多分、延べで一週間はゲームを続けないと無理だろう。だから裏道を使う」

「金を払って招待状を買うんだ。ただし拓也君のアカウントには多額のクレジットがあるが、このゲームは今、二人で始めているから、招待状を買う為には二人の新しいアカウントにクレジットが必要だ。手っ取り早く賞金を獲得する方法は……」

「賞金を獲得できる試合やレースに参加する……」拓也がそう言った。

「そう。でも二人で出来る物を選ばないといけない。リストはこれだ。ちなみにウィンブルドンの招待状の価格は百八十万クレジットだ」

 二人の前方にリストが表示される。

「百八十万クレジット以上を探さないと……」

 遥が呟く。

「いや、百八十万クレジットを超えるアイテムは、勝つのが非常に難しいから、もう少し難易度が低いものを選んだ方が良いかもね……」

 拓也もリストを眺めた。

(二百万クレジットが二つ。トライアスロンチャレンジと人力飛行機チャレンジか……)

 トライアスロンの場合は、参加者が五百人以上での優勝が必要。人力飛行機は十組以上の参加者、そして三十km以上の飛行距離での優勝が必要……。

「遥、多分、俺は二百万クレジットのトライアスロンチャレンジと人力飛行機で勝てると思う。でもトライアスロンは君自信が走ったり泳いだりが必要だから、人力飛行機が良いと思うけど……」

 拓也がそう言うと、遥が頷いた。

「そうね。じゃあ、人力飛行機をチャレンジしてみましょう」

 拓也は頷くと、中井に向けて言った。

「中井さん、それでは人力飛行機レースに出場して来ます。結果、楽しみに見てて下さい」

 中井の笑い声が聞こえる。

「アッハッハ、流石、拓也君だ。人力飛行機チャレンジは、飛行機の設計から考えなければいけないからとても難しいんだけど……。そうだね。君達なら大丈夫そうだね。期待してるよ」

 もう一度、拓也は頷くと、身体の前で表示されたリストを動かし、人力飛行機チャレンジを選択する。

 突然、拓也と遥の身体の周りに球体が現れ、身体が段々と薄くなっていく。人力飛行機チャレンジのレースが行われる、琵琶湖へワープをしているのだ。

 二人が現れた場所は、どこかの格納庫の様だった。

「遥、ここで機体の設計と組立を行うんだ。あそこに表示が見えるだろう。十五分以内に機体を設計して組立をする必要がある。大丈夫、ゲームの中だからこの時間があれば出来るよ。あと、その横に参加者の名前が出ているだろう。この二名でのタンデム人力チャレンジのコースの参加者は十二組。各組は制限時間内に機体を組上げて、格納庫の外にあるジャンプ台から琵琶湖へ飛び出すんだ」

 拓也の説明に遥が頷いた。

「さて、まずは機体の材料だ……。ここで標準的に使えるのがアルミ、バルサや発泡スチロールだけど、これらで機体を組み上げても、重たくなるか剛性が不足するかどちらかだ。なので高分子材料をオプションで購入する」

 拓也がそう言った。

「でも私達、クレジット持っていないでしょう?」

 遥が拓也に問い掛ける。

「俺のアカウントには大量のクレジットがある。これまで一年半のゲームのプレイで貯めたのがね」

「でも、それは使えないんじゃなかったの?」

 遥が首を傾げている。

「メインチャレンジのウィンブルドンの招待状はそうだ。でも、その他のゲーム内のイベントには俺のクレジットが使える」

 拓也は材料リストを手で送りながら答えた。

「拓也のクレジットって、いくら持っているの?」

「一億を少し超えた所かな……」

「えっ?」遥が目を丸くする。

「まあ、結構イベントで使うから、獲得した総クレジットは五億を超えるかな……。有った」

 拓也がセレクトした材料は……、

「カーボンナノチューブ……」遥が呟いた。

「そう、これで強度用のフレームとその他の部位を全て作る。全部買うと二百五十万クレジットか……」

 遥が驚いた様に目を見開く。

「えっ? 二百万の賞金の為に二百五十万を使うの? それって……?」

 拓也が頷いた。

「だから誰にも負けない飛行機が作れる。少なくとも剛性と質量は最高性能が出せる筈だ。そして、次は設計。でも以前、俺はこの大会のシングル部門に参加して優勝しているから、その設計を流用して……」

 拓也は昔のデータを読み出していた。

「キャビンを二人乗りにして、質量が重くなった分だけ翼面積を拡大して……」

 拓也はデータを修正してキャビンを変え、翼の長さを片側で一メートル伸ばした。翼端にはウィングレットを新たに取付る。

 全ての設計が終わると、拓也は設計した部品を呼び出した。拓也と遥の前にたくさんの部品が出現していく。

「さて、あと八分だ。組立に入ろうか」

 ゲーム内の組立なので、各部品を所定の場所に置くと自動的に接合されていく。そして、飛行開始予定の二分前に拓也と遥の飛行機が完成した。二人乗りで質量は二十三kg。翼幅は四十二mにも及ぶ。

「それじゃ、着替えようか」二人は、まだテニスウェアのままだった。

 人力飛行機用のウェアを呼び出すと二人の服が瞬間的に変わった。アバターだし現実ではないので、湖に着水しても溺れる事はないが、一応、選択したウェアには救命胴衣も付いている。

 格納庫の扉を開けると二人で飛行機を押して、建物外に機体を出した。そして真っ直ぐ前方にある飛行ジャンプ台に機体を押し上げた。

 丁度、前の組がテイクオフの直前だった。表示を見ると既に十組が飛んでいて最高距離は三十二kmだった。

 テイクオフのタイミングを示すシグナルがグリーンになると、前の組が飛び出した。しかしジャンプ台から離れた瞬間、左の翼が折れ、そのまま琵琶湖に墜落してしまった。

 次は拓也と遥の順番だ。二人で機内に乗り込む。前が拓也、後ろが遥だった。二人のペダルはチェーンで結ばれていて、遥のペダルの後ろから回転はシャフトに変換され、それがキャビン後方の大きなプロペラを回す構造だった。

 三軸の操縦は拓也の役目で、ナビケーションは遥の役目という分担にした。

 前のシグナルが、赤から緑に変わる。

「遥、行くよ!」拓也が叫んだ。

「うん、頑張ろう!」遥が応える。

 二人が大きくペダルを漕ぎ始めた。そして二人の機体は琵琶湖に掛けられたジャンプ台から飛び出した。

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