第4話 安曇電気研究所

 衝撃音が収まると、拓也と遥はドアを開けて廊下に出た。エレベータホール側から煙が見える。

(あれは……?)二人はその煙を見ながら顔を見合わせた。

 同時に、拓也の中のTwoと遥の中のThreeが警告を発した。

 [三機のエレベータが爆破された。屋上から『敵』が非常階段を降りている]

「敵って誰?」「敵って誰なの?」拓也と遥が同時に叫ぶ。

 [君達を連れ去ろうとした人達。西の非常階段を降りているから東の階段へ]

 拓也と遥はもう一度顔を見合わせて頷いた。

 拓也が遥の手を取り走り出す。東階段はエレベータホールの先だ。エレベータホールの煙はエレベータのドアから立ち上がっていた。三機のエレベータは全て停止している様だ。ホール先の角を曲がった所で、後方の西非常階段のドアが激しく開いた音が聞こえる。

 でも自分達の姿は廊下の角の先で見えなかった筈だ。数秒で東非常階段のドアに辿り着いた。ドアを開けて二人が階下へ降りようとすると拓也の頭の中でTwoの声が響いた。

 [この階段も下から敵が登って来ている。屋上へ……]

 拓也は屋上へ続く階段を見上げた。考える時間は無かった。遥の手を引いて階段を駆け上がると、屋上に続くドアを開けた。そこはヘリポートになっていてグレーのヘリがローターを回したまま着陸している。

 丁度、二人の位置はヘリの後方なので、操縦席からは死角になっている様だ。

 [他の乗員は君達の確保に向かっているから、今、ヘリに居るのは操縦者一人だ]

 拓也は頷いて遥に言った。

「遥、ゆっくり俺に付いて来て。ヘリを奪取するから」

「えっ? 大丈夫? 武器を持っているかもしれないわ」

「大丈夫、このシーンはゲームの中で何度か経験しているから……」

 そう言うと拓也はヘリに向かった。

「ゲームの中で……? どういう意味?」

 遥が呟きながら拓也に続く。

 拓也は、テールローターに巻き込まれない様に慎重にヘリに近づき、前席の右側のドアを激しく開けた。操縦者が目を見開いて拓也を見ている。

「mwoji? neoneun? (何だ? お前は?)」

 その男がそう言った瞬間に拓也は男の右足に取付けられていた小型拳銃を抜き去った。

 そして男に銃口を向ける。

「anjeon belteuleul pulgo soneul meoli dwilo. bakk-eulo nawala (シートベルトを外して、手を頭の後ろに回し、外へ出ろ)」

 遥には拓也の喋っている言葉が分からなかった。(あれは朝鮮語?)

 操縦者が外に出てくる。拓也はその男に後ろを向かせ、拳銃のグリップ部分で男の頭を殴った。その場に男が倒れ込む。

「遥、左の席に座って!」

 拓也が叫ぶのを聞いて、遥はヘリの前方を廻り、左のドアを開けて左席に座った。ドアを閉めると、同時に拓也が右席に乗り込んだ。

「シートベルトをして」拓也が言った。

 遥がシートベルトをしていると、前方の西非常階段のドアから武装した二名の男が飛び出して来た。

「遥、捕まって!」

 拓也は、まだシートベルトを装着していなかったが、左手のコレクティブレバーを持ち上げヘリをホテルの屋上から離陸させた。ラダーペダルの左側を押して、サイクリックステックを左に傾けながら前に押した。ヘリは上昇しながら左に旋回し、銃を構えた男たちの頭上を超えて、高さ百二十メートルのホテルの屋上から横浜湾の上空に出た。

 拓也がヘッドセットを被っている。遥も同様にコックピットの上に吊るされていたヘッドセットを被った。

「拓也、ヘリも操縦できるの?」遥が目を見開いて聞いた。

 遥も前回の事件でヘリを操縦したけど、あれは落ちない様にバランスを取っていただけだった。

「ゲームの中でね……。覚えたんだ……」拓也が操縦しながら言った。

「さて、どこへ行こうか……? 奴ら諦め悪いみたいだから……」

 遥は行き先のアィデアがあった。

「厚木にある安曇重工の研究所に行きましょう。中に入ればセキュリティも高いし、父から何かあれば、そこに行く様に言われていた。それに厚木には安曇電気の研究所も併設されているから、ディスラプターチャレンジの開発者に会えるかもしれないわ」

 拓也が遥を驚いた顔で見つめていた。

「そうか、それは気付かなかった。ゲームの開発者に会えれば、謎の解明を早めることができるかもしれない。行こう。厚木の研究所へ」

 拓也は、横浜湾上空でヘリの高度を上げた。千フィートまで上昇すると磁方位を270度に向けて飛行した。遥が携帯で遥の父と話している様だ。

「拓也。安曇電気の研究者が対応してくれるわ。研究所にはヘリポートもあるって。そこまで飛んで」

 拓也は遥のその言葉に頷いて操縦を続けた。

 十分程で相模川を超えて、厚木市街地の上空に達する。その先、大山の手前の元工業団地跡を十年前に安曇グループが購入し、大規模な研究所を建設している。上空からでも、その広大な施設の敷地がよく見える。そして、ヘリポートも簡単に見つけることができた。

 拓也は、そのヘリポートに向かって徐々に高度を下げ、ヘリパッドの真ん中にヘリを着陸させた。エンジンを停止すると、三十秒程でローターも停止した。

 程無く、ヘリポートの横に停まっていた車から女性が降りて、こちらに向かって来る。拓也と遥はヘリから降りて、その女性を待った。その女性は二人の前に到着すると、大きく一礼して話し始めた。

「中澤遥様、坂本拓也様、お疲れ様です。私は安曇電気、安村副社長秘書の寺崎と申します。副社長の指示でお二人を副社長のお部屋にお連れ致します。それではこちらへ」

 二人は寺崎に続いてヘリポートの外の車まで歩き、彼女に促され車の後席に乗った。寺崎が運転席に座ると車は走り始めた。

「この研究所は、安曇重工の材料・宇宙技術開発研究部と安曇電気のソフトウェア・ゲーム開発研究部が合同で入っています。寺崎副社長はこの厚木研究所の事業所長も兼務なさっています。特に安曇電気は現在、ゲーム開発に大きなリソースを割いておりまして、ゲーム開発を専門に行うゲームR&D棟を本年に新設しました。地上九階、地下二階、総床面積は三十二万平米を誇る、日本一のゲーム開発センターだと自負しております」

 車は研究所内の二車線の道路を進んでいた。左右に幾つかの建物が並んでいるが殆どが三階建程度だ。前方に一際高い建物が現れた。

「あれが、ゲームR&D棟です。寺崎副社長のお部屋もこの建物の中にあります」

 車はR&D棟の車寄せに到着した。二人が車から降りると、そこには背の高い男性が待っていた。歳は二十代前半か……。まだ若い。

 その男性は拓也に握手を求めて来た。拓也がそれに応じる。

「君が坂本拓也君だね、初めまして。僕は中井和良、安曇電子ゲーム事業本部の本部長だ。またディスラプターチャレンジの開発責任者でもある」

 拓也は感動していた。あの素晴らしいゲームをこの人が作ったんだ。

「中井さん。素晴らしいゲームの開発者にお会いできて光栄です」

 拓也は大きく腕を振りながら握手を続けた。

「拓也君、申し訳ない。この綺麗なお嬢さんとも挨拶したいので、手を離してくれるか?」

 拓也はハットして握手をしていた右手を離した。

「安曇重工中澤副社長の娘さん、遥さんだね。初めまして。中井です」

 中井は次に遥と握手をしている。

「中井さんの噂は、父から良く聞いていました。十八歳でスタンフォードを首席で卒業したのですよね。凄いですね」

 中井は首を振った。

「大したことないよ。きっと君達も出来るんじゃないかな。僕はチャンスを貰っただけだから……。それじゃ安村副社長の所に案内するよ」

 そう言うと、中井は車に乗っている寺崎に声を掛けた。

「先に彼らを副社長室にお通ししておくから、車を宜しく」

 寺崎は頷くと車を発進させた。

「さあ、このIDを首に掛けて、付いて来て」

 中井は、拓也と遥にIDバッチを渡してくれた。中井に続いて建物の中に入る。そこにはゲートがあり、IDを読み取って一人ずつ中に入るシステムだった。中井に続きゲートを通り、エスカレータで二階に上がって右手奥にあるエレベータに乗った。

 九階に上がるとそこは役員室フロアとなっており、たくさんの秘書が居る部屋の先にいくつかの役員室が並んでいた。その一番奥が所長室となっており、ドアの前にAkio Yasumura―EVPと表示されている。

 中井がドアをノックすると、「どうぞ」と言う声が中から聞こえる。ドアを開けると、自席から立ち上がった安村副社長が出迎えてくれた。

「やあ、やっと会えたね。拓也君、遥さん。まずはそこのソファーに座って」

 安村は満面の笑みで二人を迎えてくれた。

「中澤副社長から連絡を受けている。大変だったね。二人を全面的にサポートする様に指示を受けているから安心してくれ」

 そう言いながら安村は自分の席からソファーの方に歩いて来た。拓也と遥がソファーに腰を降ろすと、安村と中井も二人の向かいに腰を降ろした。

「安村副社長、中井本部長。俺、いや僕と遥は『秘密』を持っています。そしてその『秘密』を解く鍵がディスラプターチャレンジの中にあると父から聞いています。お二人は何か情報をお持ちですか?」

 そう拓也が言うと、安村と中井は顔を見合わせた。安村が口を開いた。

「君達の『秘密』の詳細を我々は知らされていない。安曇グループ内でも限られた人間のみが知る『秘密』と言う事だけ私は知っている。近日中に安曇グループ会長に会ってみると良い。会長は君達にとって有益な情報を持っていると思うよ」

 中井が続ける。

「僕も君達の『秘密』を知らないから大きなアドバイスは出来ない。ディスラプターチャレンジの開発者として、君達が言う『秘密』がゲーム内にあると言う事実は承知していない。ただ一つだけ言えるのは、ディスラプターチャレンジの六つのワールドの内、一つはその一部がオープンソースで造られていると言う事だ」

 拓也が質問する。

「それは、安曇電気が開発していないソースがゲームに組み込まれていると言う意味ですか?」

 中井が頷いた。

「そうだ。よりゲームに一般性と複雑性を与えようと思って……、開発ソースを公募したんだ。そして我々が評価をして非常に面白かった内容を厳選して、一つのワールドのソースとして織り込んだ。ただ、そこはシークレットエリアになっていて、そのエリアに入る方法も特別で、まだ、そのエリアに入ったゲーマーは誰も居ない。何か隠されているとしたらそのエリアかも知れない」

 拓也にとってそれは刺激的な内容だった。まだ自分が知らないエリアがあるなんて……。

「そのオープンソースのエリアはどこのワールドに有るんですか?」

「ディスラプターチャレンジのワールドは六つ。『ファンタジーワールド』、『スペースワールド』、『ウォーワールド』、『レースワールド』、『サスペンスワールド』、『スポーツワールド』だ。その内、オープンソースが組み込まれているのは……、『ファンタジーワールド』だ」

 拓也は一年半を掛けて自分がクリアしたディスラプターチャレンジのエリアを思い出していた。彼は既に全てのワールドをクリアしており、今は全てのコンテンツやダンジョン、そしてアイテムの発掘を進めていた。しかし手掛かりとなる情報を見つける事は、未だ出来ていなかった。

「君も知っている様に、ディスラプターチャレンジの各ワールドへは直接行けない。最初に一つのワールドを選んで、それをクリアすると次のワールドへのルートが開かれる。このワールド選択オプションも無数にあるが、オープンソースに入れるコースオプションは決まっている。時間を優先させる為、そのTipsは教えよう。まずは『スポーツ』、次に『サスペンス』、『レース』、『ウォー』、『ファンタジー』の順だ。何故か『スペース』は通る必要無いが、これがオープンソースのTipsとして設定されている」

 拓也は興奮していた。一年半掛けて謎解きを進めていたが、その大きなヒントが目の前にぶら下がっている気がした。

「中井さん、直ぐにゲームを始めたいのですが、もちろんここにはゲームの装備はありますよね?」

 拓也は中井に聞いた。

「勿論だよ。それも最新、且つまだ発売されていない、究極のバーチャルリアリティのインターフェースを持ったゲーム環境がね……」中井が胸を張った。

 中井は拓也と遥をゲームR&D棟の三階に連れて行った。そして掌認証、網膜認証の二重ドアを抜けて、ある部屋に入った。その部屋は、三台の繭の様な形をした装置が並んでいた。その装置に近づき中井が説明をする。

「これは最新型のバーチャルリアリティHMIを実現した試作機だ。我々は『コクーン』と呼んでいる」

 中井はその試作機の前で誇らしげに胸を張っている。

「ゲーマーはこのコクーンの中に横たわって、この脊髄インターフェースを首に装着する。脊髄には身体を動かす全ての神経信号、また身体からの感覚信号が通っている。脳から送られるこの信号を検知して手や身体をゲーマーがどう動かしたいのかを装置側が認識すると共に電磁パルスを脊髄に出して、その神経信号を首の部分で塞きとめる。また感覚信号はインターフェース側から、首の神経に伝わりバーチャルな衝撃や感覚を味合うことができる」

 中井は『コクーン』の筐体をポンと叩いた。

「つまり『コクーン』内でゲーマーは、手を動かそうと思っても自分の手は動かず、ゲーム内のアバターが手を動かしてくれて、アバターが受けた感覚を自分のモノとして知覚する事が出来る究極のHMI環境を提供してくれる」

その説明を聞いた拓也はその画期的なシステムに感動していた。

「残念ながら、視覚、聴覚を神経信号で模擬する事は出来ないので、バーチャルリアリティゴーグルを被って3Dの画像情報と音声を聴く事になるが、それでもこのバーチャル感覚は異次元の体験だと思うよ」

 拓也は興奮していた。こんな環境でゲームがプレイ出来るなんて……。

「アバターも自分自身の3Dを再現出来る。もしお気に入りのアバターが既にあるなら使っても良いけど、せっかくだから自分のアバターを作ってみるかい?」

 拓也と遥はお互いの顔を見合わせて頷いた。

 中井が三台のコクーンの奥に設置されている、3Dスキャナーへ二人を案内した。3Dスキャナーは丸い台の上に載るとその周りを六台のカメラが付いたスキャナーが一回転して、身体の3Dデータを取り込む。特に顔の部分の解像度を上げる為の工夫がしてあると中井が説明してくれる。まずは遥からデータを取って、続いて拓也の身体が測定される。

「拓也君はディスラプターチャレンジのアカウント持っているよね。そこの端末から自分のアカウントを呼び出して、先程の3Dデータをアカウントに追加して。また最初に使う服装も選んでおいて。遥さんはアカンウト作成からだから、僕が手伝うよ……」

 そう言いながら三人でパソコン端末から情報入力、オプション選択等を行った。

「さあ準備完了だ。コクーンに入ろうか」

 中井に促され、拓也と遥はコクーンに向かった。

「まずは、このインターフェースを首に巻いて」    

 拓也は中井から渡されたインターフェースを首に装着する。遥も同様に中井のサポートを受けてインターフェースを装着した。そして二人はバーチャルゴーグルを被った。これはゴーグルと言うよりヘルメットに近く、頭に装着すると耳まで覆われ自動的にヘッドフォンが耳の部分に来る。そのままコクーンの中に横たわった。

 現在の画像は外部カメラの映像が映っており、二人は躓く事無くコクーンに入る事が出来た。中井の声がヘッドフォンから聞こえる。

「それじゃ、外部情報を遮断するよ。ゲーム環境に移行するけど、初めてだと少しびっくりするかもしれないから覚悟して……」

「了解です」と拓也。「大丈夫です」と遥。


 その瞬間、拓也の目の前が真っ暗になった。同時に身体の感覚が消えた。そして衝撃と共に地面に着地する。拓也が右横を見ると遥が飛び降りて来る所だった。テニスウェアを着ている。

そう。ここは、ディスラプターチャレンジ、『スポーツワールド』の中。拓也は、自分の意志でゲーム内のアバターが動く感覚に驚愕していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る