第15話 それってどの系統の
アレン 「バーロン城から20kmも離れているので、この森に来るのは初めてですが、林道がない割に整っている印象ですね。木々の間から日の光が差していて明るいですし、平坦で雑草がなく歩きやすいです。
ローリィ 「危険なのは間違いないけど、古今東西、森に分け入ることで生業を立てている人は多いからね。それに、小説版なら文字数を、コミック版・アニメ版なら作画コストやカット数を省くために、大自然っぽい要素は敬遠されがちなのよ。ナーロッパに限らず、ハリポタの映画でもそうだったわよ」
「歴代の主人公は森で魔獣退治をするときに
「……アレンくん、あなたは索敵魔法をどういうものだと思ってる?」
「え? 何となく聞いている話では、魔力を薄く広げていって、動植物や障害物の存在を感じ取るっていう魔法だそうですけど……?」
「私もそう聞いているけど、分からないことが多すぎると思わない?
魔力を薄く広げている状態って、魔力を消費している状態かしら、それとも魔力を手元に置いている状態かしら?
探知のために薄く広げた魔力が、相手にも関知される危険はないの?
索敵魔法を使う魔道士同士が対決する場合、片方がもう片方に気付くのは、『相手の体』に魔力が触れたとき? それとも、『相手の索敵魔法の魔力』に触れたとき?
そもそも、人間の限られた脳は、索敵魔法で得た膨大な情報を、
「要するに、いくらナーロッパがご都合主義だと言っても、索敵魔法は設定がガバガバすぎるから許されないってことですか?」
「別に許さないつもりはないわ。ただ、戦闘能力に直結する設定は、事前に
「でも、索敵魔法なしとなると、知らない内に魔獣に囲まれていた、なんてことが起きそうですね」
「もちろん、人間としての標準的な感覚に頼るだけではそういう危険があるから、索敵魔法の代わりを用意してあるわ。
実は、魔力の流れを操作して、耳や鼻などの感覚器官に集中させれば、感覚を強化することができるの」
「……えーっと、それってどの系統の魔法ですか? たぶんですけど、
「そもそも魔法なのか諸説あるけど、強いて言えば
「便利そうですが、魔力の流れを操作するって、どういうことですか?」
「人間の体内には常に魔力が流れているものなんだけど、その流れは任意に操作できるのよ。この技術を魔力操作って言うから、覚えておいて。
系統外魔法は魔力を体の外に出さないせいか、必要な魔力量が少ないみたいでね、一般的な魔法が使えない人でも、魔力操作ができれば系統外魔法を使えると言われているわ。
それに、魔力操作ができる人は魔法補助で教わらなくても系統外魔法を使えるし、逆に、魔力操作ができない人は魔法補助をされても使えるようにはならない。
そういった意味で、魔力操作による系統外魔法は、一般的な魔法とは違うの」
「『魔法が使えない人でも』ということは、エルネスト兄さんも……?」
「私は教えるのが下手だから役に立てないけど、ちゃんとした先生に師事して訓練を積めば、使えるようになるかもね。実際、大ケガや病気で身体が衰弱しそうなとき、無意識に治癒力強化の一種を使ったと思われる人の事例は多いわよ。
でも、生まれながらにセンスがあるのでもない限り、自在に使いこなすには何年もかかるわ」
「それは残念です。にしても、感覚強化、治癒力強化、運動能力強化はどれも便利そうですが、『使えるようになるかも』とは、ずいぶん
「向き不向きがあるのか、どれか1つを使えても他の強化が使えるとは限らないのよ。ある調査では、最も修得しやすいのは聴覚強化らしいわ。私はほとんどどれでも使えるけど」
「ほとんどどれでもって、感覚強化をですか?」
「感覚強化は視覚と聴覚しかできないけど、治癒力強化と運動能力強化が使えて、治癒力強化以外は同時にだって発動できるわよ」
「すごい!」
「ありがとう」
「ところで、魔法の適性に関係なく誰でも使えるかもしれないものなら、わざわざ系統外魔法なんて言い方をしなくてもいいんじゃないですか?
系統外を『基礎魔法』とか『一般魔法』と呼ぶことにして、7系統の魔法を『高位魔法』とか『固有魔法』とでも呼ぶようにすればいいんじゃないですか? その方が分かりやすくありません?」
「さっきも言ったとおり、誰でも使えるってほどお手軽なものじゃないんだけど、似たようなことを主張する学者はいるわね。
一応、系統外魔法に対して7系統の魔法を『標準魔法』って呼ぶこともあるけど、系統外魔法自体があまり知られていないから、こっちの用語も普及してないかな。
そもそも、感覚強化や治癒力強化を引き起こすのがどうやら魔力らしいって学説が出てきたのは、ごく最近なのよ。
この世界って、分かりやすい魔法を使える人間は限られているけど、魔力は生命力だとか何とか言われているように、それ自体はありふれていて、あるのが当たり前のものでしょ? それに、魔力操作は集中力が高まると使えてしまっていることがあるから、センスとか
「魔力と根性の区別がつかないなんてこと、あります?」
「うーん、とね……。私は弓術が苦手で、小さい頃は――今でも小さいだろって? やかましいわ」
「言ってませんよ。(思ってただけで)」
「幼い頃は、何十メートルも先の
実際、私より弓矢が上手くなった友人たちはみんな私より魔力が少ないし、魔法の適性がない人もいるわ。
魔法だけが奇跡じゃない。魔力という神秘がありふれたこの世界では、現象だけを見て魔法か魔力の働きかそのどちらでもないかを区別するのは、意外と難しいのよ」
「なるほど。そう言われると、そういうものかもしれません」
「そういうわけで、学者たちも最近まで、系統外魔法は魔力によらない技術だと考えていたの。
実際、一部の学者は今でも、感覚強化や治癒力強化は魔力操作によるものではなく、人間の純粋に物理的な部分に備わっている能力だって主張してるわ。つまり、魔力じゃなくて集中力やセンスの鋭さによるものだってことね。
最近では、『魔力』とは別に『気』なるものがあるなんてことを言う学者も出てくる始末よ」
「ずいぶんややこしいことになっているんですね。ナーロッパの魔法ってどこもこんな感じなんですか?」
「まさか。普通はもっとシンプルよ。
気付いたときにはその世界の魔法が完璧に解明されていて、学者たちは批判も論争もせず、大人から子供までみんなが魔法の仕組みを科学的に把握していて、異論はおろか解釈の違いや誤解さえない……そういうのがほとんど。
大学生が大喜びしそうな
「そこは難しい問題ですね。もしSFなら、現実と地続きの話なので、複数の仮説が衝突する余地があっても読者はリアリティを感じられます。でも、現実とは一線を画したナーロッパ世界に曖昧な部分を作っても、『設定が甘いだけ』と思われかねませんもんね。
ところで、魔力操作で感覚強化ができたとして、感覚器官から膨大な情報が入ってくるのは索敵魔法と同じですよね? 人間の限られた脳では過剰な情報を処理しきれないはずだという問題はどうなるんですか?」
「情報の隅々までリアルタイムに分かるとはいかなくても、『遠くから変な音が聞こえる』、『この場に似つかわしくない異臭がする』と感じるくらいならありじゃないかしら。
相手がいる方向と距離を見極めるのは、気配を感じた後でも遅くないと思うわ。
幸い、この森は草木も虫もそこまで多くないから、余計な情報が少なくて済むわよ」
「じゃあ、僕もやってみます。……あー、ローリィ先生、魔力操作にコツとかってあります?」
「ざっくり言えば、体内の魔力の流れを感じて、それを耳に流し込むイメージよ」
「『魔力の流れを感じて』って、どうやるんですか?」
「血液の流れを感じるのと同じように――」
「それも感じたことないです。『教えるのが下手で役に立てない』って謙遜だと思ってましたが、事実だったんですね」
「普通、ナーロッパの主人公ならこの説明だけでも出来るのよ」
「そもそも魔力の流れを変えたら――」
『グオオオオオッッ!!』
「あの、嫌な音が聞こえたのは僕が聴覚強化に成功したからですか?」
「違うわ。200mくらい向こうでクマの魔獣が吠えたせいよ」
「その様子だと、前から気付いてましたね? 呑気におしゃべりしてないで言ってくださいよ。
しかも、いきなりクマって。最初はホロホロ鳥くらいから始めません?」
「種類も大きさも関係ないわよ。魔獣の強さの指標になるのは、魔力の密度だから」
「それはどうやって見定めるんですか?」
「視覚強化が有効よ。耳や鼻に魔力を集中したときのように、目に魔力を集中するの。
普通の人間や動物だと、体の外に漏れる魔力が多くないからあまり違いが分からないんだけど、魔獣の場合は比較的よく見えるわ。その濃さが魔力の密度よ」
「ってことは、これも練習と経験が必要な技術なんじゃないですか。僕にとっては初めての魔獣退治なんですから、オーラの濃さなんて分かりませんよ」
「分からないときは、あらゆる戦闘の基本どおり、最大限に警戒して対象との距離を保つことね。
危険を感じたら、魔獣の目の前に火球を作りなさい。火球自体は大して効かないけど、魔獣の多くは本能的に火を恐れるわ。
さあ、話すべきことも話したし、距離を詰めるわよ」
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