第14話 頑張ってね

ローリィ 「さあ、これで最後の授業は終わり。エルネストくん、ジナンくん、今までお疲れ様」


エルネスト 「ハンバート先生、3ヶ月にわたって私どものような出来の悪い教え子の面倒を見てくださり、ありがとうございました」


アレン 「日本なら普通かもしれませんけど、中世ヨーロッパをした世界にしては、エルネスト兄さんの謙遜けんそんぶりは卑屈すぎるんじゃありません?」


ローリィ 「いいのよ、大事なのは心なんだから」


エルネスト 「今夜は先生の送別会を予定しております。愚弟ぐていに特別授業をしてくださるお心遣こころづかいには感謝してもしきれませんが、くれぐれもご無理はなさらないでください」


ローリィ 「ありがとう、エルネストくん。あなたは本当にしっかりしているわね。将来はきっと立派な紳士になるわ」


エルネスト 「光栄です、ハンバート先生。それでは、また後ほど」


ジナン 「……ロリ子、本当にビルベルの森に行くのか?」


ローリィ 「ええ、そう言ったでしょ」


ジナン 「あそこには魔獣がたくさんんでて、プロの魔獣殺しデーモン・バスターも手を焼いてるって聞くぞ。この前も何人か負傷したはずだ。どうしてわざわざそんな所に行くんだ?」


ローリィ 「必要だからよ。それに、私がいる内じゃないとそんなことさせられないし」


ジナン 「ロリ子がどうしても行くって言うなら、俺も行く!」


ローリィ 「え?」


ジナン 「俺がロリ子を守る! それが俺の、ジナン・レインカの、果たすべき役割だ! だから俺も連れて行ってくれ!」


エルネスト 「こら、ジナン、先生を困らせるんじゃない」


ローリィ 「エルネストくん、いいのよ。ジナンくん、気持ちは嬉しいけど……嬉しいけどね。もしもあなたが私を守ってくれたとしても、そのせいであなたが傷ついてしまったら、私が男爵閣下にしかられてしまうわ。あなたはお城に戻っていてちょうだい。私は大丈夫だから」


ジナン 「やっぱり、俺じゃ役に立てないのか?」


ローリィ 「あなたの思いやりが大きすぎて、今の体じゃ釣り合わないだけよ。大人になれば、あなたもきっと立派な魔道士になれるわ」


エルネスト 「さあ、帰ろう、ジナン。私たちも送別会の準備を手伝わないと」


ジナン 「ロリ子、無事に帰ってこいよ! アレン、ロリ子の足引っ張ったら許さないからな!」


ローリィ 「……ちゃんと、帰ってくれたようね。後でエルネストくんにお礼を言わなきゃ」


アレン 「ローリィ先生、僕も聞いて構いませんか?」


ローリィ 「どうぞ」


「この世界には本当に治癒魔法がないんですよね?」


「ええ。普通のナーロッパにはあるんだけど、この世界ではまだ開発されてないわね」


「それなら、いくら魔法を勉強しているにしても、僕のような素人が森で魔獣退治をするなんて、あまりにも危険じゃありませんか? ローリィ先生ご自身もノーリスクとは言い難いでしょう。特別授業を敢行することに一体どんな狙いがあるんですか?」


「あなたの将来のために必要な経験ということよ。男爵閣下も納得してくださったわ」


「僕の将来のために、ですか?」


「以前にも言ったことだけど、たぐいまれな才能を持つあなたは、今後様々な悪意にさらされて、色々な問題に巻き込まれる危険があるわ。

 あなたには一日も早く、自分で人間と社会と物事の本質を見極め、正しいと確信できる道を選び取り、その結果に対して責任を払うになってもらわなければならないの」


「……それはエルネスト兄さんにも言われましたが、そのことと魔獣退治に何の関係が?」


「悪意ある人間の中には、あなたを思い通りにするために恫喝どうかつや脅迫といった不法な手段に出る者もいるでしょう。あなたには度胸をつけてもらわないといけないの。

 大きな音や怒鳴り声に屈しない度胸もそうだけど、一瞬の判断ミスが命取りになるような場面で冷静さを保つ度胸も必要よ。

 とはいえ、町のチンピラを実験台にしたら、あなたがやりすぎたときに誰かが死ぬ可能性がある。だから、魔獣退治なのよ」


「そういうことなら、野生動物の狩りから始めてもいいんじゃ……?」


「普通の動物は人間の存在を感じたら逃げるものだし、魔法が使われた場所には何日か寄りつかなくなるわ。その点、魔獣の多くはむしろ襲いかかってくるから好都合よ。おそらく、過剰な魔力のせいで凶暴化しているんでしょうね」


「魔獣に過剰な魔力があるということは、魔法を使ってくるんですか?」


「中にはそういうのもいるわね。ドラゴンは口から火を吹くし、ヒュドラはバカみたいな再生能力を持ってるわ。どちらも、動物が後天的に変化した魔獣デーモン・ビーストではなく、親から子に特徴が受け継がれる魔物モンスターだけどね」


「あ、この世界ってそういうのもいるんですね」


「一応、ナーロッパだからね。もちろん、そういう魔物は人里離れた密林や山脈の奥にしかいない――というか、縄張りに入った人間は無事では済まないから、その近隣は開拓が進まないの――。

 とはいえ、森に隣接する開拓地には魔道士が動員されて強固なへいが作られるし、人類の魔法研究は日々進んでいるから、人間の勢力圏は徐々に広がりつつある状況よ。

 何にせよ、ビルベルの森の魔獣が大したことないのは私が下見して確認済みだから、安心して」


「さらっとおっしゃいますが、むやみに生き物を殺すようなことは……」


「言っとくけど、私たちがやるのは魔獣退治であって、動物虐待じゃないわよ? 魔獣が森の外に出てくれば人にも家畜にも危害を及ぼすし、森の中にいても木々を折ったり動物をむやみに殺したりするから、積極的に駆除するくらいでないと悪影響しかないのよ」


「なんだ、それを早く言ってくださいよ」


「で、注意してほしいんだけど、魔獣は体から魔力が漏れ出てまくみたいになっているの。これを魔力壁まりょくへきとか魔力耐性たいせいって言って、人間にもあるんだけど、そのせいで魔獣は普通の動物より魔法攻撃をはじくのよ。

 魔力壁は短時間で自然回復するから、貫通するにはその前に攻撃を繰り返す必要があるわ。

 まあ、あなたの場合、石弾ストーン・バレットで急所を狙うだけでも仕留められるかもしれないけど」


火球ファイア・ボール氷槍アイス・ランスの方が短い時間で発動できますけど、ローリィ先生が石弾の話を出したのは、以前の授業でおっしゃっていた『安定性』が高いからですか?」


「そう。火魔法で作り出した火球は術者が魔力の注入をやめると消えてしまうし、水魔法の氷槍も魔力を途切れさせるとけたりくだけやすくなったりする。その意味で、魔法としての安定性はあまり高くない。

 それに対して、魔法で作り出した石弾は、一度石としての状態が定まれば、術者が魔力を注ぎ込み続けなくても石であり続ける。つまり、安定性が高い。

 もちろん、安定性は魔法の系統や種類だけでなく術者の技術にもよるし、安定性の高い魔法は発動までに時間が掛かるから、状況に応じた判断が必要になるわ」


「今回の場合、僕たちがやるのは魔獣退治ですよね。先生が魔法の早さより安定性を重視するのは少し意外です」


「あなたひとりで魔獣退治に行くなら安定性より早さを大事にしろって言うだろうけど、今回の特別授業の目的は、あなたに度胸をつけさせること。魔獣を前にしても冷静に魔法を使えるようになってほしいの。もちろん、遠くから石を飛ばして魔獣を倒すなんて戦法は使わないわよ。

 ということで、魔獣を前にした緊張状態で、私の指示通りに魔法を使うのが、今回の課題よ」


「結局また動物虐待に近づいたような……」


「頑張ってね、アレンくん」


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