第10話 きびきび動きなさい

 登山開始から5時間後。


ローリィ 「よし、今日はここにテントを張りましょう」


アレン 「たしかに川岸なら水には困らないので便利ではありますけど、石が多くてゴツゴツしてますね。ちょっとだけ、土魔法でならしても構いませんか?」


「ダメよ。来る前にも言ったけど、この山は村の猟師さんたちの狩場で、なるべく荒らさないって約束で入らせてもらってるから。それに、動物は目敏くて、土魔法の痕跡が残る場所にはしばらく寄りつかなくなっちゃうそうよ」


「ハンモックもダメなんですよね?」


「ええ、設置が甘くてケガされたら困るもの」


「でも、こんな所じゃ安眠できませんよ」


「大人になってからの苦労は、ふかふかのベッドで寝られない程度じゃ済まないわ。貴族の血筋で、魔道士となればなおさらね。それでもあなたたちが天寿を全うできるように、休めるときに休めるように、ここらで免疫をつけておきなさい」


「昭和のスパルタ教師みたいなこと言いますね」


「さあ、きびきび動きなさい。テントを設置した後には、はるばる運んできた食材の調理があるわ。いくら火魔法が使えても、日が暮れたら不便なことが多いわよ」


「(転生してからの12年ですっかり慣れたけど、電化製品がないこの世界の人たちの生活は、日が暮れる頃に寝て、日が昇る頃に起きるっていう、過激なくらい健康的な早寝早起きなんだよな。日本にいた頃は仕事帰りの深夜にカップ麺を食べてた僕がこんな生活をしてるなんて。……考えてたら、日本の機械文明が恋しくなってきた)」


 初日だけとのことだが、ローリィが兄弟3人にテント設営の手順を教えながら、自らも動き回って手伝ってくれた。彼女がバーロン男爵から借りてきたテントは、一般兵士用のごく質素なもので、ひもの付いた大きな布を、地面に立てた木の棒で支えるだけの構造だった。

 だが、設営には予想以上の時間が掛かった。エルネストとジナンはテントを組むことなど初めてだったし、アレンも前世の家族旅行でやった程度で、単純な作業にももたついたからだ。


ローリィ 「これで一応、設営完了ね。お疲れ様」


エルネスト 「ただのテントでも、自分たちで建てると良いものに見えますね」


アレン 「エルネスト兄さん、こういうときは揺すっちゃダメです。倒れます」


エルネスト 「揺すって倒れるテントで、雨や風がしのげるのかい?」


アレン 「たぶん凌げないです。無いよりマシってだけでしょう」


ジナン 「いつまでくっちゃべってんだ? 食材の調理も俺たちがやるんだろ。早くしようぜ」


ローリィ 「事前に言ったとおり、私は調理には口を出さないから、何かあっても困った顔で私を見ないように」


アレン 「料理、苦手なんですか?」


ローリィ 「あなたたちほどじゃないわよ」


 アレンとエルネストが野菜を適当な大きさに切る一方、ジナンは自慢の火魔法で鍋の水をかすことになったが、たきぎに火を点けることさえ上手くいかなかった。

 火種を作ることはできるが、薪を燃やし始めてもすぐに消えてしまうのだ。

 野菜を切り終えたアレンも、不本意そうなジナンに無理を言って挑戦してみたが、あまり上手くいかない。


アレン 「そうだ! たしか火起こしは、細い枝や松ぼっくりに火を点けるところから始めて、徐々に太い薪を燃やしていくんですよ」


ジナン 「誰からの情報だ?」


アレン 「と、とにかく試してみましょう」


 実際のところ、ある程度まで火を大きくしてからでないと、太い薪をくべても温度が上がらず、上手く着火しないということはある。

 だが、この場合の問題はそのことよりも、風が吹いて焚火たきびを消してしまうことの方だった。

 アレンがそのことに気付いたのは、強い風に火を吹き消され、舞い上げられた灰で服を汚した後だった。

 川岸の石を積んで即席のかまどを作ったところ、呆気ないくらい簡単に火が安定した。


 パンはローリィとエルネストが持参していたので、3兄弟がやった調理と言えば、豆と野菜を鍋に入れてスープを作ることだけだった。

 石のかまどの上では鍋が安定せず、エルネストとジナンは気が気でない様子だったが、アレンはあまり心配していなかった。

 こういうものは、少しくらい不安定でも、下手な触り方をしなければひとりでに倒れることはない、とアレンは思っていた。

 実際、何事も起こらなかった。


 だが、コンソメも味噌もない上に、誰もちゃんとしたレシピを知らなかったので、出来上がったものは、豆と野菜をただけのものだった。

 アレンはこの12年で味気ない食事にも慣れていたが、さすがにここまで原始的な仕上がりだと閉口してしまった。


ローリィ 「まあ、落ち込むほどじゃないわ。何も知らない貴族家の子供が初めて料理を作ったら、だいたいこんな感じになるのよ」


ジナン 「料理って意外と難しいんだな」


エルネスト 「でただけなのに、野菜が鍋に焦げ付くなんて……」


アレン 「パンに乗せて塩を振ったら、少しは味がするでしょうか……」


エルネスト 「塩なんてあったの?」


アレン 「ええ、たしかこの辺りに……、ほら、この袋に入ってますよ」


エルネスト 「なんだ、そうだったのか。匂いがしないからてっきり麦をつぶしたこなかと思っていたよ」


アレン 「斬新な間違え方ですね。しかも、『麦を潰した粉』って……」


エルネスト 「普通分からないよ。料理をしたことはおろか、厨房ちゅうぼうに入ったこともないんだから」


ジナン 「塩があったなら早く言えよ」


アレン 「すみません、僕が追加のまきを探している間に、兄さんたちが野菜を茹で始めていたので、てっきり塩も入れたのだろうと思っていました」


ジナン 「嫌味なヤツだ」


アレン 「いくら僕でも、そこまで性格悪くないですよ。(いちいち確認したらそれはそれで怒られそうだから黙ってたんだけど、確認・連絡・報告かくれんぼうってやっぱり大事だな)」

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