2話:緑の賢者とラクルゼーロ大学

学術都市:ラクルゼーロ。古くは王国創設から100年、つまり約900年前に造られた王国の10大都市の1つで王都に次ぐ王国文化の発信地でもある。優れた音楽家や芸術家も集まり、さまざまな実験・研究が行われていて、街には常に活気がある。お隣が中立都市:リヒテンということもあって、王侯の影響力は比較的小さく、また街の中枢たるラクルゼーロ大学の校風が生徒自治であるため、別名『自由の街』と名付けられるほどだ。



赤い旗がはためき、石造りの建築物が立ち並ぶ。


「わぁぁぁあ!!すごいすごーい!」

「何かしらこのお祭り騒ぎは…」


王都ほどではないが、街では出店が並んでおり大声で宣伝文句が飛び交っている。広場ではトランペットを片手にノリノリでどこか懐かしい曲を演奏するおじいさん達が、子供達から拍手を受けていた。絵を売る男、サーカスで見物人の興味引く男、手品を披露する女………どこでも笑顔の絶えない良い街だ。


「ラクルゼーロはね、いつもこんななのよー!」


先ほど仲良くなったトゥリー・カルメン(20)がそう自慢する。連れ去られた中でも最年長の彼女は、なんとラクルゼーロ大学の生徒会長?みたいなポジションなんだそうだ。異世界の大学は、17歳からの入学であるので彼女は四年生。なるほど納得だ。


「ここでお買い物したいなー!!いい?メイロちゃん!」

「ダメよ、まずは馬車を止めてからね。それに、先にラクルゼーロに彼女たちを降ろしていくわ。聞いた話だと、殆どがこの近辺出身なのでしょう?」

「えぇ、そうよ。ありがとね、なんか。大学まで行ったらあとは自力で帰れるわ。本当に、感謝しても仕切れないくらいよ」

「助けてくれてありがとね、コノハちゃん、メイロちゃん!」


少女たちが口々に感謝の言葉を述べる。ちょっと気恥ずかしい。


「っと………あそこね」

「へ?どれどれ!?わぁぁ!!大っきい!」


大きな街路を進むと、その先に大きな建物が見えてくる。ラクルゼーロ市の北に東に位置する建設物:ラクルゼーロ大学だ。市議会堂に勝るとも劣らない大きさの建物。日本の大学の規模と大して変わらないソレに木葉は大興奮だった。


「ようこそ!私たちのラクルゼーロ大学へ!!」


……


…………


…………………………


………………………………………


キャンパス内を馬車が悠々と進んでいく。ちゃんと置き場があるらしく、そこまではこのクリスタル風の馬車がジロジロ見られながら進んで行かなくてはならない。大学生たちは最初、どこぞの王族が入ってきたのか!?とたじろいでいたが、荷台に行方不明になっていた生徒たちがいるのを見て歓喜した。その騒ぎを聞きつけた教職員たちにトゥリーが対応する。なんか木葉たちを指差してあれこれ説明していたが、あまり聞き取れなかった。


「ちょっと待っててね!直ぐに学長室まで案内するから!」


馬車を止めて、キャンパス内を徒歩で回る。夕方のキャンパスでも人がまだ沢山いて、思いのほか活動的だ。すれ違う学生たちは行方不明だった友達が、謎の美少女たちをつれているのを物珍しそうにしていた。行方不明だった事情を聞いて帰還を喜びたいだろうが、トゥリーたちにとっては何よりまず木葉たちを学長のもとへ連れていくのが優先である。


講義棟はなかなか古き良きといった作りになっていて、まるで海外の大学に来たかのような気分にさせられる。所々に華やかな絵が飾ってあったり、肖像画が飾ってありこの都市が芸術に秀でていることを再確認した。


コンコンコンコン


トゥリーが学長室のドアを叩く。


「どうぞ」


中からはしわがれた声。


「失礼します、四年生トゥリー・S・A・カルメンです。ほら、入っていいよ」


トゥリーに促されて中に入る、そこにはモルタルボードを頭に乗せ、小さな眼鏡を掛けた老人が座っていた。その目は大きく見開かれている。


「………トゥリー、アンタ……」

「ただいま戻りました、お祖母様」


そのお婆さんは立ち上がり、よろよろと歩き始めた。トゥリーが駆け寄り、その体を抱きとめる。


「しんぱい………かけました……ごめんなさい、お祖母様」


お婆さんの目からも涙が溢れる。


「……全くだよ。無事でよかった、トゥリーや」


暫くゆったりと時が流れる。しかし空気を読んだのか、お婆さんは涙を拭って腕を離した。


「ふぅ、すまないね。この歳になると涙脆くて仕方ない。取り敢えずお掛けなさい。そこのお嬢ちゃんたちのことも、話してくれるんだろう?」

「えぇ、彼女たちは、私たちの命の恩人よ。あの子達が私たち全員を生きて連れて帰ってきてくれたの!」

「………お茶を入れようかね。好みはあるかい?お嬢ちゃんたち」

「なんでも構わないわ。こっちの子も」


突然話を振られて緊張する木葉の様子を察して、メイロが冷静に応対する。


「じゃあ高級な茶を入れようかね。いい焼き菓子も手に入ったから、少し遅いおやつにしようじゃないか」


そう言ってお婆さんは、立ち上がりポットに杖を一振りした。するとポットに突然水が溜まり始まる。そのままフヨフヨと浮き続けるポット。戸棚がひとりでにガラリと開き、中から茶葉の缶が出てくる。その缶から茶葉が適量ポットの中に入っていくと、蓋がされた。


木葉たちは驚いた様子でその流れを黙って見ていたが、次第にポットから湯気が立ち込めてくる。もう湧いたらしい。


お婆さんがまた杖を一振りすると、戸棚が開いてカップとソーサー、そして小さな銀のフォークと花柄のお皿が浮かんで来て、木葉たちの座るテーブルに静かに降りる。近くに置いてあった白い箱からは、色とりどりの焼き菓子が出てきて皿に乗せられていった。


カップに静かにお茶が注がれる。アールグレイのような香りが仄かに部屋に広がっていった。


「さぁ、召し上がれ」


「い、いただきます」

「いただきます」


木葉は緊張気味にカップを口に近づける。そして、一口。


「あ……おい、しい」

「ホントね。これはいいお茶だわ」


ソーサーにかちゃりとカップを置く。心が癒されていくようなその香りに、緊張はすっかり解れていた。


「さて、自己紹介が遅れてすまなかったね。あたしゃフォレスト。フォレスト・カルメン。その辺じゃ【緑の賢者】なぁんて呼ばれているね。この度は、うちの孫娘や生徒たちを救ってくれてありがとうと言わせてもらおうかね。お嬢ちゃんたち、お名前は?」

「木葉、櫛引木葉です。あ、コノハが名前です」

「メイロよ。ただのメイロ」

「コノハちゃんに、メイロちゃんかえ。いい名前だねぇ。早速だけど、事の顛末を聞かせてもらっていいかね?あたしもまだ半信半疑なのさ、、お嬢ちゃんたちのような小さな女の子たちが、あの子らを魔族からすくい上げてくれたってのはさ」



それから木葉たちは、フォレストにレスピーガ地下迷宮であったことを事細かに話した。とは言え無論メイロが鎖で幽閉されていたこと、コノハが魔王であることは伏せて、ローマの祭りとの戦いや星空の間での出来事を話した。


「………俄かには信じ難いねぇ。ステータス画面を見せて貰ってもいいかい?」

「あ…え、と……コノハ」

「大丈夫だよ、メイロちゃん」


木葉がステータス画面をフォレストに向けて表示する。そこには…


【櫛引 木葉/15歳/女性】

→役職:剣士

→副職:料理人

→レベル:86

→タグカラー:

HP:7635

物理耐久力:5076

魔力保持量:8238

魔術耐久力:7520

敏速:5498

【特殊技能】《捏造》《魔笛》《鬼姫》:

・両面宿儺(りょうめんすくな)

・茨木童子(いばらきどうじ)→《鬼火》

【通常技能】《言語》《念話》《裁縫》

・強化技能:《身体強化》《精神汚染耐久+》《自動回復力強化》《切断力強化》《五感補助》

・状態技能:《熱探知》

・剣術技能:《居合》《切断》

・防護技能:《障壁》《結界》

・回避技能:《察知》《奇襲回避》

・料理技能:《食物理解》《加減調整》

【魔法】

・基礎魔法

・攻撃魔法:《斬鬼》《剣舞》

・幻影魔法:《ローマの祭り》



(……魔王じゃない??どういうこと?)


「ほぅ、これは……。これだけの強さを持っていながら、タグカラーが白かね。これは一体……」

「お祖母様…それくらいでいいでしょう?コノハちゃんは私の恩人なの!疑うようなことしないで欲しいわ!」

「………そうかね。まぁ邪な雰囲気は全く感じないから、ある程度信じることにしようかね。たしかにこのレベルなら魔女を屠ったという話も本当だろうしねぇ」


木葉も木葉でそこまで馬鹿ではない。フォレストという老人が、信用できる人物だと見抜いての行動だ。その辺の人ならステータス画面を見せたりなどしない。


「……おいひい」


アホではあるが。幸せそうに自分の出した焼き菓子を頬張る少女を見て、フォレストは疑うのがバカバカしくなった。そして、孫を可愛がるような目で、、


「おかわり、いるかい?」

「いいんですか!?やったー!!」


(……この子が何らかの悪人だったとしたら、あたしの人を見る目がそうとう衰えたことになるだろうね。この子は悪人ではなかろうよ)


口についたクリームをそのままにしているため、メイロがハンカチでそれを拭き取ろうとする。微笑ましい光景に、フォレストは微笑した。


「……さて、孫娘の命の恩人なんだ。大体の願い事は叶えてやろうかね。何かいるものはあるかい?」


フォレストが尋ねる。木葉はメイロと顔を見合わせたが、正直何も思いつかなかった。


「うーん、なんかあるかな?」

「ボロディン砂漠の地図とかあったら頂きたいわね。多分図書館とかにはないでしょうから。それと、ギルド会館への便宜を図って欲しいの。あとはいい装備屋さんの斡旋と、換金所の案内ね」

「あ、あと《念話》リストの登録!」

「そうそれも」


それを聞いて、フォレストは呆れたように言う。


「……お嬢ちゃんたちが望めば、大金を用意したり家を建てたりもするんだけど、そんなものでいいのかい?」

「……じゃあ宿の手配も。今夜は寝る場所がないのよ」

「呆れたね。人間もっと欲に忠実な生き物さ。本当にいいのかい?」

「うん!なんか、その、お金もらうとかは悪いですし。それに私たち、結構行かなくちゃいけないとこがあって、一箇所に定住するのもちょっと……」

「そうね、強いて言えば権力が欲しいくらいね。その為に貴方の権力を利用するということよ」

「メイロちゃん色々正直すぎだよ!」

「正直者は将来いいことあるわ」

「なんか色々突っ走ってるよ…」


メイロが権力を求める理由は簡単。旅をする以上、なにかとその先で権力は役に立つからだ。様々な交渉がスムーズに行くことを先見してそれを欲している。


「冒険者が権力を求めるとなると、タグカラーの上位化かね。そのための仕事を斡旋して欲しいと?」

「タグカラー白月級の冒険者に当てられる仕事なんてタカが知れてるわ。私たちには上位ダンジョン攻略に挑む実力がある。いちいち薬草詰みから始めてられないわよ」

「なるほど道理だね。よかろう、、知り合いのギルドマスターに話を通しておいてやるさ。換金所と装備屋も問題ないね……なんなら値下げ交渉もやっておいてやろう」

「助かるわね」


メイロは全く物怖じしなかった。この肝の座りようはなんなのだろう?


「【ボロディン砂漠】の地図っていうのはなんなんだい?」

「砂漠のどこかにある魔女の宝箱を攻略したいの。確か【イーゴリ公・ダッタン人の踊り】とかいう魔女がいたはずよ」

「……なるほどね。わかった、、最近作られた地図をやろうじゃないか。で、宿の斡旋だが………トゥリー、頼めるかい?」

「ていうか、ウチが空いてるわ!大大大歓迎よ!!」

「トゥリーさんの家に行けるの!?メイロちゃん、泊まろうよー!」

「そうね。タダで泊まれるに越したことはないわ。ドロップアイテムの換金は明日にしましょう」

「おっとまり♪おっとまり〜」

「何このテンション…」


窓の向こうは既に夜に沈んでいて、月が登っていた。


「この街の美術館やらコンサートやらにも連れて行っておやり。すまんが、あたしゃ仕事で忙しくてね」


よっこらせっとフォレストが立ち上がる。


「ありがとうございますフォレストさん!」

「本当に感謝するわ」

「いいのさ、、お嬢ちゃんたちにかなり興味が湧いてきたし、なかなか気に入ったよ。明日あたりギルド会館においでな」

「はい!」



廊下に出てドアを閉める。


「じゃぁ、ウチにいこっか。友達も来てるからちょっと騒がしい夕食になるけど、味は天下一品だよ!」


トゥリーが胸を張って言う。帰還した少女たちの事情聴取は、フォレストがなんとかするとのことらしい。正直憲兵さんに説明するのが怠いので助かる。この街にいる間は、フォレストの権力使い放題、万々歳だ。緑の賢者の権力というのはラクルゼーロ市全体に及んでいて、市議会も頭が上がらないようだ。


「蟹出る!?」

「出るわ!」

「やったー!!」


星空の間には蟹がなかったので、久方ぶりの蟹に木葉は大興奮だった。そんな木葉をみて、笑みを浮かべるメイロ。内心は可愛いというワードで埋め尽くされている。



月は高く登っていたが、ラクルゼーロの夜はまだまだ騒がしいものだった。


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