第26話:動き出す悪意
〜王国の西:ハザールド〜
古くは700年前から工業都市として発展してきた地方で、ハザールド市は武具などの生産地域としても有名だ。16年前の内乱で滅んだ【五華氏族】:ツヴァイライト家の旧領で、それに近しい領主たちが反乱の恐れがあったため長らく王国の監視下にあった。王国はハザールド市に重い税金の納入を指令。民は苦しみ、今回の反乱が起こるに至る。
率いているのはツヴァイライトの旧臣の領主だったが、厄介だったのはその反乱に【風切りの乙女】が加担していたこと。風切りの乙女とは5年前王国北西部で起こった反乱軍がとある街を襲撃した際に、その反乱軍を押しのけて街を守ったという英雄だ。その名をカディーという。見目麗しい顔とブロンドの髪、豊満なボディーから王国民の人気を博し、西の方では有名になっていた。
正義感溢れるカディーは重い税金に苦しむ民たちを見てハザールド領主に訴えたが聞き入れられず、王都への嘆願書も黙殺された。市民たちの不満は日に日に募っていき、それを見兼ねたカディーは遂に決起を決意。領主たちと共にハザールドの城を乗っ取り、王都への抗議を表明した。
これに対して王都政府は一連の事態を反乱と見なし周辺の王国軍へ討伐を命令する。しかし、カディー率いる市民軍は王国軍を圧倒しハザールド郊外の戦いで潰走させることに成功。
「義は我らにあり!!恐れることはないわ!フォルトナ様の加護がついている!!」
痺れを切らした王都政府は7将軍:エデン・ノスヴェルやミランダ・カスカティスの両将軍と異端審問官の派遣を決定。1日前、ハザールド市に総攻撃が開始された。
……
…………
……………………
「あはははは!!エデン様ァ!あははははは!」
ハザールド城の謁見の間に鎮座しているのは7将軍:エデン・ノスヴェル。その脇には異端審問官:ノルヴァード・ギャレク一等司祭。そして、ノスヴェルの前で壊れたよう笑ってひれ伏しているのは風切りの乙女:カディーだった。
高潔の証たる銀の鎧は破壊され、布切れ一枚のカディーのその背中には大きな十字架がのしかかっていた。
「つまらないものだ。風切りの乙女も所詮この程度か」
「ふはははっ!!見よ愚民ども!あれだけ高貴で見目麗しかったお主らの英雄が今やこんな娼婦の様な姿でワシを求めておるぞ!!ふはははははははっ!!」
エデン・ノスヴェルが豪快に笑う。女好きということで知られるエデン将軍は、その側室も物凄い数存在するという。勿論女の奴隷もだ。
「ぁぁぁぁあ!カディー様!なんというお姿に!」 「カディー様!目を覚まして!」
「ああはぁぁはははは、あははははははははははははははははははは!!!!」
笑い続けるカディー。これ以上は見るに耐えないとして、若き審問官ノルヴァードは兵士たちに命じてカディーを連れて行かせた。
「処刑場へと連れて行け。しっかりいたぶった後に首を落として殺し、城の前に掲げよ。連中にこれ以上逆らうのは無意味だと思い知らせてやれ」
「は!」
壊れた乙女が兵士によって連れて行かれる。行き先は禍々しい処刑場。捕らえられた他の反乱軍もそこで乙女の末路を見届けた後、反乱のリーダー級は斬首となった。カディーも一連の首謀者として首を落とされて城に門に高々と掲揚されることとなる。
「滑稽だな、ふはははは!これが王都の薬剤師の力だ。あれほど投与すればあそこまで壊れるものなのだな、ふはははははは」
「少々悪趣味ですよ、エデン閣下。品格のない行為はお控えください」
ノルヴァードがエデンに進言するが、エデンは気にせずにタバコを吸い始めた。
「良い実験になったではないか!今度ワシの奴隷にも使ってみることにしよう。これで国王陛下に逆らう愚か者共への見せしめにもなったであろうよ、ふははは」
「ハァ…。私が出るほどのことでも無かったですね。ハザールド市の制裁措置については、王国側にお任せします。ですので寄付金の方は………」
「分かっておるとも。ハザールドから搾り取った税金は、5割寄付しよう。さて、西の反乱の鎮圧は残りの2都市を鎮圧して完了する。すまんが、もうすこし付き合ってもらうぞ、ギャレク殿」
「カームビル市とレゼン市ですね。カームビル市には【土煙のクルーガー】とかいう輩がいたはずですが」
「既に【ミランダ将軍】が討ち取ったという報告が入っておる。ワシらはこのままレゼン市に進軍し、これを落とす」
「かしこまりました。直ぐに準備いたします」
ノルヴァード・ギャレクが城下に降り立つ。背中には天使のような羽を付けて。
城下は未だ煙が上がっており、所々から死臭が立ち込めている。今後の労働力のために、市民はなるべく生かす方針となっていた。だが、この分ではハザールドの復興は10年は先だろう。
断頭台の方では泣き叫ぶ声が聞こえてくる。反乱の首謀者たる領主が丁度断頭台に頭を乗せているところだった。ギロチンが下がり悲鳴が上がる。やることもなく暇だったノルヴァードはその光景をただぼんやりと眺めていた。
「人の最期というのは面白い。最期になると人は本性を見せる。私は、一体どんな最期をむかえるのだろうな」
必死に命乞いする領主の1人が、またその命を散らす。ギロチンは、その血をまだまだ吸い続けるだろう。
……
…………
……………………
2日後、エデンとミランダの両将軍が王都に入城し、反乱が鎮圧されたことを示した。王都の民は信仰神:フォルトナに仇をなす逆賊が成敗されたことを喜び、敵の首級に罵声を浴びせる。この時勇者たちは、ゴダール山攻略で丁度いなかった。いや、上層部がこの光景を見せないように調整したのだ。
しかし笹乃は違う。最上笹乃は王宮からこっそりと柊の使っていた抜け穴で抜け出し、この光景を目撃してしまった。王国の闇を目撃してしまった。
「なん、ですか………これ」
騒ぐ民衆、煽る兵士、首を掲げて遊ぶ将軍、籠に入れられた奴隷。
「こんな……こんなのって……」
笹乃は急に吐き気が込み上げてきた。これは、もしかしたらこの時代では常識なのかも知れない。けれど、笹乃にとってこの光景は異常以外の何者でも無かった。
……
………
………………
「ただ今帰りました。ラッカはいるかな?」
ノルヴァードが近くにいた異端審問官に声をかける。
「い、いえ。朝から姿が見えなくて…」
と、その時
「おはよーノルヴァード。朝からお勤めごくろーでっすわ」
能天気な声が響く。ノルヴァードは呆れた顔で言った。
「遅刻とは感心しないなラッカ。そして、もう昼なんだが」
「あて、昨日は夜遅くまで『異端者狩り』してたから寝不足なんすわ。あいつなかなか死なねーんだもん。だりぃっすわあのビチクソども」
「女の子がそんな言葉を使うもんじゃないさ。にしても、君がいれば十月祭にも追いつけただろうに」
満月教会フォルトナ派の総本山:マクスカティス大寺院。ここの一角は、異端審問官の居住スペースとなっている。話している男女のうち、1人は先ほどの異端審問官:ノルヴァード・ギャレク一等司祭。そしてもう1人の女性、白の髪にウサギの耳を生やした亜人族の美女は一等司祭:【ラッカ・ティリエ・ル・チェリーネ】だ。『あて』という一人称をつかい、ぴょこぴょこと跳ねるうさ耳と合わず怠そうでなめ腐りきった口調である。
「で、あて明日から遠征なんで、用があるなら早めにねー」
「いや、ただ顔を見せただけなんだが……遠征?」
「あー、、なんかね。フルガウド家の小娘が中立都市:リヒテンで目撃されててね。マジだりぃっすわ」
「フルガウド……そうか。では次戻ってくる時は、奴の首級を挙げて帰ってくるわけだ」
「勿論っすわ」
「しかしリヒテンとなると、、あまり騒ぎは起こせない。中立都市はあくまで中立だ。王都の勢力もそこまで及んでいないしね」
「大丈夫っしょ。あてに掛かれば騒がれる前に直ぐ掃討。首チョンパしてさっさと撤退案件〜」
ひょこひょことスキップして寺院の入り口を開くラッカ。そして、ノルヴァードの方を振り返って……
「じゃ、行ってくるっぴょん♪」
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