第25話:真室柊の脱走劇

あれから10日、木葉の時間軸で言えばリヒテンに向けて出発した頃、クラスメイトたちは久しぶりにお暇を貰い街に遊びに来ていた。クラスの不和を嗅ぎ取った王国上層部の判断でもある。たまの息抜きとはかなり大事だ。



「あら、皆さんお出かけですか?」



ピンクのドレスに身を包み、優雅に足を進める美少女:マリアージュ王女殿下。ガタリや零児、荒野ですらその美しさに釘付けだ。女子たちもどこか恍惚とした顔を浮かべている。


「え、えぇ。息抜きで、王都の城下へ遊びに行こうかと。殿下は何処へ?」

「ワタクシはこれからダンスの練習がありますの。ご一緒できないのが残念ですわ」

「左様ですか。機会があれば是非、一緒に城下へ参りましょう」

「えぇ、是非」


ガタリが完璧な受け答えでマリアに笑いかける。その所作は侍女たちも惚れ惚れするほどだった。


「さっすがガタリ。イケメン度パネェわぁ」

「財界人との挨拶で慣れているからね。流石に一国の王女と話したことはないが」


白鷹ガタリの実家白鷹家はとある大企業を経営しており、日本の財界を支える重要な一家となっている。政治家とも関わりがあり、ガタリは幼い頃から処世術を嫌という程身につけていた。


「ん?」


ふと、廊下の角の方をみると少女がチラチラとガタリの方を伺っていた。


(あれは、マリア王女の妹君のレイラ様?)


ガタリが視線に気づくと、レイラはその頬を赤く染めて逃げていってしまった。そういうお年頃なのだ。


……


…………


……………………


さてクラスメイトたちが街に遊びに行っている間、柊は最終準備に取り掛かっていた。ベッドの上に並べられているのは…かなりガチの銃火器たち。


「アサルトライフルM14、ハンドガンはデザートイーグル、サブマシンガンはmp5……我ながらだいぶ凝ったな。だけど既に実験済みだから問題なし。弾薬も良し。手榴弾、閃光弾、音響弾………ゲームの知識がここで役に立つとは……」


柊はガチのゲーマーだ。それもこういう銃火器に詳しくなるような大人向けゲームのばかりを好んでやっている。3Dプリンターなどで銃が作れてしまうこのご時世で、自作の銃を作ろうと色々調べたのが功を奏した。結局元の世界では作ることができなかったが。


「ヤクザの娘とかなら分かるけど生憎一般家庭のクソガキでしてね。っと、サイレンサー忘れてた。安全装置ちゃんとついてる。衣服食料諸々良し。馬車の手配も完璧」


流石にアイテムボックスが満杯だった。ミョンスの工房に荷物をちょっとずつ置いてきて正解だったようだ。


「さて、これでこの王宮ともおさらばか…。あばよ勇者パーティー、強く生きろ…なんちて」


そうしてドアを開けて……




「どこへ行くおつもりですかぁ?真室様」


部屋の前に立っていたのはいやらしい笑みを浮かべた男。


「ヒューム………主幹だっけ?なんの真似?」


部屋を取り囲むようにして、王国兵たちが役20名と言ったところだろうか?


「うちの宰相様が秘密裏に貴方のことを探っていたのですよ。おほほほ。何をコソコソ作っていたのかは知りませんが、、異端審問官に引きわたす訳にも行きませんからぁ。その身柄を拘束して、作ったものをこちらに寄越して貰いましょうかと思いまして。単独で動かせて頂きましたおほほはほ」


(やっべぇ。宰相っつーとスピノザとか言ったっけ?)


冷や汗が出る。流石にサボりすぎたらしい。そのツケが回ってきてしまったようだ。


「……単独?」

「えぇ。異世界から来た少女が何を作っていたのかにも興味があります。他の方に知られる前に、貴方のことを隅々まで調べたいのですよおほほほほ」

「クソキメェおっさんだな。その手に持ってるやばそうな機械止めろ」

「貴方もいずれ私の奴隷達のように自ら私を求めるようになるでしょう。その時が楽しみです!!」

「………変態が」

「なんとでもいいなさい」

「……………よ」

「はい?」



「あばよ、変態」



柊は咄嗟に忍ばせておいた閃光弾と音響弾を取り出し、投げつける。当然柊は耳栓をつけている。


ギィィィィィィイン!!


「な、これは!?あぁぁぁぁぁあ!!」

「ぐぅあぁ!」

「なんだこれは!?眩し」

「目が、目がぁぁ!!」


「オマケだ、くれてやる」


床にバラバラだ投げ捨てたのはネズミ花火。ただし改造が施されていて、火薬の量が少し多い。そのため…


パンパンパパンッ!!


「わぁぁぁあぁぁ!!」


「ったく後戻りできねぇな。煙幕弾っと!」


王宮が煙に包まれる。逃走経路は既に頭の中に入っていた。途中兵士たちとすれ違うが、これを柊が起こした騒ぎだと誰も知らない。ヒューム主幹の単独行動というのが完全に仇となったのだ。それと、少し嫌がらせをしてやることにした。


「ヒューム主幹ご乱心!!火事だ火事!みんな逃げろぉぉ!!」


逃げながら大声でそう叫ぶ。ヒューム主幹の実験癖は王宮に知れ渡っていることなので、誰もそれを疑おうとはしない。日ごろの行いって大事っすわ。


「なんだなんだ!?」

「ヒューム様がまた何かやらかした!」

「くそっ、煙たいぞ!何を燃やしたんだあのバカ!」

「お退きなさい!小娘を捕らえるのです!」

「主幹!王宮で騒ぎを起こすのは止めろとあれほど!」

「今はそれどころでは……あぁ、耳がキンキンする!」

「目が、目がぁぁ!」

「うるせぇぇ!!」


(『また』ってことは常日頃から何かやらかしてるな。マジで好都合)


素早く裏庭に抜け、兵士たちに紛れて逆走する。もうすぐ例の抜け道に……


「真室……さん?」


目の前には最上笹乃先生。最近はよく裏庭で過ごしていたのを思い出し、自分の不運さを呪う。


「この騒ぎは一体!?」

「あー、なんかボヤッたらしいよ。先生も早く逃げな?」

「そ、そうですね。あの、真室さんは……」


心配そうに駆け寄ってくる笹乃に、すれ違い様にこういう


「またね、先生」


「へ?」


そのまま全力疾走して裏庭から抜け道へと走る。後ろで笹乃が何か叫んでいたが、それを気にしている余裕はなかった。暗い通路を抜けて城下町を走って行く柊を追いかけるものは、誰一人としていなかった。


「待ってろよ木葉………絶対迎えにいくから」







その日、王宮で小さなボヤ騒ぎがあった。原因は勇者パーティーの一人である真室 柊(まむろ ひいらぎ)、、依然としてその行方は不明。彼女は王都から忽然と姿を消した。近衛や憲兵の捜索にも関わらず王都で彼女を発見することは叶わず、特にその後捜索隊が出されることもなかった。


……


…………


…………………


「おいおい、逃げられちゃったのかい。そいつは滑稽ですね」

「は!近衛も全力をもって捜索しましたが、力及ばず。申し訳ございません」

「まぁ仕方ないですね。完全にヒューム主幹の暴走ですし、真相のほどもよくわかってないですからねぇ。それほど腰を入れて取り掛かるようなことでもないですし。なんなら将軍も出払ってますし」


執務室で話しているのは官僚風の将軍:メイガス・シャーロックと近衛騎士団団長:レガートだ。


「彼女はあまりゴダール山攻略に積極的な方ではなかったので、クラスメイトたちのショックはそれほどないようです。戦力面でも大して影響はないかと。ですが………」

「まぁ、異世界の兵器を持っているかもしれないということについては考え所でしょうねぇ。錬金術師は貴重でしたし………全くあのアホ主幹は」

「……主幹にも厳重注意がいったかと思われます」

「厳重注意で止まる男ではないですよアレは。異端審問官も7将軍も居ないからってやらかしてくれましたねぇ。私が怒られちゃうじゃないですか」


メイガスがため息をつく。7将軍として王宮の守護を担うものとして今回の騒ぎは、小規模だろうと失態は失態だ。


「他の将軍は皆どこへ?」

「私を含めて4人は王都、1人は北方へ。残り2人は異端審問官と共にハザールド地方の鎮圧へ。全く……搾り取った金を数えてるだけの暇な将軍どもに責任を押し付けていいですかねぇ。私悪くないですもん」

「ハザールド……というと、西方のあそこですか。【風切りの乙女】が反乱側にいると聞いていますが…」

「あぁ、全く問題ないでしょう。今頃……向こうは地獄ですよ」




執務室に日が差し込む。太陽は高く登り、今日も王都は快晴だった。

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