第29話 高天原からの客人
昨夜の一件などなかったかのように、翌日からまた大学へと通っていた。いつも通り授業が行われる教室に行って授業を受け、終わって教室を出た。そして次の授業へ向かう途中、石棺が保管されている部屋のある建物の前で見覚えのある顔を見かけた。
「あっ!」
こちらからが声をかける前に、向こうが気付いて駆け寄ってきた。
「どうも、今日も来てしまいました」
そういうのは姫園女子学院大学の櫛引尚美。歴史に浪漫を感じ、発見された石棺を見たいと言ってやってきた。今日もどうやら用事は同じのようだ。
「あの、何度来られても今は入れないんですけど…」
「はい、ですが三顧の礼という話もあります。諦めずにお願いに来たのと、できれば一緒に引き上げられたものなどがあればそれだけでも見たいと思いまして…」
「いや、そういったものも中にあるので入れないと見られないと思うんですけど…」
目当ての物が何も見られない。そう聞いて櫛引尚美の表情は少し曇る。
「で、では、引き上げたときの状況などのお話をお聞きしたいのですが…」
まるでジャーナリストのように食い下がる櫛引尚美。それに根負けするように、大苗代崇人は一つため息をついた。
「えっと、次の授業が終わったら食堂で昼食を食べるので、その時でも良いですか?」
石棺引き上げの際の話が聞ける。それを聞いて曇っていた表情が一転、明るくなった。
「わかりました。あっ、どうせなら次の授業、ご一緒してもよろしいですか?」
「そ、そこまでして聞きたいんだ…」
櫛引尚美の歴史浪漫に対する熱意はすさまじいものがあった。
「えっと、ちょっと教授のところに提出物があるので俺は享受の研究室に寄ってから行きます」
「はい、ではナミさん。行きましょう」
「おい、なれなれしいぞ」
イザナミと櫛引尚美が歩いて行く姿を見送ると、大苗代崇人は一度建物の中に入った。そして無人の教授の研究室に提出物を提出すると、そのまますぐに建物を出て次の授業の教室へと向かおうとする。
「あっ、見つけましたぁ」
背後から聞き覚えのある声が聞こえ、大苗代崇人は振り返った。するとそこには微妙に違和感のある女性が一人立っていた。
「もう、探しましたよぉ」
「あ、あの、えっと…」
見覚えの会える顔だが、雰囲気がまるで違っていたため即座に名前が出てこなかった。その間を嫌ったのか、女性の方から名乗ってくれた。
「もう、忘れちゃいましたぁ? アメノウズメですよぉ」
名乗られたことで思い出した。高天原で出会ったアマテラスに仕える神様。しかし見た目の雰囲気や話し方がまるで違っていた。
「あの、雰囲気が違いすぎません?」
「えぇー、そうですかぁ? そんなに違いますぅ?」
まず見た目に違和感があった。何というか、ファッションが十年から二十年くらい前の印象で、さらに話し方とかも現代っ子とは違う。昔のギャルをイメージしているのかもしれないが、残念ながら似ているとは言い難かった。
「ずいぶんと個性的というか何というか…」
「えぇ? 世の中の若い女の子って感じですよねぇ?」
「えっと、違うと思います。むしろ違和感が強すぎて変な人状態です」
「えぇー…」
アメノウズメは自分のファッションを見て首を傾げる。どうやらどこがどうおかしいのかわからないようだ。
「あと、話し方も普通にしてください。明らかに距離を置かれるキャラになってます」
「そうですか? 少し前に完璧に調査したと結果を反映したつもりだったのですが…」
残念そうなアメノウズメ。彼女の少し前というのは神様の感覚での少し前だ。人間の感覚とは大いにズレているのだろう。そうでなければ、十年から二十年前のファッションなどしてくるはずがない。
「では、普通に話しましょう」
ファッションは変わらないが、話し方が普通になっただけで幾分か接しやすくなった。
「あの、それでいきなりどうしたんですか?」
高天原でアマテラスに仕えているアメノウズメ。彼女が人の世にわざわざやってくるということは、何かしらの理由があるはずだ。
「実はですね、お尋ね者の神が高天原から逃げ出しまして、人の世に紛れ込んだようです」
「…え?」
お尋ね者の神などという存在があることも驚きだが、それが高天原から逃げ出して人の世界にやってきたというのだ。
「そのお尋ね者の神を探すのを手伝って欲しいので来ました」
「か、簡単に言いますね…」
高天原から逃げ出して行方知れずのお尋ね者の神。それを人間一人が手伝ったくらいで見つかるとは思えない。
「すでに宮内庁や神社庁の方には通達しているのですが、探し出すためには一人でも人手が多い方が良いと思いまして」
「いや、ただの一人の人間じゃどうしようも無いですよ」
「そこをなんとか、手伝ってもらえないでしょうか?」
アメノウズメが頭を下げる。アマテラスに仕える高位の神がこうも簡単に頭を下げるとは思っておらず、思わず狼狽えてしまった。
「え、あ、頭?」
知らない人が見ればお願いをしている現場だが、知っている人が見たら神様に頭を下げさせていることになる。この異様な状況を回避するために、アメノウズメの下げた頭をなんとか上げてもらう。
「手伝いますから、頭を上げてください」
「本当ですか? ありがとうございます」
大苗代崇人の返答を聞いて、アメノウズメは笑顔になった。どうやら良い返事をもらうための演技だったようだ。
「は、はめられた?」
気付いたときにはもう遅い。手伝うと約束してしまった以上、今からその約束を反故にすることはできない。
「それではお尋ね者の神ですが、名は博魔。賭博における射幸心や高揚心などの感情を得て力にする神です」
「え? 博魔?」
聞いたことのある名だった。高天原にイザナミのお使いで出向いたときに遭遇していた。
「あら、ご存じだったのですか?」
「えっと、はい」
博魔を探し出す、その手伝いを頼まれた。最初はどうしたものかと思っていたが、相手が博魔と聞いて少しだけやる気が出た、というよりやらなければならない。高天原に行ったときの自分を思い出すと、そんな気がしたのだった。
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