第27話 食を邪魔する者
「……寝たのか?」
テーブルに伏せて動かなくなったイザナミ。数多くの品を注文した彼女だが、平らげた皿と箸をほとんどつけないままの皿に二分される。もちろん平らげた皿は国産で、箸をほとんどつけないまま残されている皿は輸入品だ。
そして大量の日本酒を飲み干した。それにより普段の口調とは似ても似つかないかわいらしい寝息と共に、彼女はテーブルに伏せる形で一寝入りしていた。
「こんなに残して寝るなよな」
テーブルの上には彼女が手をほとんどつけなかった食べ物がたくさん残っている。輸入品を使っているため彼女の口には合わなかったのだろうが、それにしてもこれだけ注文するだけして残されるとは思わなかった。
「勿体ないだろ、これ……」
残された皿を一つずつ平らげて片付けていく。小さい頃から食べ物を残すなという教育を受けてきたせいか、どんなときでも料理を残すと言うことができない性分だ。残された全ての料理を平らげる。その目的のためだけに、箸と口を動かし続けた。
「ふぅ……もう食えない……」
イザナミがテーブルに伏せてからしばらく経って、ようやくテーブルの上の料理が全てなくなった。もう満腹で何も口に入れたくない。そんな状態だった。
「ん……ふわぁ……」
料理がなくなった頃を見計らったかのように、イザナミが突如頭を上げた。
「少し眠ってしまったようだな」
「そう、ですね」
満腹で少し辛かった。しばらく休息が必要だろう。
「一寝入りして頭が冴えた。もう一杯飲むぞ」
「え? まだ飲む気ですか?」
すでに日本酒を何杯飲んだかわからない。一升瓶数本分は飲んでいるかもしれない。それなのにまだ飲める。彼女はやはり人間ではないということを再認識させられているような気分だった。
「当然だ。何かおかしいか?」
「いや、酔いつぶれて寝ていたんじゃないかと……」
「一気に飲んだからな。多少は酒が回った。だがもういつも通りだ」
「アルコールが抜けるのが早すぎ……」
普通なら二日酔いは確実だろう。しかし少し眠っただけでいつも通りとは驚いた。神様には二日酔いが無いのかもしれない。
「さて、酒となればつまむ物もいるな」
「あの、食べられるものだけにしてください」
メニュー表を見ただけでは食べられるものかどうかわからない。だから片っ端から注文していたのだ。だからテーブルの上には食べられないまま放置された料理が残っていた。しかしその甲斐あってか食べられるものはわかったはずだ。これ以上、腹に何かを押し込む余裕はない。なんとか注文した物全てを平らげてもらわなければ困る。
「我もそのつもりだ。特にこの二品は特に美味であったからな」
どうやらお気に入りのメニューと出会えたようだ。日本酒とお気に入りの品を注文。これでこちらに被害が及ぶことはなさそうだと、安堵の息をついた。
「おっ、大苗代じゃん」
安堵の息は瞬く間にストレスのため息へと変わる。
「小山田、どうしてここに?」
「なんだよ。俺達が飯食いに来ちゃ悪いってのか?」
いつもの調子で絡んでくる小山田。その後ろには小山田の友人達がいた。下手なことを言って余計絡まれるのは勘弁して欲しい。だからここは極力相手を刺激しないようにやり過ごそうと考えていた。しかし、神様はそんな空気を読めない。
「悪いな。せっかくの酒の場だ。邪魔だから早々に消え失せろ」
刺激しないようにしたかったが、イザナミはあっさりその真逆をいった。
「あ? なんだと? って、お前教室にいた女か」
「確認せねば当人かどうかわからぬのか?」
「お前、調子に乗ってると痛い目に遭わすぞ!」
小山田が勢いよくテーブルを叩く。大きな音が鳴り、店内にいる店員や他の客の視線が集中する。
「調子に乗る? 言っている意味がわからんな」
「は? お前バカか?」
「愚かなのは貴様であろう。我は事実を述べたに過ぎぬ」
「は? その態度が調子に乗ってるって言ってんだよ!」
今にもイザナミに掴みかかりそうな小山田。しかし一色触発の空気を感じ取ってか、店員が飛び出してきて間に割って入る。
「他のお客さんに迷惑ですからやめてください!」
「は? どけよ! ぶっ飛ばすぞ!」
「それ以上騒ぐなら警察に通報しますよ!」
警察に通報する。その言葉を聞いて小山田は怒りの表情を見せながらも黙った。さすがに警察沙汰はまずいと思ったのだろう。
「ちっ! こんな店で誰が食ってやるかってんだ! おい、行こうぜ!」
小山田は一緒にいた友人達に店から出るように促す。舌打ちをしたり文句を言いながら、小山田の友人達は店を出て行く。
そして最後に小山田がイザナミの方を睨み付ける。
「お前、覚えてろよ」
「その馬鹿面は忘れるのも一苦労だ」
イザナミの一言に小山田は壁を一度殴りつける。そして「泣いて謝っても許さねぇ」と言い残し、小山田も店を出て行った。
小山田一行がいなくなったことで嵐は過ぎ去ったが、店の中の雰囲気は悪くなってしまって誰もが飲み食いをするような雰囲気ではなくなっていた。
「……おい、注文した物はまだか?」
しかしイザナミは相変わらずだった。そしてそんな相変わらずの様子に店員がいつも通りの動きを再開し、そこから他の客にもいつも通りが波及していった。
「さて、邪魔な愚物は去った。酒を楽しもうではないか」
小山田の存在すらなかったかのように、イザナミは酒と料理を堪能している。しかし一方で小山田を知る者として、あいつが最後に敵意の籠もった言葉を残していったのがどうしても気になってしまい、どうしても自分だけはいつも通りにはなれなかった。
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