第26話 外食

「じゃあナミさん、お兄ちゃんをよろしくね。あと、今度対戦ゲームしようね」

 真尋が満足してマンションの部屋を出る頃にはもう日が暮れていた。時間的に夕食時と言っても良い頃合いだ。嵐が一つ去ったことに安堵の一息。そして夕食をどうしようかと思案し始めた、まさにその瞬間だった。

「おい、崇人。酒を持て」

「え?」

 突然、神様が酒を所望した。

「酒だ。わからぬのか?」

「いや、酒くらいわかりますけど……」

「ならば早く用意せよ」

「そ、そう言われても……酒の買い置きなんてありませんよ」

 大学生の一人暮らし。飲食に使えるお金は潤沢というわけではない。さらに酒それほど趣味ではなかった。そのため付き合いでたしなむ程度で、買って帰って飲んだり買い置きしたりすることはなかった。

「なんだと? お前は本当につまらぬ奴だな」

 酒の買い置きがないだけで酷い言われようだった。

「ならば酒が飲める場所を連れて行け」

「急に言われても……ってか、どうしていきなり酒が飲みたいとか言いだしたんですか?」

「先ほど見たからだ」

 先ほど、と言われて思い返す。真尋がゲームを消したときに一瞬だけテレビが映った。その映像がちょうど日本酒の紹介のシーンで、有名な高級店の純米大吟醸を紹介していた。それを見て、ということなのだろう。

「あのレベルの酒は無理ですよ。高すぎて買えません」

 大学生に手の届くレベルの酒ではない。それこそブラックカードを持っているのだから自分で勝手に行ってきたらいいのではないかと思った。口には出さずに思っただけだ。

「お前にそこまで期待などしておらぬ。思い上がるな」

「う……」

「酒が飲めて、美味い物が食えればそれでいいと言っているのだ。さっさと連れて行け」

「は、はぁ……」

 高級店でなくて良い。ならば店は探せば見つかるだろう。スマホで検索をかけて、自宅付近でそれなりに口コミの評価が高い店を探し出す。

「あ、ありました」

「そうか。ならば早々に案内せよ」

「は、はい」

 こちらの都合などお構いなしだ。拒否権などなく言われた瞬間に決定事項となる。マンションから近い店へ、イザナミを連れてすぐに動き出した。

 店は席が空いていてすぐに座ることができた。そしてメニューを見るなり、日本酒を選択した。そして国産食材を用いた料理をいくつか注文して、運ばれてくるのを待つ。

「遅い。我を待たせるとは良い度胸だな。ここの料理人は地獄送りにしてくれようか」

 閻魔帳原本がイザナミの手元にフッと現れる。

「わー、ちょっと待った。こういうお店は少し時間がかかるものだから」

「昨日はすぐに出てきたではないか」

「コンビニやファーストフードと一緒にしちゃダメだから」

 なんとかなだめて説得しながら時間を稼ぐ。その間に酒が運ばれてきた。テーブルの上に置かれるなり、イザナミはすぐに日本酒を口に運ぶ。

「ふむ、なかなか悪くない」

 少しご機嫌になったようで安堵した。そして酒を堪能しているところに注文した料理が運ばれてくる。これでもうなだめなくていいと一息ついた時、不穏な空気を感じた。

「なんだ、これは?」

 料理を一口食べたイザナミの表情には怒りの色が見て取れた。

「不味いぞ」

「え? そんなはずは……」

 使っている食材は国産と書かれている。それで不味いということは、食材ではなく調味料が外国産なのだろうか。そうなるとこの店はイザナミにとってハズレということになる。

「えっと、すみません。さすがに調味料までは……」

 メニュー表にもそこまで記載はされない。ネットの情報にも調味料が国産かどうかなど載っていない。こればかりは事前に見つけようがないのだ。

「調味料ではない。これその物がそもそも不味い」

「え?」

 調味料で不味くなっているというわけではなく、食材その物が不味い。それはつまり国産と銘打っておきながら、国産の食材が使われていないことを意味している。

「もしかして……産地偽装?」

 何年かに一度、この手の話は話題になる。小さい頃にも産地偽装のニュースを目にした記憶がある。外国産と言うよりも国産といった方が客に受けも良いし、少々割高でも売れるのだ。そのため外国産を国産と偽るケースは少なくない。

「下らぬことをするものだな。これから先、生き地獄を味合わせてやろう」

 閻魔帳を開き、何かを書き込もうとしている。ちょっとした出来心かもしれないが、店主には運が悪かったと思って諦めてもらうしかない。

「ん?」

 すぐに何かを書き込む香と思っていた。しかしイザナミは閻魔帳を開いて、しばらく固まったまま動かなかった。

「なるほど、そういうことか」

「え?」

「ならば生き地獄はこやつだな」

 閻魔帳を一度閉じ、もう一度開く。そして内容に目を通すと、イザナミは何かを書き込んだ。

「ど、どういうことですか?」

「偽っていたのはこの店ではなく、この店に食材を売っている奴らだ」

 店主が故意に産地偽装を行っていたわけでなく、店主も騙されて食材を購入していたということらしい。

「複数人で行っていたようなのでな。生き地獄をしっかりと味合わせてやることにした」

 因果応報という言葉がある。悪いことをすればその悪事を行った報いを受けるのだ。産地偽装という悪行を行った犯人グループも報いを受けることになる。

 おそらくだが、法律や社会的な制裁が軽く見えるような、本当に苦しい報いを受けることになるだろう。たまたまイザナミに見つかってしまった犯人グループ。擁護するわけでも同情するわけでもないが、本当に運が悪かったと思って諦めてもらうしかないだろう。

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