第25話 閻魔帳原本
ひとしきり話が終わった後、真尋は遠慮なく部屋の隅に設置してあるテレビに向かう。そしてゲーム機を勝手に取り出した。
「この間途中だったんだよね。クリアまで行きたいし……あ、これ新しいやつだ」
ここは大苗代崇人の部屋である。不動産会社から自分で借りて、バイトして家賃も払っている。正真正銘、まごうことなく大苗代崇人の部屋である。しかしその家主は今、自宅でもっとも小さな存在になっていた。
突如現れた神様に気を遣い、不意にやってくる妹に好き勝手され、自宅が最も落ち着かない空間となってしまっているのであった。
「真尋はなにやら楽しそうだな」
「あいつは元々ゲーム好きなんですよ。実家にいた頃は俺が買ったゲームをやっていたんですけど、一人暮らしをするようになって実家にゲームがなくなっちゃって、こうしていきなり遊びに来るようになったんです」
「この時代の遊戯か。面白いのか?」
「慣れや得意不得意、あとはジャンルとか色々あるので、上手く合うものがあれば面白いと思います」
「そうか。今度やってみよう」
イザナミはゲームに興味を持ったようだ。真尋がプレイしている様子を背後から観察している。そんな彼女の手にはどこからともなく現れたあの本があった。
「ところでその本って、なんですか?」
「ん? これか?」
時代劇でしか見たことがないような本。覗き込んでも何が書いてあるのかさっぱり読めない。相当古い時代の物なのだろうが、しかし本自体は古そうには見えなかった。
「これは閻魔帳だ」
「閻魔帳ですか……え? 閻魔帳?」
閻魔帳。死後、天国に行くか地獄に行くかを裁く閻魔大王が持つ本。その本を見れば裁かれる対象の人生が事細かにわかるという。閻魔大王はその本の内容を元に、使者のその後の行き先を決めているといわれている。
「閻魔帳って閻魔様が持っているあの本ですよね?」
「そうだ。よく知っているな」
「いや、わりと有名なので」
閻魔帳を持っている。しかも閻魔大王でないイザナミが、だ。そこに違和感があるのだが、彼女はそれに気付いてはくれなさそうだった。
「どうして持っているんですか?」
「どうして? 我は黄泉国の主だぞ」
「それはわかりますけど、閻魔帳は閻魔大王が持つ物じゃないんですか?」
「閻魔も持っているぞ」
「え?」
「お前達が持つ機械とそう変わらん。閻魔帳とは所有者が見たいと思った者の一生を見ることができる物に過ぎない」
インターネットで見たい物を検索したとき、端末が違っても出てくる検索結果に大差はない。おそらく閻魔帳はインターネットで物を検索するように、一人の人間の一生を表示できる機械のような物のようだ。
「閻魔はこちらでいうところの裁判官だ。一人ではなく大勢いて全員が持っている。それを管理して配布したり回収したりするのが閻魔大王の仕事だ、閻魔大王とは閻魔という裁判官を管理する者を意味する」
そして閻魔という裁判官は大勢いて、閻魔大王がその管理者だと言うことが説明された。それはなんとなく理解できたが、その閻魔大王が管理している閻魔帳をどうしてイザナミが持っているのだろうか。
「そんな本をどうして持っているんですか?」
「先ほども言うたであろう。我は黄泉国の主だぞ」
「は、はい」
「国主ならば原本を持っているのは当然のことであろう」
閻魔帳の原本と聞いて驚いた。今も働いている閻魔達、そして閻魔帳を管理している閻魔大王。そこでやり取りされている閻魔帳は全て複製品とでも言うのだろうか。
「実際に死者を裁くために使われている閻魔帳は複製品ってことですか?」
「外れではない。これを元に作られているのは確かだ」
「それじゃあ原本も複製品も同じ効果がある本ってことですか?」
「それは少し違うな」
「違う?」
「閻魔共が使っている閻魔帳と、我が持つ閻魔帳原本では一つ大きく違っていることがある。それはこの原本には我のみが『記載』をすることができる、ということだ」
「き、記載?」
嫌な予感しかしない。閻魔帳とは聞いている限りでは人間の一生を映し出す鏡のようなもの。嘘偽りなく表示されるからこそ、閻魔達による死者の裁きが正しいものとなるのである。
「そうだ、崇人よ。お前の童貞も喪失できるように取りはからってやろう」
イザナミが閻魔帳の原本を開く。何も書かれていない白紙のページに、彼女は何かを書き込もうとしている。
「わーっ! ストップ! 止めて! ちょっと複雑な気分だけど怖いから止めて!」
一瞬、嬉しい展開を想像しかけた。しかしそれ以上に、白紙のページに何かを書き込まれるということに恐怖を感じた。
目で見たことをそのまま解釈するなら、白紙のページに書き込まれた内容は未来で必ず起こると予想できる。つまり運命や未来を変えられるということだ。閻魔帳原本と黄泉国の主であるイザナミが揃って初めてできることのようだが、自分の未来や運命を変えられてしまう、それも目の前で、だ。その恐怖心に耐えられなかった。
「なんだ、つまらぬな。誰かに操でも建てているのか?」
イザナミが本のページをペラペラとめくっている。自分の過去を覗かれているようで、恥ずかしさと気味の悪さが心の中で混ざり合っている。
「あの、もう本当に勘弁してください」
もう許して欲しい。心からの願いは力のない言葉となってイザナミに向けられる。しかしもちろんその言葉がすんなり受け入れられることはなく、しばらく自分でも覚えていないような過去の出来事の隅々まで、イザナミに覗かれてしまうのだった。
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