第24話 妹という名の台風
自宅だというのにとんでもなく居心地が悪かった。イザナミを物珍しそうに見ている妹と、ずっと見られていることにやや苛立ちを感じているイザナミ。そこはもう自宅ではなく、完全アウェーの異国だ。
「ねぇねぇ、ナミさんだっけ? お兄ちゃんとはいつから付き合ってるの? 同棲はいつから? 結婚の予定とかあるの?」
「お、おい! 真尋!」
じっと見つめていたかと思えばいきなりの質問攻め。イザナミが苛立って何かをしないか、気が気ではなかった。
「昨夜だが?」
「え? 昨夜? 昨日から?」
妹のこの反応は櫛引尚美に似ている。
「じゃあ一晩一緒にいちゃったわけだし、何事もなかったってことはないよね?」
「真尋! いい加減にしろ! 何聞いてんだよ!」
さすがにこれ以上言うとイザナミが怒り出しかねない。神様、それもイザナミノミコトともなれば怒らせるとどうなるかわからない。早めに妹の軽口を塞ごうと実力行使で口を塞いだ。
「もがふぉが……」
手に力を込めて口を塞いでいるというのにまだ口が動いている。
「そうだな。崇人は我の頼みをよく聞いてくれたな」
「ふぇ? ふぁのい?」
口を塞がれていても会話を続ける。その執念のような力がどこから来るのか不思議でしかたがなかった。
「ぷはぁ! お兄ちゃん、力入れすぎ」
「お前が余計なことを聞くからだろ」
妹が全力で口を塞いでいた兄の手を引きはがす。兄との言い合いもそこそこに、妹の興味はイザナミの発した言葉にあった。
「ねぇねぇ、頼みって何?」
「届け物だ」
「えー、何それ。パシリってこと?」
妹のテンションが急激に下がった。どうやら想像していた内容とはかけ離れた返答だったらしい。
「つまんない。それじゃあお兄ちゃんはナミさんのただのパシリで、しかも住居まで提供させられているってわけ? どれってもうパシリって言うか、奴隷じゃないの?」
奴隷、そう言われて否定できなかった。神様の命令に従う付き人や世話役、または暴走しないようにするための監視役。昨夜から何度もそう周囲から言われてきた。
しかしこの状況を全く知らない人が見たら素直に奴隷のようだという認識になるらしい。その言葉に反論できず、昨夜からのことだけでなくこれからのことも考えると、別の言い方も特に思いつかなかった。
「奴隷、か。その発想はなかったな」
そしてイザナミは何故か納得したように頷いている。どうやら奴隷という言葉に違和感が一切ないようだ。
「……ってか、ナミさん。お兄ちゃんと同棲することになったってことは、その前段階があるはずだよね。お兄ちゃん、夜の方は上手?」
「おい! 真尋はもう喋るな!」
両手で、全力で、兄は妹の口を塞いだ。帰ることに納得するまで、この両手による封印を解くことはない。そういう決意を腕に浮かぶ血管が物語っていた。
「夜? 同衾のことか? それは残念ながら我は知らぬな」
そう言いながらイザナミはどこからともなく本を取り出した。見た目は歴史的書物を思わせる和紙の本。いったいどこにそのようなものがあったのかと思っていると、彼女は本をパラパラとめくって中に目を通す。
「なんだ、崇人はまだ童貞か」
「わーっ! アンタも余計なこと言わなくて良い!」
イザナミから予想外の言葉が飛び出し、もう妹の口を塞ぐどころではなかった。その隙を突くかのように妹は兄の腕から逃れる。
「やっぱり、お兄ちゃんはお兄ちゃんだったね。納得だよ」
「納得とかいうな!」
「お兄ちゃん、同棲したからってナミさんと一線を越えられるとか考えちゃダメだよ。ヘタレなお兄ちゃんにはきっとナミさんのような強い女性は攻略できないよ」
「うるせぇ! 真尋だってまだだろ!」
「えー、それはどうかな?」
一瞬、時と共に思考が止まった。妹の返答の意味がわからず、余裕のある態度や様子なども含め、目の前で何を言われているのかさっぱり理解できなかった。
「真尋は同衾したことがあるのか」
イザナミは先ほど出した本のページをパラパラとめくりながら言った。
「んー、まぁね」
真尋は少し照れた様子で、短く肯定した。
「え? うそ、だろ?」
そして兄は予想外の展開に思考が停止していた。
「その同衾相手は女か」
「え?」
同衾相手が女。そう聞いて停止した思考が動き始めるが、現状の理解は全く進んではいなかった。
「あはは、まぁ姫園女子学院大学付属高等学校は女子校だからね……ってか、ナミさんどうしてわかったの?」
真尋がイザナミのことをなにやら疑いの眼差しで見ている。イザナミが人ではなく神様だというのがばれてはまずい。なんとかごまかさなくてはならない。そのため再始動し始めたばかりの頭をフル回転させ、なんとかこの場を乗り切る良い言い訳はないかと考える。
「制服も鞄も全部学校指定だろ。そこから推理したんじゃないか?」
とっさに出たのが見た目だった。妹の見た目は制服姿。学校指定の鞄を持っている。つまりどの学校に通っているかどうかは見た目で判断できる。そこから推理推測が行われたというもっともらしい理由を作り上げた。
「おー、なるほど。ナミさんって頭も良いんだ」
先ほどは納得されて怒った兄だが、今回は納得してくれて安堵する。自分の感情の変化が、妹が現れてから著しい。
「ますますお兄ちゃんが狙えるレベルじゃないね」
妹の言葉に何かを言い返す気力はもう残っていなかった。妹という名の台風に全てをかき乱されてしまい、心身共に疲労困憊と言えるかもしれないほどだった。
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