第23話 招かれざる客
「申し訳ありません。まさかあのようなことになるとは思いもよらず……」
「いえ、さすがにああなるとは誰も思いませんから」
「寺島さんには申し訳ないことをしてしまいました」
「まぁ、何というか、向こうも頑固みたいですし、今はそっとしておきましょう」
「大苗代さんにもご迷惑をおかけしてしまいました」
「いえいえ、俺は大丈夫ですから」
櫛引尚美は寺島美由樹を怒らせてしまったことを気にしていた。自分は違う大学に通っているため気まずさなどはないが、同じ大学に通う大苗代崇人にとっては大迷惑だと感じているのだろう。先ほどから反省の弁や後悔の念が絶えない。
「あの、それよりも……一つ聞いてもいいですか?」
「はい、なんでしょうか?」
反省や後悔の言葉は対応にも困るし聞き飽きた。そのため別の話題に変えようと話を切り出す。どうしても聞いておきたいことがあった。
「あの、何故俺の部屋に?」
寺島美由樹の一件の後、櫛引尚美の石棺を見るという目的はやはり果たせなかった。そこで帰ると思っていたのだが、どうやらこのお嬢様は帰る際の迎えの車を手配しているらしい。しかしその車は所用ですぐには来ることができない。当初は石棺を見ることができると思っていた彼女だが、その目的が果たせなくなったことで時間をどこかで潰す必要性が出てきたのだ。
そして何故か、大苗代崇人の部屋で迎えの車が来るまで待つこととなってしまった。
「ああ、同棲中のお二人の愛の巣に割って入って申し訳ございません。私のことはお気になさらずに」
「いや、同棲じゃないんだけど……」
マンションの一室に住む大苗代崇人。そして昨日からだが部屋の押し入れに居を構えたイザナミ。事情を知らない人が見たら確かに同棲に見えてもおかしくはない。
「それにしても……同棲と呼ぶには女性の物が少なく見えますね」
「いや、だから同棲じゃなくて……」
櫛引尚美は完全に同棲をしている恋人同士という認識になっていた。
「えっと、ナミさん、でしたか?」
「さん? 様をつけぬか、無礼者が」
「ふふっ、面白い方ですね」
イザナミの返答を面白いと受け取ることができる人間がいるとは思わなかった。浮き世離れしているお嬢様だからだろうか。
「ナミさんの私物はないのですか? 見るからに男性の一人暮らしのような部屋ですが……もしや同棲を始めてまだ日が浅いのですか?」
見るからにも何も、男性の一人暮らしで何も間違ってはいない。昨日の日中までは間違いなく男性の一人暮らしだったのだ。
「我がここに居を構えたのは昨夜からだが?」
「それは……何という時期にお邪魔してしまったのでしょうか。重ね重ね申し訳ありません」
「いや、だから違うんだよ。違うからね」
何度否定しても、櫛引尚美は同棲という結論を覆せそうにない気がしてきた。
「世の中は物騒だと聞いております。男性とご一緒ならナミさんも心強いでしょう」
「は? こやつ程度、紙切れ同然だ。むしろ逆に、我に迷惑をかけぬか心配しているところだ」
「ふふっ、なかなか手厳しいお方ですね」
イザナミという神様から見れば大苗代崇人という人間など間違いなく紙切れ同然だ。むしろ何か事件が起こった際、イザナミの身に危険が及ぶ可能性より、大苗代崇人飲みに危険が及ぶ可能性の方が高いだろう。
「用心に越したことはありません。大苗代さんも、ナミさんを守ってあげてくださいね」
「は、はは……善処します」
できることなどないだろうが、とりあえず返事だけはしておいた。
「あ、電話です」
そして話を遮るように櫛引尚美の携帯電話が鳴った。その電話でのやり取りを聞くに、どうやら迎えの車が間もなくやってくるという報せのようだ。
「そろそろ迎えが来るそうです。お二人の邪魔をして申し訳ありませんでした」
礼儀正しく頭を一度下げて、そのまま玄関へと向かう。結局、彼女は最後まで同棲だと思い込んだままだった。
帰る櫛引尚美を見送らないわけにもいかない。見送りがてら玄関へ行き、彼女が靴を履いている姿を見ていると、このタイミングで呼び鈴が鳴った。
「あら? お客様ですか?」
「えっと、来客の予定はなかったはずですけど……」
ネット通販の注文もしばらくしていないし、友人が訪ねてくると言う連絡もなかった。悪徳セールスや宗教の勧誘かもしれない。そう思いながら玄関の扉を開けた。
「やっほー! お兄ちゃん! 寂しかった? 可愛い妹が遊びに来てあげちゃったよー!」
扉を開けた瞬間、元気一杯の聞き慣れた声が部屋の中に響き渡る。
「真尋……お前来るときは連絡しろっていつも言ってるだろ?」
やってきたのは妹の大苗代真尋。大学に通うために一人暮らしをしている兄が住むマンションの部屋。そこに近い姫園女子学院大学付属高等学校に通っている女子高生だ。学校から家に帰るより、兄のマンションの部屋の方が近い。そのため時々このように急にやってくることがあるのだ。
「えー、いいじゃん。もしかして寂しさの余り一人で自家発電中だった? あはは、それは失礼しましたー……え?」
いつも通りの元気一杯の様子だった大苗代真尋。しかし玄関にいた櫛引尚美を見た瞬間、実の兄ですら見たことのない驚いた顔になっていた。
「お兄ちゃんに彼女? しかもめちゃくちゃ美人? え? なに? 今晩槍でも降るの?」
兄の部屋に見知らぬ美女がいることに妹は取り乱していた。
「やかましいわ! 静かにせぬと亡者共の餌にするぞ!」
部屋の奥からイザナミが出てくる。その瞬間、妹は二度目の大声をあげた。
「二人目の美女? え? もしかしてお兄ちゃんは……まさか……ハーレムを築いちゃったの!? 今日はまさか地球最後の日!?」
失礼極まりない取り乱し方をする妹を落ち着かせて、怒りを感じるイザナミをなだめ、何故か楽しそうにしている櫛引尚美に謝る。
この場を収めるために、かなりの精神力を浪費させられてしまった。
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