第22話 未来の見方

「大苗代君、ちょっといい?」

 建物を出たところで声をかけられた。声をかけてきたのは環境文化学部の寺島美由樹。石棺発見時にも他の学生達と立ち去ることなく手伝ってくれた女子生徒だ。あの時は手伝ってくれて助かったが、だからといって仲がいいというわけではない。そのため声の主が彼女だとわかった瞬間、心臓が緊張からか大きく拍動した。

「寺島さん? どうかしたの?」

 今は発見された石棺の調査は中断しており、他大学から来た研究者達はホテルや別室などで待機している。そのため特別にお世話係のような役目も必要無い。よって彼女が呼び止めてくる理由が見当たらなかった。

「あら? この方が関係者の方ですか?」

 寺島美由樹の後ろにもう一人いた。ひょっこりと出てきた顔と目が合った。

「私、姫園女子学院大学からやって参りました、櫛引尚美と申します。どうぞお見知りおきを」

 綺麗な立ち姿からの丁寧なお辞儀。それが美しいと思った。人の動きを見て美しいと思ったことはない。人生初めての経験で、生まれて初めての感覚で、動揺からか平静が保てなくなった。

「え? あ、は、はい、大苗代崇人です。よ、よろしくお願いします」

 言葉遣いや話し方や立ち振る舞い、そういった全てのものが自分の常識とかけ離れている。おそらく彼女は、ごく普通に生きている人達とは全く違う世界に生きている女性なのだろう。

「えっと、それで、あの……わざわざこの大学まで来て何の用でしょうか?」

 姫園女子学院大学と言えば歴史ある名門女子校だ。初等部から大学まで全て女子校。しかもお嬢様学校だ。しかし時代の変化からお嬢様学校のままではなく、近年では一般の女子学生も受け入れるし、課外活動や学校行事でも積極的に男性と関わる場を設けるなど、今や時代に合わせた変化を求める名門女子校として有名だった。

「はい。先日こちらの大学で歴史的な大発見があったと言う話を耳にしました。私、どうしてもその歴史的大発見をこの目で見てみたいと思い、いても立ってもいられずにこちらの大学にお伺いしてしまいました」

 イザナミが眠っていた石棺を目当てにやってきたようだ。その話を聞いて寺島美由樹は不機嫌そうな表情でそっぽを向いている。

「えっと、すみません。実は今、トラブルがあったらしくてですね。研究室に入ることができないようになっていまして……」

「そうなのですか。それは残念です」

 表情が少し暗くなる。本当に見てみたかったようで、落ち込んでいる姿を見ると何故かこちらが悪き気がしてきた。

「えっと、歴史に興味が?」

「はい」

 櫛引尚美の表情が急に明るくなった。

「何と言っても歴史には浪漫があります。まるで運命を題材にした物語を読んでいるように錯覚させられます。その魅力ある各時代を共に過ごした物をこの目で見ることができるならば、例え地球の裏側であっても自ら足を運び自らの目で見たいものです」

 どうやら櫛引尚美はかなりの歴史好きのようだ。今話している瞬間も目をキラキラさせていて、もっと話したいというのが表情に出ている。

 しかしその話の勢いを寺島美由樹が遮った。

「バッカみたい。私たちは今を生きていて未来しか生きる道がないのに、そんなに過去が好きなの?」

「はい。今私たちがここにいるのも過去があってのことですから」

「過去なんて見ている余裕はないのよ。今こうしている間にも未来へと進んでいるの」

「過去の積み重ねが未来に生きるものです。だからこそ過去をよりよく知り、未来へと生かす経験や知識となるのです」

「違うわ。今必要なのは経験や知識よりも劇薬。大きな変化が無いと私たちに未来なんてものはないの。お嬢様学校に通っている人にはわからないかもしれないけどね」

「過去をよりよく知ることで過去の成功や失敗が経験となり未来を生きるために必要な判断材料となるのです」

「過去を重要視しても何も生まれないの。今必要なのは未来のために変わる瞬間と起点を作ること」

 櫛引尚美に対して、寺島美由樹はずいぶんと攻撃的だった。櫛引尚美は過去に重きを置いていて、寺島美由樹は過去を振り返る必要性が薄いと言っている。どちらも未来を生きていくという結論は同じだが、重要視する点が全く異なるようで、話がまとまりそうな雰囲気は全く感じられなかった。

「ま、まぁまぁ、落ち着いてよ」

 このままだと終わりの無い言い合いから喧嘩にまで発展するかもしれない。それを阻止するためにもなんとか二人をなだめようと必死だった。

「大苗代君、あなたもだからね」

「え?」

「歴史文化学部はこの女の言う過去の浪漫とやらを勉強する学部。そんな学部に付き合わされる環境文化学部の私がどれだけ迷惑を被っているかわかる?」

 止めに入ったことで攻撃の矛先が変わってしまった。

「今日本は少子高齢化を始め様々な問題点が山積みなの。その問題点を解決するために私は環境文化学部に入った。新島教授はかねてより海底資源の調査や採掘に取り組んできた人だから。日本は国土こそ狭いけれど、海の面積は広い。必ず国益に繋がる海底資源が眠っている。その発見と採掘こそがこの国の未来には必要なの。それなのにあなたは歴史なんて物を学ぶ学部にいる。この国の未来なんて、一秒だって考えたことないでしょ?」

 止め処なく放たれる言葉。途中まで彼女が何を言っているのかさっぱりわからなかった。しかし後半、この国の未来という言葉を聞いて、彼女が言いたいことがわかった。彼女はこの大学に通う、いや日本中で大卒という学歴が欲しいために大学に通っている多くの学生と違い、大学の存在意義や大学で学べることや大学だからこそできる研究に賭けているのだ。

「同じ学部の生徒だってほとんど毎日だらだらして、授業のノートが欲しいだとかテスト前に要点だけ教えてくれとか、何をするために大学に来ているのかさっぱりわからない。けれど大学で堕落した生活をして、社会人になってから困ればいい。私はあなたや他の生徒達とは違うんだから!」

 寺島美由樹は怒りのまま言葉を言いたいだけいったのか、少し肩で息をする。そして呼吸が整うと、キッとこちらを睨み付ける。そしてそのまま背を向け、足早に歩き去って行ってしまった。

 突然発生した嵐があっという間に去って行ってしまったような感覚だった。それは自分だけでなく櫛引尚美も同じようで、すぐに言葉が出てこなかった。嵐が通り過ぎたあとの静寂が周囲を包み込んでいた。

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