第20話 因縁の相手

 授業の担当講師も教壇に立ち、あとは授業開始のチャイムが鳴るのを待つだけ。そのタイミングで教室の出入り口がガヤガヤとうるさくなった。何事かと思って視線を移すと、そこには茶髪にピアスをした見覚えのある顔があった。

「おっ、崇人じゃねぇの」

 目が合ってしまい視線をそらしたが、逃げ切れなかった。茶髪にピアスの学生が遠慮無く隣に座ってくる。

「学部違うけど授業ってけっこう被ってんだな。この授業寺島もいねぇし、ちょうどいいや」

 なれなれしく肩を組んでくる。昔からこういうところは変わっていない。

「この授業出席とらねぇし、ノート頼むわ」

 当たり前のように言ってくる。その流れに乗るように、他の友人らしきメンバーも集まってくる。

「健人、こいつと知り合い?」

「おう、高校の同期で一緒のサッカー部だったんだよ。一瞬だけな」

「一瞬だけ?」

「そうなんだよ。こいつ、やめちまったんだよ。ろくに役にも立たなかったくせによ、人手は足りなくなるわで迷惑ばっかかけられてな」

 高校の時の同級生、健人こと小山田健人の肩を組む力が強くなる。

「あの時足引っ張って悪かったって、今役に立ってくれるんだよな」

 そんなことは一言も言っていないし、言った覚えもない。しかし半ば無理矢理こういう関係になってしまった。大学一年生の頃に高校の同期だった小山田健人に見つかり、サッカー部の先輩も含めた数人に絡まれて否応なくこうなってしまった。それからも同じ授業だとわかるとこうなる。

 まだ同じ授業を取れと言われないだけマシだと考え、大人しくノートのコピーを渡しておけば何事もなく終わることから、この関係を下手に拒まない道を選んでいた。

「じゃあ頼むぜ、崇人」

 チャイムが鳴るのと同時に小山田健人は席を立つ。肩を組んでいた腕も離れ、ホッと一息つけると思った。しかし小山田健人とは逆隣に座るイザナミが黙ってなかった。

「おい、愚物ごときが人を顎で使うな」

「は?」

 立ち去ろうとしていた小山田健人がイザナミの言葉に反応した。

「なんだお前、見ない顔だな」

「初対面かどうかもわからぬのか?」

「なんだと、コラ!」

 イザナミは相変わらずという様子だが、その実情を知らない小山田健人を苛立たせるには十分な言い方だった。

「そこっ! これ以上騒ぐなら授業妨害で単位をとらせないぞ!」

 今にも喧嘩をしそうな勢いの小山田健人。その勢いを削いだのは担当講師。さすがに単位が取れないかもしれないとなるとこれ以上騒ぐわけにも行かない。納得はいっていない苛立った顔で、舌打ちをして視線をそらす。

「おい、行こうぜ」

 仲間に声をかけてさっさと教室から出て行ってしまう。仲間達もその後に続いて教室から出て行く。授業妨害の騒音の元となる一団がいなくなったのを確認したのか、担当講師も授業を開始する。

 何事もなかったかのように、いつもの通りの授業の時間が流れていく。

「……何を好き放題させているのだ?」

「え?」

 授業を聞かず、イザナミは大苗代崇人に視線が向いていた。

「黙って堪え忍べば嵐は過ぎ去る、とでも思っているのか?」

「いや、そういうわけじゃ……」

 黙って言われるままにされているというわけではない。しかし黙っていることで無用な衝突や被害を防ぐことができることも事実だ。だから黙ってやり過ごすという選択をすることになった。

「あれは放っておけば際限なくつけあがるぞ」

 そう言われて、否定できなかった。サッカー部を途中で退部したというだけで大学に入ってまで粘着されている。高校の頃もそれなりに接触はあったが、思い返してみれば大学に入ってから雑用のようなことをさせられることは増えたかもしれない。

 これをつけあがっているという言葉が当てはまるのであれば、これから先はさらに要求されることが厳しく多くなっていく可能性も考えられる。

「でも実害があるわけじゃないですし……」

 特に暴力を振るわれたりするわけではない。ノートも自分が授業を受けていれば自然と授業内容を書く。それをコピーするだけだ。板書が重要とわかれば写真を撮ってデータとして渡すという手もある。どれもそれほど手間がかかるわけではない。特に負担が大きいということもない。

 逆に断ると小山田健人の性格上、手を出すという発想に至る可能性がある。そう考えれば現状維持が一番被害のない選択だと思っている。

「それで実害が出たときに止めろと言って止める相手なのか?」

「それは……」

 いざ実害が出たら、ということは余り考えたことがなかった。今実害が出ていないからこれからもこのままだろうと、根拠のない漠然とした思い込みでの判断だった。

「じゃあどうすれば……」

 はっきり断るのが一番かもしれない。しかし角が立たないように断らなければ面倒ごとが増える。距離を取ろうにも学部は違っても授業の多くは被ってしまう。どうしても接触する機会は多くなってしまうのだ。

「簡単ではないか」

 悩んでいると、イザナミは悩むことすらバカらしいと言いたげな表情になる。

「殺してしまえばいい」

「え?」

「代わりに殺してやろうか? お前は我の付き人だ。主としては付き人の日常を守るのも役目の一つだ」

「いやいやいやいや……さすがに殺すとか命に関わることはまずいだろ」

 ただ絡んでくるだけの相手をどうするか。その悩みの解決方法の第一候補がまさかの「殺す」とは思わなかった。想定外過ぎて敬語に気をつける余裕はなかった。

「そうか? あの程度の愚物、早々に肉塊にして魂は焦熱地獄に放り込んでしまうのが最善だと思ったがな」

「焦熱地獄って……地獄に落ちてもその行き先は閻魔様とかが決めるんじゃないの?」

「閻魔か。人の世で言えば裁判官だが、我の一声で量刑はいくらでも重くなる」

 ただ殺すだけではなく、死後の魂の行方さえも決められるらしい。イザナミが黄泉国の主という神様でなければできないことだ。

 そして一つわかったことがある。それは死後の世界、イザナミが主を務める黄泉国に三権分立が存在しないということだ。

「そ、そうなんですか……」

 命を奪う以上のことができるイザナミ。嫌われてしまわないようにという無意識から、一度無くなった敬語が早々に復活していた。

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