第19話 神様は大学生
部屋着から外行きの服に着替えて自宅マンションを出る。いつもは一人で出かけるのだが、この日は隣にもう一人……ではなく、神様がいた。
「どうした? 早く行かねば遅刻してしまうのだろう?」
「えっと、まぁそうなんですけど……」
もらった服を着ているイザナミは問題なく現代人に見える。多少目立つ容姿をしているが視線を多少集めるくらいであればなんとかなる。しかしカグヅチとタマはそのような現代的な服を着ていない。明らかに時代錯誤な服装の、しかも男女の子供だ。誰かに見られたら説明のしようがない。
「留守番は嫌なの?」
「ご主人がどのようなところで学んでいるのか興味があります!」
「お母様にも下のことがないように着いていきます!」
涙ぐましい忠誠心だが、今はそれが邪魔でしかたない。
「さすがに外を出歩くならそれなりの格好じゃないと目立ちすぎて面倒なんだよな」
カグヅチとタマの服装が問題だとはっきり言う。そしてその服装ではつれていけないとも伝える。
「カグヅチ、タマ。消えておけ」
「はい、お母様」
「はい、イザナミ様」
イザナミの言葉に即座に反応するが、そもそもその言葉の意味が全くわからなかった。
「消えておけって?」
「言葉通りだ」
疑問はすぐに解消した。目の前にいた時代錯誤な姿をした男女の子供は、煙のように消えてしまってその姿を目視することができなくなった。
「み、見えなくなった?」
「思い出せ。お前にはもともとタマも見えていなかったであろう」
「あ、そう言われてみれば……」
人間に見えるように姿を現すことができれば、当然人間に見えないように姿を消すこともできる。これがさっきイザナミの言った「消えておけ」という言葉の意味だ。
「カグヅチ、タマ。発言も極力控えておけ」
「はい、お母様」
「はい、イザナミ様」
姿が見えないところから声が聞こえた。不思議だったが、神様だと言われれば納得だ。昔から伝わる神様に関する伝承が真実であり、その伝承が生まれた理由を目の当たりにしたようで、とんでもない大発見をした気分だった。
「何を惚けている。さっさと案内せぬか」
「あ、はい。すみません」
不思議な体験はさておき、昨夜イザナミと共に帰宅した道を今度は大学へと向かって歩いて行く。誰かと一緒に登校することはしばらくなかった。そのため自分と一緒に目的地に向かって歩いている相手がいるというだけで、なんとも言えない不思議な感覚が心の中にあった。
「ほぅ、明るいうちに見るとまた違うな」
昨夜の大学の外観しか見ていないイザナミは、太陽の光に照らされた大学の校舎を見るのはこれが初めてだ。
「しかし迫力や意匠に欠けるな」
「まぁ、そんなにお金のある大学じゃないので。有名な国立大学や私立大学だったらもっと手が込んでいますよ」
「ふむ、そうか。なら各地の大学とやらも見ておくのも悪くないな」
現代の建造物の外観に興味を持ったのだろうか。しばらく大学の前で外観を見ていたイザナミ。しかし目の前にある現代文化大学という日本国内では末端の大学の外観に飽きたのか、足早に大学構内へと足を踏み入れていく。
「それで、これからどうするのだ?」
「講義までまだ少し時間があるので……見て回ります? そんなに広い大学でもないのである程度見て回るだけならできるかと思います」
「そうだな、その案は採用だ。早々に案内せよ」
学校内を案内するために各所を歩き回る。図書館、食堂、体育館、講義室、研究室など。普通に学生をしていると足を運ぶことになる場所を一通り回った。
「こんな感じですけど、どうですか?」
「なかなか興味深いな。単純に学ぶ施設と言っても色々と備えているのだな」
どうやら校舎内の案内は好感触のようだ。イザナミの表情は柔らかく、好印象で上機嫌なのがなんとなくわかる。
「えっと、じゃあそろそろ講義の時間なので教室に行きますか」
「そうだな。この時代の人が何を学んでいるのか興味深い」
校舎内を案兄下好感触のまま、今日の講義が行われる教室へと向かう。教室は大教室で生徒達が好きな席に座っている。人数は少なくはないが多くもない。グループごとにまとまって座っていたり、一人で隅っこや前の方に座っている人がいたりするなど様々だ。
出入り口に近い、やや後方の空いている席に陣取る。イザナミは隣に座り、講義開始までのわずかな時間を待つことになる。
「何というか……皆やる気は低いようだな」
「え?」
席について間もなく、イザナミが呟いた。
「我が封印されていた石棺の蓋が開けられた時、そこにいた大勢の人間は皆好奇心や興味で目が輝いておった。やる気に満ち溢れていた。しかしここにいる人間は皆、あの日見た人間とは大違いだな」
イザナミが封印されていた石棺は神代文字が刻まれていたこともあり世紀の大発見とされた。だから研究や分析に熱心な有名大学の教授や一流の研究者達が集まった。彼らはそれが仕事であり、それに全てを賭けている。だからやる気も興味も好奇心も一際高い。
しかしここはそんな一流の人間を輩出するような大学ではない。偏差値もそれなりで、新設されたばかりで知名度も低い大学。大卒という学歴ほしさに来ているだけの生徒が多いのだ。授業は単位を取るために出席している生徒がほとんどで、真面目に勉強するために出席している生徒はほんの一握りだ。
そう思う大苗代崇人もまた、授業にはさして興味がない生徒の一人だ。だからイザナミが漏らした言葉は自分に向けられているような気がして、強く胸に突き刺さった。
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