第18話 現代に馴染んだ神様
目が覚めた。時間は昼頃。そろそろ起きて大学へ行かなければならない。追加で眠ったことで頭は意外とスッキリしている。寝不足の影響は感じられない。これで大学の授業も問題なく受講できる。
体調も万全に近い状況に満足して寝床から這い出る。そこで最初に目に飛び込んできたのは、食べ終わった食料の袋や入れ物が山となっている光景だった。
「ふむ、これも美味だ」
「温めるとさらに美味しいらしいですよ」
「本当か?」
「はい、ここに温めるとさらに美味しくなりますという記述があります」
「良く見つけたな、タマ。褒めてやろう」
「えへへ……」
「よし、カグヅチ。熱を加えろ」
「はい、お母様……どうぞ」
「ふむ……なるほど、より香りが強くなり、味や食感が大いに変わった」
そういうやり取りが行われ、また一つ為のもの容器が山の上に積み上げられる。
「え? ちょ、ちょっと、この量は何?」
山のように積まれた空になった食べ物の容器。それだけを見てもかなりの量を食べたことが容易に想像できる。
「近くの店から気になったものを片っ端から買ってきただけだが?」
何が悪いのか、イザナミはそう問うかのような目をしていた。
「いや、買いすぎというか、使いすぎというか、食べ過ぎというか……」
大食いを売りにしているフードファイターも真っ青な量を食べて、それでも平気な顔をしている。まだまだ食べられるぞ、とでも言いたげな雰囲気だ。
「これ、全部食べたの?」
「食べたが、それがどうかしたのか?」
「どうかしたっていうか、普通食べられるような量じゃないというか……」
「ご主人、神は人とは違うのです」
説明する気のないイザナミに代わり、タマが説明役を買って出てくれた。
「神は人のように量で満腹になるわけではありません。供物の多少に関係なく全てを内包することが可能なのです」
言われてみればなんとなく理解できなくもない。多くの参拝客が訪れればそれだけ多くの供物があり、少ない時は供物の量も少なくなる。人間なら食べる量が減れば腹も減るし栄養も足りなくなる。しかし神様は量の多少に左右されない存在のようだ。
「定期的に栄養を摂取しないといけない人と違い、神は得た力が枯渇しない限り神として存在することができます」
つまり人間で言えば大量に食べれば食べただけの栄養やカロリーを消費するまでは腹が減らないということだ。大量に食べてもそう長持ちしない、もしくは脂肪として蓄えてしまう人間とは大きく違うようだ。
「えっと、たくさん食べられるのはわかった。でも普通そんなに一気に食べる?」
「食いたいものがあれば食うだろう」
「……そ、そうですか」
おそらく金銭感覚や経済感覚というものが人間とは大きく違っているのだろう。この会話は繰り返したところで解決しそうにない。少し話しただけでそういう結論が出てしまうほど、イザナミの表情は当たり前のことを言っているという確信めいていた。
「ですがお金の使いすぎには注意してくださいって言いましたよね」
「聞いたな。だから値引きされるものばかりに限定した」
「ね、値引き?」
今は昼だ。値引きされて安くなるのは夕方以降。作った商品をできる限り廃棄しないように済ませるために値引きされる。こんな真っ昼間から値引きと聞いてもピンとこなかった。
「ほら、これだ」
イザナミはスマートフォンの画面を見せてくる。そこには割引や値引きのクーポンがまとめられたアプリが映っていた。
「クーポンアプリ? え? 使える、の?」
「それは使えるだろう。現代のものではないのか?」
「あ、いや、そういう意味の使えるではなくて……」
スマートフォンを初めて手にした日にここまで使いこなしている。物覚えがいいとかいう次元の話ではなかった。
「む、これは不味いな。タマ、食うがよい」
「わぁ、ありがとうございます」
国産食材使用と謳っている食べ物を一口食べて、早々に表情をゆがめてタマに渡した。国産食材でも口に合わないものがあるのかもしれない。
「お母様、国産と書いていますよ」
「表面上は悪くはない。しかし根底に違う香りと味がある。この国で育ったと言うだけで生まれはこの国ではないものがほとんどだ」
「あぁ、なるほど。一時期話題になった産地偽装かと思いましたがそうではなく、国が定めた国産の規定に入るように工夫された外国産食材ということですか」
そんなことまでわかるのか、と驚きを隠せなかった。様々な食材を鑑定するエキスパートや一流の料理人でさえもわからないことに気付いてしまうのではないだろうか。
「ふむ、これは美味いな。タマ、これはやらぬぞ」
「そんな、イザナミ様。お慈悲を……」
値引き品とは言え国産を謳った食べ物は少し値が張っていた。しかしそれを不味いとはっきり言い、それよりもはるかに安くてコストパフォーマンスに優れている食べ物に好意的な意見が出た。いろんな意味で食べ物は値段では無いと言うことを再認識させられるやり取りだった。
「ふむ、もう終わりか。大量に買ったと思ったが、大したことなかったな」
山のような食べ物を全て平らげても、腹部が少しも大きくなることすらない。満腹で辛そうな表情も一切無く、今すぐに激しいスポーツを行うことも可能そうだ。
「どうぞお母様。お茶です」
「ふむ、これも美味だな」
国産茶葉を謳っているお茶に舌鼓を打つイザナミ。山のように積まれた食べ物の空の容器。その支払い全てが税金であり、それを知っているだけにこの状況を止められなかった自分に対して、罪悪感がわき出てくる大苗代崇人であった。
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