第17話 神は人から学ぶ

「ほれ、見てみろ。どうだ?」

 真新しい洋服を身に纏ったイザナミ。マンションの部屋で簡単なファッションショーのような時間が流れていた。

「イザナミ様。お綺麗です」

「さすがです、お母様」

「ふむ、そうであろう」

 今日もらった服を着ては現れ、カグヅチとタマが絶賛してイザナミが喜ぶ。それが服の種類や組み合わせを変えて何度も行われていた。

 その間、新しいスマートフォンの起動や操作方法をあとでレクチャーするために確認するのが大苗代崇人の役目。スマートフォンであれば基本的な操作方法に大きく変わりは無いが、機種やメーカーごとに微妙に違う使い勝手を確認中だった。

「ふわぁ……」

 寝不足からあくびが出る。今日の授業は午後からなので朝寝ができると思っていた。しかし早朝からチャイムの音に叩き起こされ、休む間無くレクチャーのためにスマートフォンを触っている。

「神様って……朝から元気なんだな……」

 もらった服を着て喜んでいるように見えるイザナミ。おもちゃをもらってはしゃぐ小さい子供のような、かわいらしい変わった一面が見られた。そして小さい子にありがちな、想像以上に朝から元気というのも新たな情報として加わった。

「ほれ、お前はどう思う?」

 スマートフォンの操作方法に大差は無いため、ある程度レクチャーできるレベルで理解した。それで手が止まったところにイザナミが服を着てやってくる。

「……雑誌の表紙は間違いなく飾れると思います」

 ファッション雑誌の表紙でもおかしくない。それが率直な感想だった。

「褒め言葉としては今ひとつだが、まぁ良いだろう」

 褒めて欲しかったんだ、と思いながらなにやらもらった紙袋の中身をひっくり返しているイザナミを見ていた。

「ところでこれだが、今日から我の身分は大学生徒やらになったようだ」

 学生証を持って話すイザナミ。芸能事務所が放っておかないであろう美人大学生という姿がそこにあった。

「学生というのは学ぶ側の人間を指すのであろう。我が人から何かを学ぶというのは気が進まぬが、長い眠りから目覚めたばかりでわからぬことも多い。そこには目をつむろう」

 神様として人に教えを請うという立ち位置が気になるのだろう。しかしだからといって放置していては現代社会の中でやっていくことはできない。高天原に住むという選択肢を自ら拒んだイザナミにとって、人間社会の中で暮らすという選択肢を選ばざるを得ない。

「では、それの使い方を教えよ」

 先ほどの言葉は自分に言い聞かせる意味もあったのかもしれない。イザナミは自ら用に用意されたスマートフォンの使い方を大苗代崇人に教えてもらう。

「じゃあ起動から教えるから……」

 簡潔に素早く教えて二度寝したい。大苗代崇人はそう思っていたこともあり、簡単に使い方を説明していく。どういう機能があってどう操作すればいいのか、どういうことをすると壊れるのか、どうすれば機能を増やせるのか、現代で生きていくのに必要な基本的知識を次々に教えていった。

「ほぅ、なるほど。面白いものがあるのだな」

 スマートフォンの使い方を一通り説明し終わると、なにやら興味深そうに画面を凝視しながら独り言を呟いていた。

「だいたいこんな感じですけど、わかりました?」

「うむ、理解した」

 ゆっくりだがタッチパネルに触れながら操作している姿を見て、物覚えはかなりいい方なのではないかと思った。田舎の祖父母の元を訪れた際、タッチパネルの操作を覚えてもらうのにも一苦労で、スマートフォンの機能面まで教えることが出来なかった。人間と神様の違いなのか、イザナミという神様の特性なのかはわからないが、大昔から長らく寝ていたにしては物覚えがかなりいい。これなら早々と現代社会に馴染んでしまいそうだ。

「じゃあ……ちょっと寝ます」

 大きなあくびが出る。明らかに寝不足で、身体が睡眠を欲していた。

「む、朝食はどうなる?」

「えっ……」

 朝食と言っても大したものはない。インスタント食品類は昨夜のうちに数を減らしているし、正直食事のことまで頭が回っていなかった。米も炊いていなければパンのストックも少ない。

「えっと、どうしよう」

 朝食をどうするか。そもそも昨日まで一人暮らしだったのだ。食べる物が無ければ我慢するか近くのコンビニまで買いに行くかのどちらかだ。しかしさすがに神様にそれは申し訳ないのだが、だからと今から買物に走る元気があるわけでも無い。

「まぁいい。昨夜は高天原まで行ってきたのだ。予定外であっただろう。少し休むがいい」

「あ、はい」

 朝食についてはひとまず免除という理解でいいのだろうか。

「我は神だ。心配は無用だ」

「ですけど……」

「誰かに危害を加えるようなことはせぬ」

「あ、はぁ……じゃあ、寝させてもらいます」

 誰かに危害を加えるようなことはしない。それを聞いて安心したわけではない。だがイザナミが人に危害を加えてまで自らの欲求を満たそうという意志が今のところないということが確認できた。それが妙な安心感となり、休んでいいという許しをそのままありがたく受け取ることにした。

「ゆるりと休め。昼からは大学内を案内するのだからな」

「あ、はぁ……」

 大学へ行っても休めそうにない。今までのように気楽な大学生活を遅れるわけではないのだ。

 午後から何をさせられるかわからない。その不安から少しでも休んでおかなければという心理が働く。起きたあとのことは考えず、今はひたすら眠ることだけを考え、しっかりと眠ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る