第14話 現代に馴染む神様

 高天原から元の世界へと帰ってきた。空には月があり、時間が夜であることがわかる。その月よりも明るい街灯に照らされながら夜道をタマと歩く。

「ご主人、顔色が優れませんよ」

「元気だったらそれはそれでおかしいだろ」

 時間はすでに深夜。本来なら眠っている時間だ。そんな時間まで起きているだけでなく、神様の世界にまで行ってきたのだ。疲れていない方がどうかしている。

「それよりご主人、どうするつもりですか?」

「どうするって、何を?」

「イザナミ様のことですよ。極力人間の世界に影響がないように神力を使わせるってどうするつもりですか?」

「……むしろ、こっちが聞きたいよ」

 そもそも神力などという言葉も今日初めて聞いた。そしてそれがどのような状況で消費されるのか、消費されればどうなるのか、無いもわからない状態のままなのだ。アマテラスから頼まれて、断れずに請け負ってしまった仕事だが、正直どうすれば良いのかは皆目見当がついていなかった。

「とりあえず……話が通じる相手であることを祈るよ」

 ほぼ会話らしい会話がないまま、強制的に高天原へと送り込まれたようなものだ。まずは会話が成り立たなければアマテラスから頼まれた仕事もできず、家にやってきたかイザナミにも好き勝手にされてしまう。まずはイザナミとコミュニケーションがとれるかどうかを確認しなければならない。

 高天原と通じていた歴史ある神社から自宅のマンションの一室に帰ってきた。玄関の扉を開けて中に入ると、そこには男の一人暮らしでは遭遇することのない光景があった。

 玄関からリビングへと延びる廊下。その途中には浴室とトイレの扉がある。その浴室からスレンダーな美女が、一切肌を隠すこと無く出てきたところだった。

「帰ったか。アマテラスにしては思ったより早い返事だったな」

「え?」

 しかも裸だというのに恥じらう様子は一切無く、濡れた長い黒髪や綺麗な素肌の水分をタオルで拭っていた。

「ん? どうした? 早く報告せぬか」

「あ、いや、それはそうなんだけど……」

 目のやり場に困ると視線をそらす。正直男としては見たいという思いが無いわけではない。しかし怖い。何が逆鱗に触れるかわからないし、どこに地雷があるかもわからない。頭でわかっている失礼なことは極力行わない。その命令が脳から瞬時に身体に走り、一瞬で視線をそらした。そこからは一切視線を向けてはいない。

「変な奴だな。早く来ぬか」

 状況だけ見れば青年誌のワンシーンに見えなくもないと思いながらも、そういう意図で言っていないということは言われるまでもなく理解している。素早く靴を脱いで、落ち着かなくなった自宅に入る。

「えっと、これは?」

 リビングの様子が、高天原へと向かう前とは一変していた。

 テーブルの上にはカップラーメンや冷凍食品の外装があり、大学のレポート用に買ったノートパソコンでは絶賛アニメ動画が再生されていた。

「ん? ああ、なにやら話題の作品らしいな。苦しい状況に追い込まれた少年が人生をかけて復讐するという物語らしい。なかなか興味深い」

 聞きたいところはそこではない。冷凍食品やインスタントラーメンという、男の一人暮らしでは常備しておきたい常備食と非常食兼用の重要な食料だ。それを勝手に食べたと言うことがまず一点目。そしてあたかも現代人のようにノートパソコンを操作してアニメを視聴しているという二点目。聞きたいのはこの二つだったが、返答はそのどちらでもなかった。

「特に先ほど一人殺したのだが、その際に言った言葉が実に良い。標的と向かい合って『人を殺して良いのは殺される覚悟がある奴だけだ』と言って殺した。全くその通りだな。そして最後の標的は殺し損なって逆に殺されるわけだが、事前の根回しが功を奏して最後の標的は社会的に抹殺されるという結末だ」

 話題の作品と言うのは間違いない。アニメの作品としてはあまりにもバイオレンスでダークなないようだと言うことからネット配信のみとなったが、伏線の巧妙さや人間描写にリアリティがあってネットの世界では大変有名になった。しかし内容が内容のため、普通にテレビで放映されることは永遠にないだろうと言われている、ある意味問題作ということで話題になった作品だ。

「見たから知っています」

 月額固定でアニメから映画やドラマまで見放題のサイトに登録している。そのサイトで取り扱っている作品はいつでも自由に見ることができるのだ。そしてこの話題作も流行に流される形で見たことがあった。

「そうか。お前はなかなか見る目があるな」

 何故か褒められた。これほど嬉しさよりも戸惑いが大きい褒められ方は初めてだった。

「さて、それではアマテラスの返事を見てみるとしようか」

 まるで自宅のようにくつろぎながら、無言で手を差し出してきた。手紙を出せという無言の命令だ。

「これです」

 高天原で預かった手紙を渡す。イザナミは手紙を受け取るなり、さっさと開いて内容に目を通した。

「ふん、まぁあいつらしい無難な返事だな」

 手紙を部屋の床に放り投げる。落ちた手紙から内容が読めた。挨拶文から始まり、人間の余を乱すような振る舞いだけは止めて欲しいという懇願の手紙だった。

「まぁ、目覚めの挨拶はこんなもので良いだろう」

 あれほど頭を悩ませたアマテラスを知っているだけに、その母親であるイザナミのこの言動は本当に親子なのかと疑ってしまうものだった。

 手紙の話題が早々に終わってしまい、自宅のマンションは沈黙が包み込んでいる。気まずい空気にいたたまれなくなっていると、キッチンの方からなにやら物音が聞こえてきた。

「できました!」

「え?」

 このマンションの部屋には自分以外にタマとイザナミしかいなかったはずだ。しかし底にもう一人、キッチンから見たことのない人物が姿を現した。見た目は少女のタマと同じくらい幼い少年。その少年はキッチンからお盆にコップを二つ載せて、イザナミのところへとやってきた。

「こちらがコーヒーでこちらが紅茶です」

「ほぅ、これが例の飲み物か。現代人はこの二つのどちらかの派閥に別れやすいのだな」

「良く話題に出るのはコーヒー派か紅茶派か、ですね」

「では試してみよう」

 イザナミは二つのコップに興味津々だったが、こちらはそれどころではない。一人暮らしの部屋にイザナミとタマという見たことのない存在が突然現れたのだ。底にさらに見たことにない少年が加わっている。コーヒー派だとか紅茶派だとかの話はどうでもよかった。

「あの、この少年は?」

 コーヒーと紅茶を用意してきた少年の正体をイザナミに尋ねる。イザナミはコーヒーを口に含んで少し眉をしかめるが、すぐに問いに答えてくれた。

「私の子だ」

「ああ、お子様……え?」

 子供と聞いて一瞬時が止まった。しかしよく考えればアマテラスもイザナミの子だ。なら他に子供がいてもおかしくはない。おかしくはないのだが、イザナミの子供ということは、この少年もまた神様と言うことになる。

「初めまして。お母様がお世話になります」

 少年は礼儀正しく頭を下げた。神様にこのような挨拶をされるというのは違和感があったが、もう今日は何があっても動じなくなってきた。富士山が噴火したというニュース速報を聞いてもあくびができるかもしれない。

「お母様、イザナミノミコトの子、カグヅチです」

「え? カグヅチ?」

 少年に名はカグヅチ。イザナミに火傷を負わせ、命を奪う結果になった火の神だった。

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