第13話 神様からの仕事依頼
一瞬の静寂。そしてそれを打ち破るように、手を叩く音が一回だけ聞こえた。
「よいことを思いついたぞ」
音の発生源はアマテラス。名案を思いついたようで、先ほどまでとは表情や雰囲気が異なっている。
「母は長らく眠っている間に力を蓄えておる。つまりその力を使わせてしまえばよいのだ」
イザナミが持つ神としての力は神同士でも強大。だからこそその力自体を弱めるために力を消費させる。そうすればイザナミを今ほど恐れなくてもよい、という考えのようだ。
「そこで、だ。そなたに一つ、仕事を頼みたい」
「……はい?」
「母に神力を使わせるのだ。ただし我らの頼みであることは悟られず、そして人の世にも大きな被害が出ないようにしてもらいたい」
「え、えぇ?」
突然のことで返事どころか、何を言われているのかも理解するのに時間がかかってしまった。
「そなたは幸運にも母の目に留まったのだ。この役目はそなたが適任であり、そなた以外には務まらぬ」
もうすでに決定事項のように、イザナミは二度三度と頷いていた。部屋の中にいるアメノウズメも「それは良いかもしれませんね」などと乗り気だ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
しかし人間としてはさすがに簡単には頷けない。
「そんなのバレたらどうなるんですか?」
「その時は高天原が消えて無くなるかもしれませんね」
アメノウズメがさらっと怖いことを言う。
「そ、それに神様が力を使うってどういうことですか?」
「そうですね。様々、としか言い様がないのですが、簡単に言えば人にできないことをするには神力が必要だと思ってください」
神力がどうなれば使われるのか、そして使われるとどうなるのか、わからないことだらけなのだ。
「人にできないこと?」
「例えば空を飛ぶとか、何かを出すとか、ですね」
人間が物理的に行うことが不可能なことをした場合、神力を消費するということらしい。
「わかりましたか? ではお頼みしてもよろしいでしょうか?」
「え? いや、ちょっとそれはさすがに……」
ただでさえ手紙を届けるというお使いだけだったはずなのに、そんな仕事までやるなど考えてもいなかった。簡単猪首を縦に振ることなどできない。
「ひ、一人でそれは無理がありますよ」
神様でさえ手出しができない神様に、人間である自分が一人で事に当たる。どう考えても不可能としか思えなかった。
「ふむ、確かに一人では荷が重いやもしれぬな。ならばそなたを助けるように言っておくとしよう」
「言っておくって……誰にですか?」
イザナミに神力を使わせる。その手助けをするように誰かに言うようだが、その相手に思い当たる節が全くなかった。
「決まっているであろう。国に、だ」
「え?」
アマテラスは日本に存在する神様の中心に立つ存在。その主神が神様だけでなく、人間社会にも発言力があるとは思わなかった。
「く、国? 国って政府、ですか?」
「そうだ。それと宮内庁だったか。そちらにも言っておく」
「あ、はい……ありがとうございます……」
一人でできるとは思わない。しかしだからといって国や政府に宮内庁などが助けてくれる展開になるとは予想できなかった。いや、それよりも政府や宮内庁が助けてくれるという状況がすんなり飲み込めない。
「よいか。そなたの働きぶりに高天原の命運がかかっているのだ。見事な働きを期待しているぞ」
「は、はぁ……」
拒むという選択肢はどうやら始めから用意されていなかったようだ。
「よい働きができれば褒美も取らせよう」
「あ、はい、ありがとう……ございます……」
神様から仕事を頼まれて、政府や宮内庁に助力をさせると言う。簡単に首を縦に振れないのだが、首を縦に振る以外の選択肢を吟味する時間や間や空気感は与えられなかった。
「よし、ではしばらくは様子見となるな」
アマテラスが一仕事を終えたかのように、重圧から解放された緩んだ表情を見せている。
「アマテラス様。神力の件はこれでよいとして、目の前のお仕事が残っておりますよ」
「仕事? そんなもの、あったか?」
「はい。ひとまず今回のイザナミ様からのお手紙が届いておりますので、そのお返事を早急に書かなければならないかと……」
「て、手紙、か……」
アマテラスは今まで忘れていたのか、手紙という単語を耳にした途端、その表情はまたしても強張った。
「言っておきますが余り時はございませんよ。お使いの方も帰らなければなりませんから」
「わ、わかっておる」
アマテラスはすっと立ち上がると、手紙を手に持って部屋を出て行こうとする。
「返事などさっさと書いてしまうとしよう」
そう自信満々に言うアマテラスだが、このあと返事が書き終わるまでしばらく待たされることになる。
返事のできあがりを待っている最中、アメノウズメが「では時がかかりそうなのでお茶とお茶菓子でも出しましょうか」と言い、高天原の危機という割にはあっさりとしていた。
そしてアメノウズメの用意してくれた茶とお茶菓子を味わいながら待っていると、ようやくアマテラスが帰ってきた。手には返事の手紙があり、それを手渡された。
「頼んだぞ」
「は、はい……」
流されるように頷いた。
これからのことを考えると、緊張と不安以外の感情は見当たらないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます