第10話 主神の元へ
「ご主人! 申請が通りましたよ」
博魔の一件が終わってすぐだった。タマが一直線に駆けてくる。
「あれ? ご主人、何かありました?」
最愛直後のいきなりの問い。何かを察したのかもしれない。
「まぁ、ちょっとな。あ、そうだこちらの人だけど……あれ?」
博魔から救ってくれた人をたまに紹介しようとした。しかしその時にはもう、あの男性の姿はなかった。
「いない……ってか、名前も聞いてないな」
「ご主人?」
「あ、いや、ちょっと出会った人がいたんだけどな。どうやら急ぎの用事があったらしい」
言葉では言い表せない感謝をもう一度心の中で呟き、あの一件は心に留めておいて忘れないように自分に言い聞かせる。
「それで、タマ。いつ頃面会できそうなんだ?」
日本の神々をまとめ上げる主神である天照大神。そんなとんでもない神様との面会することができるとは思いも寄らなかった。
「今すぐに来てくれ、とのことです」
「……は? 今すぐ?」
「はい。他の予定は全て変更するそうです」
恐るべき主神の母。
「アマテラス様をお待たせするわけにはいきません。ご主人、こちらです」
「わ、わかった。急ぐから引っ張るな」
タマに手を引かれながら、高天原の町中を駆け抜けて行く。普通の人から、人とはかけ離れた人ではない存在。そんな住人達の隙間を縫うようにして、まっすぐ向かった先に、大きな門と建物が見えた。
「赤い建物……」
古くから赤色には魔を払う力があるとされている。そのため有名な神社だけでなく、多くの神社にも赤色が使用されている。そしてその魔を払う神聖な色ということを体現するかのように、目の前の大きな建物は赤色が目立った。
まるで観光名所となっている歴史的建造物の目の前に立っているかのようだ。作りといい形状といい、現代的な建物とは一線を画した作りになっている。細かい建築のことはよくわからないが、この建物が特別なのだということが雰囲気で感じさせられる。
「イザナミノミコト様の使いの者です」
タマのかけ声で門が開く。門の中には帯刀している目つきの鋭い男や槍を持った体格のいい男など、いかにも武闘派といった風貌の男達が何人もいた。
「その男が使いの者か?」
「はい、そうです」
「そうか。ではまず身体検査を行う」
「身体検査?」
「怪しいものを持ち込むかもしれぬからな」
体格のいい男が二人。両脇を固めるように立って身体を服の上から触れていく。
「ん? これはなんだ?」
「あ、スマホです」
「すまほ? うーむ、聞いたことはあるようなのだが、よくわからん。とりあえず預からせてもらう」
「え? いや、怪しいものじゃないんですけど……」
現代ではごく普通の持ち物だ。しかし高天原ではそうではないらしい。
「あー、でも盗撮とか盗聴とか警戒するならそうなるか」
これから入る場所は最高位の神様のいる場所だ。警戒が厳重であってもおかしくはない。そう思えば携帯端末の類いは預かられて当然だと納得できた。
「これはなんだ?」
「あ、これが手紙です」
「こ、これがイザナミノミコト様からの……」
警備の者達がみんなつばを飲み込み、神妙な面持ちで手紙を見ているのがわかる。みんな中に何が書かれているのか気が気ではないようだ。
「あの、身体検査はもういいですか?」
「あ、おぉ、すまんな」
手紙に釘付けで、手紙を持ってきた当人のことを一瞬忘れていたようだ。それだけこの手紙の内容が重要なのか。そう思うととんでもない重責を負っているような気がしてきた。
「中にいるあの方が案内役を務めてくださる。この先、失礼の無いようにな」
武装した男達とはここでお別れのようだ。門の中にある建物の中には一人の女性が立っていた。明るい色の法被を着た変わった女性だ。まるでお祭りの最中から抜け出してきたかのようで、荘厳な建物とはミスマッチに思えた。
建物の中に入って靴を脱ぐと、女性はぺこりと一礼した。
「これより先の案内役を務めさせていただきます。ウズメとお呼びください」
「あ、はい。よろしくお願いします。ウズメさん」
「では、こちらへ」
法被姿の女性の後ろを着いて歩く。そのあとを着いて歩くのだが、隣を歩くタマが服の裾を引っ張った。
「ご主人、少し良いですか?」
ギリギリ聞こえる、とんでもなく小さい声のタマ。どうやら内緒話があるようだ。
「なんだ?」
「ご主人、さすがに『ウズメさん』という呼び方はダメですよ」
「どうしてだ?」
「あの方はアメノウズメ様ですよ」
「……アメノウズメ?」
いきなり名前をいわれてもピンとこなかった。タマはこの会話が案内役を務めている当人に聞こえていないか気にしながら話を続ける。
「アマテラス様の岩戸隠れの話をご存じないのですか?」
「えっと、聞いたことはあるけど……あれ? もしかして……」
天照大神も岩戸隠れ。神話の中では実に有名な話の一つだ。授業で聞いたこともあり、思い出せば話の内容が頭に浮かぶ。そしてそこにアメノウズメという名があった。
「そのもしかしてです。あの方がアメノウズメ様です」
そう言われて目の前の女性の背後を凝視した。いきなり色々と起こったことで落ち着いていなかった頭が徐々に冷静になってくる。そして思った。どうして自分はこんなところにいるのだろう、と。
廊下を歩く自分の足音が小さくなっているのに気が付いた。無意識のうちに畏まり、歩き方を気にして修正したようだった。
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