第6話 サッカーボールの付喪神はタマ

 アマテラス。その名はこの国に生きていれば一度は耳にする高名で有名な神様。そしてそのアマテラスの産みの親こそ、今ここにいる彼女である。

「何を命じられた?」

 少女に問う険しい表情は「素直に言わなければ命はないものと思え」と言っているようにしか見えなかった。

「様子を見るように、と……」

「ふん、監視か」

 イザナミの視線が付喪神の少女から外れる。正直に答えたことでひとまず死は逃れることができたようで、小さな体から安堵のため息が漏れた。

「お前、名は?」

「えっと、あの……私は生まれたばかりで、まだ名を持ってはいません」

「無理矢理付喪神となったのであったな。名がなければ呼びづらい。崇人、名付けてやれ」

「え?」

 蚊帳の外だったが、一瞬にして関係者となってしまった。

「名付けろっていわれても……」

 ペットを飼った経験もないため、名付けをしたことは一度もない。それなのにいきなり名前をつけろと、しかも言葉を話す付喪神という存在に名前をつけろと彼女は言うのだ。

「お前の所有物の付喪神だ」

 そう言われて目に飛び込んできたのはサッカーボール。小さい頃に父親に頼んで買ってもらった思い出のボールだ。しかしそうは言ってもなんとなく一人暮らしの部屋に持ってきただけで、ずっと収納スペースの中に眠っていた。何かの記念というわけでもない物であり、飾るほどの物ではなかった。今手元にあることに意味すらない。ただ、捨てられずに持ってきてしまっただけのボールだ。

 そのボールから付喪神が生まれるなど思いも寄らなかった。しかもその付喪神に名前をつけることになるとも思わなかった。

「えっと、サッカーボールだから……球だから……タマ?」

 某アニメの猫みたいな名前になってしまった。安直な名付けに不満の声が出るとビクついていると、予想とは真逆の晴れやかな明るい表情を少女は浮かべていた。

「はい! タマです! ありがとうございます、ご主人!」

「ご、ご主人?」

 付喪神の少女がこちらを見る目は、飼い主に懐くペットのように信頼と安心に満ち溢れていた。

「タマよ。アマテラスの介入なら、お前は純正か? それとも混成か?」

「私は混成です」

「そうか。つまりこれが向こうの挨拶か。ならばこちらも挨拶を返さねばならぬな」

 なにやら不穏な雰囲気のイザナミ。全く状況がわからない。一瞬関係者になったかと思えば、瞬く間に蚊帳の外に追いやられた。そんな気分だった。

「えっと、タマ?」

「はい、何でしょうか、ご主人」

 ご主人という慣れない呼ばれ方にどこかむず痒さを感じながらも、とにかく今は現状把握を優先しようとたまに質問をすることにした。

「これって今、どういう状況なの?」

 何がどうなっているのかわからないため、どう質問をすればいいのかもよくわからなかった。そのためこんな大雑把な質問になってしまった。

「はい、ご主人。イザナミ様は過去の夫婦喧嘩が原因で高天原とはあまり関係がよくないのです。そして今回、私はアマテラス様によって生み出されました。イザナミ様の様子を見るというお役目付きです。それをイザナミ様は快く思われなかった、ということです」

 高天原とは神様の世界。つまりイザナミは他の多くの神様が住む世界そのものと確執を持っているということらしい。そして高天原側の行動にご立腹、ということなのだろう。

「タマは生まれたばかりだよね」

「はい、今日生まれました」

「それにしては詳しいね」

 今一人暮らしをしている町内のことを知るのにも何日もの時間を要した。それが生まれたばかりでありながらも状況に精通しているというのは、流行り人間と神様という存在の違いなのだろうか。

「いえ、私は混成の付喪神ですから」

「混成? そういえばさっきもそんなことを言っていたけど、どういうこと?」

「はい、ご主人。実は神という存在には誕生する原因があります。例えば私のような付喪神は人の思いが物に積み重なって神という存在に昇華します。物ではなく土地ならば土地神と呼ばれたりします。このように人の思いが積み重なって神という存在に昇華した神様は純正と呼ばれています。他にもイザナミ様がアマテラス様やツクヨミ様やスサノオ様を産んだことも純正です。つまり純正とは、生まれる原因が一つだったことを意味しているのです」

 タマは純正の説明を終えると、床に転がっていたサッカーボールを手に取った。

「そして私は混成です。元々このサッカーボールに込められた思いがありました。ですがその思いは付喪神になるには足りず、その不足分をアマテラス様が補うことで私は付喪神として生まれました。さらに私は生まれてすぐにお役目を与えられ、お役目を全うできなければならないことから、高天原に住まう神様になるには力不足です知恵や知識などを持っている精霊のような存在も含まれています。このように神という存在になるのに複数の要因が重なり合って生まれた神を混成と呼びます」

「そんな分け方があったのか」

「はい。ですが私の付喪神としての主軸はこのサッカーボールに込められた思いです。ですから私はアマテラス様によって生み出された存在ではありますが、同時にこのサッカーボールの所有者のご主人にも並々ならぬ思いを持って生きています」

 目をキラキラさせながらこちらを見るタマ。よくよく見ればサッカーボールのような色合いの着物を着て、サッカーボールを持っている。ミスマッチであるはずの着物とサッカーボールなのだが、何故かそこに親和性のようなものを感じた。

「えっと、俺もよくわからないことが多いけど……よろしく、でいいのかな?」

「はい、よろしくお願いします。ご主人!」

 自分という存在が認められたこともあるのだろうか。タマは本当に嬉しそうに目を輝かせてニコニコしている。神様が側にいたことなどない。そのためタマとどう接すればいいのかさっぱりだったが、なんとなくタマとは上手くやっていけそうな気がした。

「……うむ、決まりだ。崇人、お前に使いを任せる」

 タマとは上手くやって行けそうな気がするが、彼女とは上手くやって行けそうな気配が微塵も感じられなかった。

「使いって?」

「決まっているだろう。我の意を高天原に直接伝えに行く役目を任じると言っているのだ」

 よくわからない間に、彼女の一存で決まった。強制的にとんでもない役目を負わされ、しかも人間でありながら神様の世界である高天原へと行かされるらしい。

 変わりゆく状況に全く頭が追いつかないまま、イザナミは事を次々に進めていってしまうのだった。

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